第52話「変化」

王室ギルドへの加入が決まった翌日。

僕は宿屋のテーブルの席で、突っ伏していた。

「つ、疲れた……完全に寝不足だよ」

「大丈夫ですか?」

そうしていたら、目の前に水の入ったコップが持ってこられる。

チェルシーさんだ。

「ありがとうございます……ゴクッ」

「チェルシーよ。水は有難いのだが、少し栄養のある物を持ってきてもらえないか?昨日は散々だったからな」

「分かりました!けど、何かあったんですか?」

「それがな……昨日で我が主は、王室ギルドに任命されてな」

「お、王室ギルド!?王族の方に認められた者しかなれない、あの王室ギルドですか?」

「そうだ。まぁこの街の者たちに慕われているから、問題はないのだろうがな。宴会だのでドンちゃん騒ぎだったから、こやつの神経が耐えられなかったようだが」

水を飲み干す隣で、チェルシーさんに昨日遭ったことを説明するディーネ。

兵士たちに腕試しだと言われ、何戦組み手をしたか分からない。

その上、飲めないお酒も飲まされて頭が痛い。

ぐるぐると視界が回っているようで、少し気持ち悪い。

「――という訳で、栄養のある飯を頼んだぞ」

「はい。畏まりました♪」

元気良くそう返事をして、チェルシーさんは厨房へと消えていく。

宿屋とギルドを両立って大変なのに、彼女は凄いと素直に思ってしまう。

「おい君、大丈夫か?」

「うん。大丈夫、かな?あの反応だと凄い事みたいだけど、どれくらい凄いの?」

僕の質問に、ディーネを腕を組んで少し考える。

「君が私に指を突いて、その部分から腐り落ちるぐらい凄い」

「例えが酷いよ、ディーネ。しかも微妙に分からないし」

「――冗談だ。普通の者には到達出来ない場所の一つだ、とでも言っておこう。君がした事はある意味では英雄的だが、ある意味では罪人という区切りになる部分だ。だがそういう世界である以上、その違いは否めないのも事実だ」

いきなり難しい話をし始めたけど、要は普通ではないという意味で良いのだろうか。

「そういえば、アリアは何してるのかな?宴会の席にも居なかったけど」

「――スコーリア姫は、王室ギルドへ足を運んでるよ!」

ふと零した言葉に反応したのは、ディーネではなく違う人だった。

しかも見覚えのあるシルエットだ。

「君か。『地』の七聖剣、フィリス・フィーリア」

ディーネは睨んでそう言った。

「あ、大した活躍をしていないポンコツ精霊がいるぅ~。お兄さんも大変だねぇ、こんな奴と契約しちゃって♪」

僕の前で二人がテーブルを挟んで睨み合う。

ビリビリと視線の間で、火花が見えるからなんとなく怖い。

仲が悪いのかな、この二人。というか、ディーネの顔の広さが凄い。

「お待たせしました……って、人が増えてる!?」

「あ、気にしないで下さい。頂いても良いですか?」

「あ、はい。どうぞ!」

僕は睨み合う二人の事を放って置いて、小さく『いただきます』と言って一口食べる。

「……美味しい」

「そうですか。お口に合って良かったです!」

チェルシーさんは両手を合わせて、嬉しそうにそんな事を言ってくる。

反応が可愛いなこの人……。

「お兄さんはこういうのが好みなの?」「君はこういうのが好みなのか?」

「――ブッッ!!??」

飲み物を飲もうとした瞬間、そんな言葉が両側から刺さってくる。

何だろう。二人の目が冷たいような気が……。

「そ、そんな私なんて……~~」

チェルシーさんがその横で、頬を赤く染めてもじもじとしている。

何か勘違いをしているのではないかな、この人たちは……。

「そうだ。えっと……」

「フィリスで良いよ。フィリスに聞きたい事があるみたいだね」

僕が彼女の名前をどう呼ぼうか悩んでいると、彼女は迷わずにそう言ってきた。

「君は種族の王でもある身だ。君を呼び捨てにするという事は、君の配下の者が黙っていないのでないか?特に扉の前にいる彼女とかな」

ディーネは入り口に視線を流してそう言った。

入り口から、フィリスと同じ耳と尻尾の生えた女性が姿を現した。

「いつから気づいていたのか。それは問わないでおきましょう。貴女の言う通り、フィリスを呼び捨てにして良いのは彼女に認められた者だけです。ですが今のは彼女から言った事。ですので私からは、何も言う事はありません」

平坦な口調で、淡々とそんな事を言ってくる。

何だろう。規律の厳しい教師のような話し方をする人だな。

眼鏡が似合いそうだ。耳と尻尾を見る限り、狐みたいだな。

ちなみにフィリスは、犬みたいな容姿だ。

「フィリスの決めた事には、たとえフランでも反論は許さないもん。反論したいなら、獣族の掟に従って、フィリスに勝たないといけないもんね?」

フィリスは笑みを浮かべて、フランと呼ばれる彼女を見た。

「――獣族の中で、もし言われた事に文句があれば……決闘をして、どちらかが倒れるまで殺し合わないといけないから。今のフランじゃフィリスにも、ましてやそこにいるお兄さんにも勝てないかもしれないもん。無理はしない事をオススメするよ」

「解せませんね。フィリスならともかく、そこの少年に劣ると?本気で言っているのですか?たかが王室ギルドに入った王族の犬に、私が敗れると、本気でお思いですか!」

両手に短剣を抜き、逆手に持って構えを取った。

その瞬間、動きを抑えるようにフィリスとディーネが彼女を抑えていた。

ほんの一瞬だった。

構えようとした瞬間、この二人は何も打ち合わせも無しに彼女の動きを止めた。

その場所にいたギルドのメンバーも、誰一人反応出来ない速度。

これが本当の実力の差だ。

「無駄な行動は、ここでは謹んでもらおうか?」

「ポンコツ精霊にしては、意外と出来るんだね」

「君の喉も潰してやっても良いのだぞ?」

「じゃあフィリスは、貴女の手足を引き千切ろうかな」

彼女を抑えたまま、睨み合う二人。

これ以上は、危険だから止めて欲しいなぁ。

仕方ないなぁ、もう……。

「――三人共、それまでにしてくれる?」

「「「……っ!?」」」

僕は魔法陣を展開しながら、王室ギルドが存在する意味を思い出していた。

王族を守護し、この王都の人々をも守る存在。

でもなら何故、あの時誰も来なかった。

何故、王族である彼女も危険に曝していたのだろうか。

僕は何も納得なんてしていない。この目で確かめる為、僕はこの能力を行使する。

足元から展開された魔法陣から、氷の棘が伸びて彼女たちを囲む。

僕は躊躇いなく、食事をしながら言った。

「――僕だけならともかく、他の人を巻き込むなら許さないよ?三人共」

「す、すまなかった。もうしないから解放してくれ」

僕が言うと、ディーネがすぐにそう言った。

「驚きましたね。人族でしかない彼が、これほどの魔法を……」

「……ね?フランじゃ負けるでしょ?」

フィリスは嬉しそうにそんな事を言う。

何がそんなに嬉しいのか分からないが、この場はこれでおさまりそうだ。

「(我が主よ。やたらと力を使うなと言っておいたはずだが?)」

頭の中で、ディーネの声が響く。

「(いや、不可抗力だと思うよ?今のは。原因の中に君もいるんだけど……)」

「(ぐっ……それはすまん……)」

「(僕も気をつけてるから平気だよ。やたらと力を使ってたら、周囲を巻き込んじゃうもんね)」

僕は持ってきてもらったご飯を完食し、お金を払って宿屋を出る事にした。

別々に予定があるので、僕らはそれぞれの行き先に向かう。

この世界の通貨は、日本通貨と同じ考えで少し楽だった。

王室ギルドに入った直後、勲章とかなりのお金を貰ったのである。

小銅貨1円から、大金貨が1万円という位が分かれば単純な順計算。

やり繰りには困らないとは思うが、王室ギルドって何をするのか。

それを僕は、詳しく聞いてはいないのだ。

ただ王族を守護する為に作られた組織であり、由緒正しいギルドだと聞いたけど。

何も知らないから、近々聞いておかないといけないな。

大金を貰っていい程の組織なのか、入ってはいけない組織なのか。

その区別をしなくてはならない。

もし違った場合。

僕は再び、旅に出る事にしようかな。

またディーネとアルフレドさんと3人で――。


――そう思っていたら、それはやってきた。


心臓が握られるような苦しさ。

気持ち悪くて、立っているのがやっとになったのだ。

とりあえず、路上では倒れたくはない。

皆に心配されないように、何処か人気の少ない場所に……!

誰もいない場所へ向かい、僕は街を出て森へと入った。

鼓動が打たれる度、僕の身体は大きく跳ね上がる。

能力ちからを持つ者よ。我に供物くもつを捧げよ……』

頭の中で聞こえる声は、彼女とは全く違うノイズ混じりの声だ。

誰の声かは分からない。

そのまま僕は、足元から崩れるように闇を吸い込まれたのだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る