第53話「動き出す世界」

闇に飲み込まれるのは、何度か経験はある。

運命に導かれたレールの上で、無自覚に足を踏み外していく。

間違えるのに気づくのは、いつも後悔してからだ。

「――あれ?」

ふいに出た言葉をの理由は、僕のいる場所に見覚えがあった。

彼のいた僕の深層世界と言われた場所だ。

世界樹……の下に彼の姿が見当たらない。

「リン?……リン!」

真っ白な世界の中で、僕は一人で無造作に探す。

でも世界樹しか見当たらないこの世界で、どこに彼が隠れる場所があるというのだ。

いつもは根元で寝ていたり、枝に乗っていたりしていた彼の姿がない。

世界樹だけが、僕の目の前に存在している。

その大樹に手を伸ばし、僕は問いかける。

「……リンは、どこに行ったの?」

だが世界樹は答える事はなく、ただ枝木が擦れる音が聞こえて来る。

『――――』

「……なに?何て言ったの?」

何かが聞こえたが、すぐに気配は消えてしまった。

でも何かが僕に話し掛けたような気がして、僕は世界樹の根元に座った。

かつて彼がそうしていたように……。

そして真っ白な世界から引き戻され、僕はその場に座り込んでいた。

ただ青い空を見上げながら――。


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「…………」

寒空の下で目が醒めた瞬間、人は何を考えるだろうか?

雪が吹き荒れている様子と、吹く風が空気を切り裂く音。

その音だけで、もしかしたら人間は恐れを抱くのではないだろうか。

ここは何処なのかは分からないまま、行く先も知らぬままに足を前へ。

前へと行くけれど、それが正しいかなんて結局分からない。

人生も同じで、結局何が正しくて間違いなのかも分からないのだ。

結果、誰かは間違った道へと進んでも恨む権利はない。

咎める権利もないし、肯定する価値もない。

オレはただあの時見た彼の顔は、今でもまだ忘れられないのだ。

「……オルクス、お前は何がしたいんだ?」

「君がそんな事を言うなんて、珍しい事もあるものだな」

「……何か用か、妖精もどき」

光系統の魔法を使い、彼女は球体の中で身を守っているようだ。

この吹雪だ。それも当然だろうが、こいつのような奴がここにいるのがおかしい。

明らかに不自然なのだ。

「警戒されても困るよ。イフリートからの伝言を言いに来たんだけど、聞かないでおく?それともココで死ぬ?」

「妖精もどきが、何を言っているのか分からないな。なぜお前が、炎の大精霊からの伝言を受け取っている――シルフィ」

小さい体で、背中に羽が生えている彼女。

フェアリー一族だったはずだが、何故こいつがここにいる。

「そんな警戒されても困るってば。私のマナもこの障壁に使ってるんだから、長居はしたくないんだけど」

「地水火風を司る精霊クラスの魔法を使っておいて、何を言ってやがる。お前は何者だ?妖精の一族はエルフと一緒に、アルフの森で暮らしているはずだが?」

「私が何者かなんて、些細な事だと思うよ?それよりもイフリートがね、君を連れて来てと言っていたんだよね。どうして欲しい?

オレの事を知っている……。

それを知った以上、オレは小さい体から伸ばされた手を取る。

「――そう。その行動が君の答えだね。じゃあ行こうか、炎の大精霊イフリートが待つ南方……ストラドへ」

光に包まれ、オレはその場から空中へと浮かび上がる。

「――シルフィと言ったな。お前は何者なんだ?」

空中に浮かぶ際、オレは彼女にそう聞いた。

彼女は迷う事無く、こう答えた。

「――君も鍵と呼んだ少年のお友達だよ。もしあの人に危害を加えるなら、私は君を許さない。たとえ君が、魔族に命を与えた元人族であってもね」

オレはその答えを聞いて、警戒は解けた。

ここまで言ってくる奴ならば、もうオレが何かをする事は問題外だ。

オレは結局、何も出来ないようだから任せるとしよう。

フレア・バースティアとオルクス・ゲーターの能力を継いだ少年、か。

良いだろう。この時代は、奴に任せてみるのも一興だな。

「何をニヤついているんだい?気持ち悪いよ」

「クダラナイ詮索をするなら、お前を抹消してやるからいつでもかかってこい」

「……やっぱり連れて行くのやめようかな、この人……」

そんな無駄話をする事が出来るようにまでは、まともになった方だと思える。

昔のオレは、何も生み出さない人間だったから。

我ながら、気味が悪いと思っている。

時代が進めば、人間も変われるはずだ。

いつかオレにも、またあいつらと一緒に居られる世界になると……いいな。


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「準備は整ったか?」

妾の我慢も限界じゃ……。

いつまでも帰って来ない奴を待っていられる程、妾は大人ではない。

『整っております。貴女が合図を出せば、いつでも出陣出来ます』

「うむ。了解したのじゃ」

妾からまた奪ったのじゃよ、オルクス・ゲーター。

一度ならず、二度までも……。

妾の勢力を以って、彼を取り戻す。

待っておれ、フレアよ。


――進軍せよ。妾に忠誠を示せ。

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