第44話「憧れ」

小さな身体では、出来る事が限られる事を知っていますでしょうか。

獣族っていうのは、寿命が人族とあまり変わらない。

だけど他の種族より、腕力などの運動能力が遥かに高い。

獣族のフィリス・フィーリアという少女が、その代表でもある。

『お嬢ちゃん、ここを通りたきゃ通行料を払いな?』

『そうそう。怪我したくないだろ?』

「……」

少女は首を傾げて、何食わぬ顔で彼らを見る。

彼らは盗賊に成り下がってしまった種族の集まりだ。

付き人であるフランは、少し後ろの方にいる。

何故なら、彼女自身がフランより早く走ってしまった事が原因だ。

だけど少女は、彼らの態度を我慢するのも限界のようだった。

「通行料は無いのですよ」

『あ?ねぇなら、ここを通る訳にはいかねぇな?』

『俺たちには、てめぇみたいな小娘には興味ねぇからなぁ。なぁ?』

盗賊の一人がそれ言った瞬間、それに続くように盗賊たちが笑い上げる。

その態度によって、少女の堪忍袋の緒が切れた。

「――通して下さいですぅ~、お願いしますですぅ!」

甘えたような声を出すが、少女は彼らの身体を隅々まで観察している。

体格、種族、弱点……その全てを把握するために――。

「フィリス、急いでるので♪」

そして少女は、ただ一言だけ呟いて盗賊を一蹴した。

倒れる盗賊は、生首のように地面の中に埋められているのだった……。

「――あら、フィリスがやったと分かりやすいですね。一体どこまで先に行ったのやら」

『……た、たすけてくれぇ……』

『ここから出してくれぇ』

生きているのに死んだような声を出す盗賊たち。

その瞳は懇願こんがんするようにフランを見ていたが、彼女はまるで豚を見るような冷めた目で言った。

「貴方たちは罪を犯したようですね。我ら獣族の姫に喧嘩を売るなど、その軽率な行動は万死に値します。その場で――懺悔なさい」

彼女は鼻で笑い、吐き捨てるようにその場を去った。

「さて、かなりの距離が開いているようですし……私も私で別の用事を済ませると致しましょう」

彼女はフィリスが進んだ道とは、違う方向へ歩を進めた。

去っていく彼女の背には、やたらと響く懇願の声が聞こえて来るのだった――。


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ベッドに倒れて、僕は溜息を吐いた。

目を瞑って寝転がっているとかなり落ち着く。

この溜息は疲労の溜息だ。別に何かに困っている訳じゃない。

街の人に手伝おうかと言っても、逆に休めと言われたり、挙句にはお茶を飲んでいけと言われて何件も回ったのだ。

疲れない訳がない。

「(はぁ……神経使い過ぎた)」

あんなに人と話すのは、いつ以来だっただろうか。

僕も決して人と話すのが嫌いな訳ではなく、単に苦手なだけなのだ。

話そうと思えば話せるし、意見だって言える。

「……我が主?今良いか?」

ノックの音と共に力の無い声が飛んでくる。

「なに?」

僕は起き上がって、扉を開けてそう言った。

「――ディーネ」

「私の話を聞いてもらえるだろうか?」

「うん。ちょうど今、僕も話したいと思っていた所だよ」

僕はそう言って、彼女に「入って」と促す。

僕は扉を閉めベッドへ座り、彼女を椅子へと促し対面するように座った。

「それで、まずは君からだ。今回の件、僕に打ち明けたくない秘密というか、内緒にしてる事があるよね?」

「……っ……何だ、気づいていたのか」

「これでも君と契約してるし、短いようで長い時間を過ごしているんだ。嫌でも分かる時もあるよ。それで君が悩んでいるのは、ひょっとしてだけど――『鍵』についてだったりする?」

僕の言葉を聞いた彼女は、表情を強張らせた。

その反応を見て、僕は確信へと達したのだった。ようやくだ。

「正直話すと、僕は僕自身が鍵という事を知らないし、理由なんて分からない。全てはあのオルクス・ゲーターが言っている事なんだから。けどそれがもし、本当なら?君はどういう考えをしたのかな、ディーネ」

彼女は何かを迷っている。

何かを隠しているというよりかは、言いたいとは思っていない事だ。

まぁそれも、秘密という事で隠している事になってしまうのだけど。

僕はそれが、彼女の優しさだと思って答えを待つ。

彼女が言葉を選んだ時、次は僕が決める番なのだから――。


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今日の空は晴れていたのだが、どうやら空模様は気まぐれらしい。

雨でも降るのかと思わせるその雲は、どこか寂しげに空を隠している。

それを見た私は、何か胸の中で締め付けられる感覚に襲われるのだ。

それはやがて形を取り、嵐の再来を意味している事に気づく。

『さぁ、選択する瞬間が来たよ。この世界に住む全ての住人よ』

紫色の魔法陣は、透明な彼を作り声を発した。

姿形が微かに揺れていても、実際に話しているような感覚だ。

しかも彼の言葉は耳だけに留まらず、頭の中の奥深くまで侵入してくる。

まるで、自分の中に無断で入られるようなものだと感じる。

――気持ちが悪い。それが私の見解だ。

『この地、この世界に住む全ての人類。キミたちに問おう。この前の続きだ。三日も猶予があったんだから、選択は出来たはずだ。世界ボクは待たないし、待つつもりもない。さぁ選ぶといい、「ボクの下に付き、最期まで安寧に約束された世界で暮らすか」「ボクに抗い、己の無力さを知りながら死んでいくか」さぁ!』

――人間はどのみち死ぬ。

かつて誰かに言われた事のある言葉を思い出した。

確かに人間は何もしなければ死ぬし、何かをしても死ぬ事が世の定めだ。

死は制御できず、前触れもなく自分に襲い掛かってくる。

だけど私は――。

「――耳を傾けてはならない!この王都は、この場所は、貴方たちの世界だ!」

「――っ!?(姫様?)」

俯いていた私は、その声によって顔を上げた。

そこには、私に語りかける彼女の姿があった。

「この王都には、私以外、数々の種族の方々が過ごしています。ここは中立都市として、今まで戦争から免れていたという歴史のある街です。今回も免れようとしたのですが、彼の力を知っている私からすれば投降するか悩んでいました。ですが、ここはやはり、私たちの街は投降するべきではないと思い至ったのです。それで何人の人々が傷つき、悲しみ、嘆くは正直分かりません。何をすべきは貴方たち次第です。でも私は可能性を信じたいのです。人々が本当に幸せに暮らせる未来が創れると。……私アリア・R・スコーリアは、彼に抗う事を決意致します。納得のいかない者は前へ出ろ!」

彼女の武器、ファランクスを出現させて天に掲げる。

その彼女だけを照らすように、雲の切れ間から光が差し込んでいた。

選択をした彼女に私は、目を奪われる。

彼女が前へ行くと言ったのだから、私は私のやるべき事をするだけだ。

彼女のメイドとして、彼女の護衛として。

何より、ルーシィ・アルケロイドという一人の人間として。

私はそう決意するのだった。前へ、前へと進む為に――。

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