第87話「紅の少女」

「いやぁ、困ったのう……何処で道を間違えたのじゃろうな?」

海を越えた後、徒歩で行こうと思ったハーベスト。

彼女は噂の真意を探る為、ニブルヘイムを目指していたのだ。

そのはずなのだが、地図を持っていないという結果がそれを呼んだ。

彼女はもう、すっかり迷子という訳である。

「誰が迷子じゃたわけが。ん?妾は、誰に物申したのじゃ?――まぁ良いか。また黒龍を呼ぶ訳にもいかないし、じゃがここであやつを召喚するのは愚かな行為か。うむ、どうするべきかのう……」

彼女は歩きながら、考えるように人差し指と親指であごに触れる。

太陽の光が眩しくて、空を見る事はまともに出来ない。

「何かで遮らなくてはならんのう。このままではか弱い肌が崩れてしまう」

そう言って、全身を赤く包み出す。

赤と黒のドレスでは歩き辛いので、赤色に黒が混ざったローブに変えた。

「ふむ……これならば、動きやすいし問題はないのう」

一人でその場でくるりと回転し、はしゃいだように駆けるその姿は子供だ。

容姿は幼い子供にしか見えないが、魔族というのは人間よりも長生き。

だが彼女にとっては、今の瞬間こそが自由の時間ともいえるだろう。

「おおっとしまったのじゃ。浮かれすぎて舞い上がってしまった。もしこの場をあやつに見られたら、もう穴があったら入りたいという奴じゃな。気を引き締めなければの」

そうぶつぶつと呟きながら、歩き出す足。

その足には気持ちを代弁するように、踊るような足取りで前へ進むのだった。


――しばらく進んだ先で、ちょっとした問題が発生した。

『ここから先はアモルファスの領地だ。ここを通りたくば、目的と身分を示すのだ』

「…………じー」

ハーベストは、槍を持つ兵士を擬視する。

戦闘能力を確認しているのか、それともただ単に物珍しいのか。

難しい顔をしたり、ぺたぺたと鎧に触れている辺り後者というのは間違いない。

「お主ら、こんなもので身を守っておるのか?」

『何を馬鹿な事を言っている。いいから早く目的と身分をだな』

『なんだ?信じがたいか?子供にしては興味津々だな』

厳しくしようとした兵士の奥から、何やら陽気な男が現れる。

その男は彼女を見て、兵士にここは任せろとアイコンタクトを取った。

兵士は渋々ながら一礼をして、詰まっている馬車の方へと向かっていった。

『悪いな。悪気はないのだが、仕事となると真面目な奴らなんだ。大目に見てやってくれ』

「それは良いのじゃが……お主がこの検問所の長か?(子供扱いか。まぁ良いじゃろう。そもそも妾の見た目で子供と思わん方が無理な話じゃし、何も知らない人間には妾のような存在など気に留めてもいないじゃろうな。大目に見てやろう)」

脳裏で色々と考えた結果、情報収集という建前を守る事にした彼女。

だが彼女にとって嫌いな事は、見た目の所為で子供扱いされる事を嫌っている。

その為、少々見栄っ張りな所もしばしばあるのだ。

『ところでお嬢ちゃんは、何の目的でここに来たんだい?親はいるのかい?』

「妾は一人じゃよ。目的はあるにはあるが、一言で言うなら探検じゃな」

『一人でか?そりゃすげぇ、けどなお嬢ちゃん――この国は止めておきな。今は争う相手の消滅で殺気立ってる連中も多いからな。もしそれでも行くというなら、止めはしないが責任は取れないぞ?』

一応忠告、という事だろう。

その兵士からすれば、彼女はまだ幼い子供だ。

見た目からして、自分の身を守る事は難しいという判断だろう。

だがその判断に彼女は、頬を膨れながら言うのだった。

「お主、妾を子供扱いするのを大概にせい。殺すだけの目的の者など、大して気にも留めんわ。それより気になったのじゃが――争う相手が消えたというのは、どういう意味じゃ?」

『あぁ、俺も詳しくは知らないのだがなぁ。――んまぁ、これぐらいなら話しても構わないだろう』

こうしてハーベストは国境の向こう側にある国。

ニブルヘイムが本当に消滅した事を知る。

その原因は不明と言われて、疑問に新たな疑問が浮かぶ。

だがそれだけが気になり、調べるからと言って彼女はアモルファスへと入国した。

「……黒い影に覆われた、か。調べる価値はあるのう」

ちなみに言うと、彼女はぱっと思いついた身分を口にした。

その身分は『学者』という事で、アモルファスでその容姿は目立つ者となる。

けれど調べれば調べるほど、可能性の話しか出て来ない。

それを彼女が理解するのは、まだ先になるのだった。

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