第75話「心の中で響く雨音」

燃える炎は空に昇り、黒い煙がその空を覆っていく。

その景色を見た瞬間、私は全てを悟った。

「……そ、んな……誰も死なせないって……」

その言葉に真意は無くて、私の目の前でその全ては儚く散っていった。

「はぁ、はぁ、はぁ……みんな!みんな!どこ?出てきてよ!ねぇ!」

あの白い髪の彼女でさえも、声を震わせて瓦礫の下に手を伸ばし続ける。

その手は徐々に汚れていき、瓦礫で擦り切れて赤く染まっていく。

「おやおやぁ、これはこれは……随分と派手にやったものですねぇ」

『最大火力ながら範囲を狭めろというご指令だったものですから。いささか小規模になってしまいました』

「謙遜はよしたまえ、ダリル副団長。これは魔女狩りでもあるのだから、我々が招き入れてしまった不始末だ。誇りに思いたまえ」

鎧で身を包んだ彼らは、へたり込んだ私のすぐ後ろでそんな言葉を交わした。

その表情には、高揚に満ちたように口角を上げていたディグル将軍の姿があった。

「どうして……どうして!」

私は彼に掴み掛かり、すぐさま隣の男に振り払われる。

『その汚い手で将軍に触れるな――――奴隷風情が、身の程を弁えろ!たかだか数人の犠牲だけで貴様を生かした置いているのだ!』

「――――――たか、だか……?」

私の背後から小さいが、こちらに向けた呟きが聞こえてきた。

その瞬間、私の中で恐怖に似た感情が込み上げる。

自身の血だとはいえ、俯いてうな垂れている彼女の姿。

その姿を見て、何も感じない事など出来るはずがない。

時に優しく、時に厳しく、時に無邪気な笑顔をする彼女の面影は無い。

その姿はまるで、闇に堕ちた天使のようだった。


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――見つからない。見つからない。

どんなに探しても、見ていた景色が見つからない。

あのままずっと続けばいいと思っていた景色の象徴が、どうしても見つからない。

見つける事が出来ない。

少女が誰かに掴み掛かり、その誰かに突き飛ばされている。

その少女は象徴の中の一人で、私にとっての家族の一人だ。

『落ち着くのですシロ!冷静に!今の貴方の心の中は軋んでいます!どうか落ち着いて下さい!――落ち着いてよ、!!』

私の頭の中で、悲鳴にも似ているような声で叫んでいる。

でもそれは聞こえるだけで、もう何が何だか分からない。

ただ分かる事は、ただして良い事は何なのかは分かる。

彼らを『たかだか』という言葉だけで片付けた目の前の人間。

その者たちを――ただ壊して良いという事だけは、それだけは分かった。


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昼間だったというのにも関わらず、空模様とは違って気持ちが晴れない。

空はこんなにも青くて明るいのに、僕が今立っているこの空間は灰色に染まっているのだろうか。

いや、原因は分かっているんだ。

爆発音が聞こえて、街の人たちの僕への視線で気づけなかった責任だ。

これは僕の罪で、彼らが悔やむ必要も嘆く必要もない。

「……ぐすっ……ひぐ………っ……!」

少女は泣きながら、その場に崩れている。

そして少し離れた所では、彼女が地面を眺めて立っている。

その地面には、血塗られた人間の死体があった。

これだけで大体の予想は付いた。

もう少し早く気づいていれば、彼らを救えたかもしれないのに……。

もう少し早ければ、彼女の手をまた汚させずに済んだのに……。

「フィリス……?何があったかは分かるけれど、僕に少しだけ教えてくれる?」

僕は少女の頭を撫でて、何があったのかを聞き出そうとした。

「……ごめんなさいっ……わたしの、わたしの所為で!みんながっ……ひぐっ……みんなが……!」

だけど少女は僕に抱き着き、必死な声で泣きながら謝罪した。

その日は結局、何も聞けずに夜を迎えてしまった。

彼女にいたっては、自分自身に蓋をしたように壁を作ってしまった。

僕がしていたように。心を閉ざしていた頃の僕みたいに……。

魔法というのは便利で、泣いていた少女を寝かしつける事も可能だ。

僕らは街から離れた場所で、出来るだけ人目に付かないように野宿する事になった。

場所を移動する際でも、彼女自身から口を開こうという様子はない。

あるのは糸が繋がっただけの人形のように、静かに着いて来るだけの姿だ。

「今日はもうここで野宿しよう。待ってて、今から場所作るから」

僕はそう言って、土の魔法で壁を作ってから草木で屋根を作った。

見た目は無様だが、三人くらいなら身を隠せるぐらいの小屋だ。

ここで彼女たちを放って置くより、この小屋で身を隠した方が安心だ。

「…………」

「ん、シロ?」

フラフラと身体を左右に揺らしながら、その小屋へとゆっくり入る彼女。

僕は小屋の端に少女を寝かせる。

「これからどうするおつもりですか?フレア」

彼女は振り返り、溜息を吐くように言った。

その言葉だけで彼女が誰なのか、すぐに理解が出来た。

だが気になったのは、彼女の瞳には疲労が感じられる。気のせいだろうか。

「どうするも何も……君はどうしたいと思ってるんだい?ハク」

「私には選べません。このまま身を隠す事を選ぶのか、あの街を同じ目に遭わせるのか」

考えている事は、どうやら一緒のようだ。

「君は大丈夫なの?シロと同じ身体なんだし、心への影響とか」

「正直に言えば、かなり辛いですね。彼女にとってあの子供たちは、本当の家族のように考えていたようでしたから。この場所に来る傷も、相当深いようです」

彼女は自分の胸を抑えながらそう言った。

表情には出さなくても、身体が微かに震えているのが分かる。

「君も休んだ方がいい。見張りは僕だけで良いから、君はあの子と一緒に居て」

「ですがっ」

「ほらほら、夜風に当たると具合悪くするかもだし。奥へ入った入った」

僕は無理矢理に背中を押し、やや寒い風が吹く外へと出る。

草木で覆われているとはいえ、遠からず街の明かりが見える。

双眼鏡のようなもので見られたなら、この場所もすぐにバレてしまうだろう。

僕はそんな事を思いながら、冷たい地面の上に手をついた。

「土の精霊よ――聞きたい事がある。聞こえていたら応えてくれ」

僕はそう呟いて、寒空の下で精霊に働きかけるのだった。

僕がいない間の出来事をより詳しく知るために――。


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