第3章【記憶の中の君】

第85話「青い空へ」

あれから数ヶ月が経った。

ニブルヘイムの中心にあったムスペル城は、鎖に巻きつかれたように建っている。

その鎖はツタのように絡みつき、街の中心に生えた木のようになっていた。

廃墟となった街の住人は移動を開始する者や、死ぬ事を選び自害する者もいる。

全てが絶望と苦しみによって、生成された空間となっていた。

この世界の地図から、ニブルヘイムという国が消えたという噂は広がる。

世界の端々へと広がり、ある者がニヤリと笑みを浮かべて動き出す。

それは動くべくして創られた者。

この時を待っていたという事は、言葉にしなくても分かる程だった。

「世の期待に応えよ、人間。我らが悲願は、混沌に染まる世界だ。凍てつく世界へと変貌した時、世の願いも叶う事だろう――そうは思わんか?紅蓮の魔女よ」

白銀の髪と凍てつくような空気を纏う彼女は、杖を持って椅子に座りながら言う。

「お主が何を考えているのかは知らんが、わらわをお主の暇潰しに付き合わせるな。噛み殺されたいのか?」

面倒そうに話す幼き身体の彼女は、腕を組みながら紅い髪をなびかせる。

そして立ち上がり、彼女は溜息混じりに言った。

「……それにしてもお主、面白い話を仕入れたではないか。あの世界では今、悪魔とやらが出ていると言われているのじゃろう?妾たちならともかく、それに匹敵するほどの力ではないか。国を一つ滅ぼしてしまうとはのう」

「国が滅びたという事に関しては、世は興味はない。人間がどうなろうと世には関係ない。世が興味を持つのは、一つの国を滅ぼした元凶に興味がある」

「元凶じゃと?……ハッ、どうせ天変地異じゃーと騒いでおるんじゃろ?馬鹿馬鹿しい」

紅蓮の魔女は睨んで、呆れたように手を振った。

だがそれに対し、彼女は口角を上げて言うのだった。

「……驚くことなかれ。その元凶とはまさに人間のそれも子供というではないか。これは気にならずにはいられない事態だ。人間自体に興味はなくとも、世はその少年か少女か分からない者の正体が見たいのだ。もきっと喜ばれる事だ」

「お主がアレにご執心なのは結構じゃが、妾を巻き込むでないわ。お主の趣味を愚弄するつもりはないのじゃがな。まぁともあれ、それが今のお主の行動理念ならば、好きにすれば良い。妾はしばし休ませてもらおう――じゃあの、よ」

そう言って彼女は何処かへ行き、その部屋にはイザベルだけが取り残された。

彼女はあの方の名前を呼び、自分も何処かへ移動するのだった。


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「はぁ……疲れるのう。全く」

自分の管轄する場所へと転送装置を経由し、自室のベッドへと倒れ込む。

彼女と話すのは、個人的にはあまり得意ではない。

何故なら妾は彼女の事を、あまり好きではないのである。

魔女としても、一人の女としても、なかなか好きにはなれない。

だが魔法という部門に関しては、彼女を認めているし実績もあるのも事実。

「……妾はいつまで、この退屈な空間に居なければいけないのじゃ。せめて暇を潰せる良い名案は無い物かの~」

両足で交互にベッドを叩きながら、枕に顔をうずめてしばし思考。

そういえば、先程は妙な話をしていたな。

何だったか?――――そうそう。人間の一つの国を滅ぼしたという話だったか。

世迷言だと思って聞いていたにしろ、気にならないと言えば嘘になる。

たった一人の人間に滅ぼされるなど、国の価値も低くなったものだとは思うが……。

これが本当だとすれば、多少なりに興味がある。

「……うむ……ちょいと調べてみるかのう」

そう思ってベッドを飛び降り、赤と黒で身を包んで部屋を出る。

空は赤く、空気は淀んでいる空間。

魔族という種族しかいないこの空間に、我々『魔女』と呼ばれる者が住む世界。

ただし黒い雲に覆われたその先には、明るい光とその青い空が広がっている。

見えない壁でもあるかのように、その場所は区切られている。

まるでこの島だけを切り離して、世界の中に別に世界を無理矢理入れたようにも見える。

変わった比喩表現かもしれないが、妾は少し確信している。

昔は恐らく、島全体は元々一つだった。

それが何か大きな力の影響で、こうして魔族だけが切り離されたのではないか。

そう思えてならない。確かめるには、あの青い空を目指すしかないだろう。

「我が眷属よ。その姿を現し、我の命を聞き届けよ」

召喚魔法というのも久しぶりだ。

自分の血肉と魔力を与え使役する魔法。

地上で行く事が困難であっても、これならば空からあちら側へ行く事が出来る。

「ほれ、黒龍よ。もうちょいかがまんか?妾の身長に合わせよ!」

『…………』

「な、なんじゃその目は。お主、さては妾が届かないと思っておるな?」

妾がそう聞いてみると、あろうことか下僕げぼくである龍が頷くのだった。

これは少々、時間が掛かりそうだ。


――数時間後。

説教を終えた妾は、黒龍の背中に乗ってあちら側へと飛び立った。

何があるのかは分からぬが、とりあえずは噂の国を拝見するとしよう。

本当に人間であるのかどうかも含めて――。


そう思いながら彼女は、赤い空を抜け青い空へと飛び立った。

これが彼女、『ハーベスト・ブラッドフォールン』が通った最初の一歩。

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