第74話「儚くも、そして後悔」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

走る際の夜の向かい風は、体温を徐々に低下させていく。

少女は夜空の下を駆け、目的の場所に辿り着く。

周囲を確認するが、他に人のいる気配はない。

だがそこには小屋があり、誰も住んでもいないボロ小屋の中へと少女は入る。

一番奥の部屋へ行き、地下への入り口を進んでいく。

「やぁ、迷える子羊よ。随分とボロ布から変わった物じゃないか」

少女は身体を震わせ、恐る恐るその場で座る。

正座し、逆らう意志など見せないように。

「今のご主人様は、優しくて良かったなぁ亜人種。さて――本題へ入ろう。私も忙しい身なのでね、手短に事を済ませたい」

「……っ……ぐうっ?!」

肩を震わせる少女の髪を引っ張り、腕の力のみで空中へと身体を浮かばせる。

「さぁ亜人種よ、質問だ。お前を匿っているのは、どこのどいつだ?言えば命だけは助けてやるぞ?なぁに心配しなくても、その者の命は取らんよ。少し注意するだけだ」

その者は口角を上げて、淡々と冷たい声色でそう言った。

少女は涙を浮かべながら、小さくその名を口にしてしまうのだった。


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「見つかった?」

街から戻ったフレアは、肩で息をしながら彼女に問いかける。

「ううん、何処にもいないです。何処に行ったのでしょう……」

彼女は首を横に振り、考えるようにして呟いた。

彼ら二人は、昨日の夜に姿を消してしまったフィリスの姿を探しているのだ。

居なくなっている事に気づいたのは、朝になってからだが……。

それからずっと探している。

「とりあえず、もう少しだけ街の中を見に行ってみる!シロは皆を頼む」

フレアはそう言って、街の方へ駆けて行った。

「はい。任せて下さい!」

その背中を見て、彼女はそう呟くのだが――。

『……貴方では無理だと思いますが?』

頭の中でそんな突っ込みが聞こえて来る。

「むぅ……そんな事無いです。私だって、何か出来ます」

『どうやって任せられるおつもりですか?子守も出来ないですし、貴方が出来るのは魔法を扱う事ぐらいでは無いでしょうか?』

「ハクの意地悪。知りません。そんなに言うなら、勝手に変わります!ふんだ!」

そう言って、シロは頬を膨らませて人格の奥へと引っ込んでしまった。

強制的に表に出されたハクは、溜息を吐きながらも周囲を観察し始めるのだった。


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街の中が騒々しい。

人の群れがいつもより多く、この前の騎士団が通っていた頃ぐらいだろうか。

なかなかの人の混み具合だ。

「…………」

人の様子を確認しながら、群れの中を進んでいく。

街の人たちの表情は、誰もが同じ表情にしか見えない。

繁盛はんじょうしているように見えたのだが、どうやら違うようだ。

何かをひそひそと話すようにしながら、僕と目が合っているのだ。

ドコか不穏な空気をまとい、その瞳には僕の見慣れた感情が込み上げてくる。

その瞳は、冷たくて、平坦で、空っぽの視線だ。

過去に味わった事のある感情だ。

嫌悪けんお感と疎外そがい感。

僕はそのどうしようもない感情の出所は、何なのか分かっている。

それは、僕の中に残っているのだ。

「……っ……」

左右に首を振り、思い切り頬を叩く。

嫌な事を思い出してしまったが、今は彼女を探す事が最優先事項だ。

僕はそのまま街中を駆けて、人の群れを進み続けるのだった。

背後に迫る影に気づけずに――。


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「…………」

街の様子がおかしい。

ここから見下ろして、少々遠くても分かる。

街を歩く人の数。

それがいつもより多い。

「シロ、君はどう思う?」

私は静かに私自身に聞いた。

『――どうでしょう。良くは分かりませんが、黒い魔力がくねくねと動いているのは視えますね。あれはなんというか』

言葉を止めて、彼女は視えていると思われるのを観察しているのだろう。

だが様子がおかしいというのは、なんとなくだが伝わってくる。

記憶の共有が出来なくても、私たちが同じと言える部分は共有している部分が証明だ。

その共有部分は、感情と身体である。

感情は何かしらの形となって、私と彼女の間に伝わってくる。

今の彼女は焦っている様子。

――胸が痛い。

『ハク――――今すぐフレアの元へ向かって下さい。それとあの子たちの身を隠して下さい』

「な、何を急に?」

『はやくっ!』

そう言われた瞬間、ヒューという空気音が近づいてくる。

それは徐々に大きくなっていき、私の後ろで爆発するのだった。

え――!?

爆風に吹き飛ばされた私は、起き上がるのに時間が掛かった。

だが今、目の前で起きた出来事を収集するのにも時間が掛かった。

頭の中が真っ白になり、私は小さく口から空気が漏れる。

「あ……あ…………」

私の中の焦りは急変し、何かに駆り立てられるように立ち上がる。

気づけば私の人格は、見える視界が逆となっていたのだった。


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「――うそ、でしょ?」

少女は見てしまった。

彼女が大声を上げて、燃える家へと向かう姿を。

そして空に昇る煙を。

その場に立ち尽くし、どうしようも出来ない感情あが押し寄せる。

それは自分の手を見て、感じ取ってゆく。

自覚という形で、少女の脳内と胸の中にうごめいていく。

そして少女は温かい滴が頬を伝い、その場に崩れるのだった。


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