第36話「契約者の力」
天使と呼べる存在を私は見た事がない。
各種族の中には、それに最も近い存在は魔族といわれている。
だがもう一つ、それには例外があるのを私は知っている。
――それは『精霊』と呼ばれる存在である。
背中から肩へ広がるように、魔法陣のような刻印が刻まれている。
上半身のほとんどがそれに埋まっているが、それでも美しいと思える。
何故ならその姿は神秘的で、まるでこの世の者ではないと魅了されてしまったからだ。
天使とはこういうものだろうかと思わせるほど……。
「うんっしょ、よいしょ……」
彼女は解放した魔力を纏ったまま、身体を軽く動かし始めた。
「えっと、何してるんですか?」
「んあ?準備運動だが、何か問題あるか?」
「…………」
私は言いたい事はたくさんあるが、とりあえず抑えて飲み込む事にした。
いや、言いたい事が全く無いという訳ではない。
まず一つ言っていいというのならば、『何故今ここで準備運動をするのか』だろう。
今から攻めに行って、あの戦いの間に割り込むという所だっただろうに。
「ん、どうした姫君よ。頭など抱えて」
「い、いや、なんでもありません……(なんでもあるわ!無い訳ないでしょ、早く戦いに行きなさいよ!)」
何食わぬ顔で、彼女は首を傾げてこちらを見てくる。
『ん?』みたいな顔しないでくれるかしら。
「まぁ何が何だか分からんが、安心するといい。あそこにいるのは我が主だ。見捨てるなんて事は、絶対にせんよ。私を誰だと思っているんだ?」
準備運動が終わったのか、彼女は腰に手を当ててそう言った。
「君は王都の姫君だ。君には後ろで眺めてるより、何か他にする事があるのではないか?ではな――」
「……アタシのやるべき事?……」
彼女はそう言って、彼らのもとへと飛び出してしまった。
残された私は、彼女の言っていた事を考えていた。
この王都を、今の彼を護る方法を――。
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「はぁ、はぁ、はぁ……」
「へぇ……意識が無いと思ってたけど、一応自我はあったんだね。目が白目じゃなくなっているじゃないか」
「それは、どうも……」
怒りに任せていた所は、僕もここに戻る前に散々見てきた。
その場所は真っ暗で、特に何も無い場所だったけど。
「キミ、何を笑っているんだい?」
……ここに来る前に良い事があった。
彼女に会えたのだから、もう――良いかな。
「我が主が情けないぞ、たわけ者が!」
背後から見知った声が飛んでくる。
高圧水流に作られた刃は背後から僕の横を通り、彼を目掛けて一直線に向かっていった。
僕はそのまま前を見ず、後ろに来た彼女の姿を見て目を見開いた。
「あぁ……本当に今日は、良い事がありすぎて」
「よ、我が主」
自然と涙と一緒に笑みが零れてしまう日だ。
「――へぇ、生きてたんだ。流石は大精霊は一味違うね。そこで死んだ魔女とは違って、かなりしぶといみたいだね」
「おやおや、動揺しているのか小僧。せっかく進んでいた計画が、ダメになったような顔をしているぞ?」
彼女は煽るようにしてそんな事を言った。
その言葉が挑発にも似ていて、僕の顔が引きつる。
「(ディーネ、楽しそうだなぁ……)」
それにしても、煽られている彼の姿は奇妙な生物に近い状態だった。
先程放たれた水の刃で、右腕を失っているにも関わらず平然としている。
意識が遠かった時もそうだった。
彼は、どんなに自分の身体が傷ついた所で何も変化などしない。
余裕を持った笑みと戦いを楽しんだような笑みの二つだけだ。
彼は本当に僕と同じ人間なのだろうか。
「……何かな。さっきからボクの顔をじっと見て。言いたい事があるなら、今のうちに聞いておいてあげるよ。命乞いの代わりにだけどね」
「生憎だが、我が主は死なないぞ?お前と違って、不調などどこにも無いからなぁ」
「……?(不調?)」
どこに不調があるのだろうかと思い、僕はそんな事を言う彼女を見る。
「(何だ、我が主?私の言った事が信じられないか?)」
頭の中で彼女の声が響いてくる。
テレパシーがあったのをすっかり忘れていて、少し驚いてしまった。
咳払いをしてから気を取り直す。
「(色々聞きたい事はあるけど、まずは不調ってどういう事?)」
「(我が主の目は節穴なのか?良く見てみろ。マナの流れが悪循環だ)」
彼女の言うとおり、彼の姿をもう一度良く見てみた。
「……あれ?」
「(どうだ?悪循環であろう……我が主、どうした?)」
「……何も、見えない」
「(は?何を言っている、奴のマナは乱れて――)」
「――ディーネ!!」
彼女がもう一度見た瞬間、僕は彼女の名を呼びながら身体を前に出す。
庇うように出した腕や半身には、まるで重量のある物で殴られたような激痛が走る。
「ぐっ……このっ!」
「(本当に見えないのか?奴のマナも魔力も)」
僕はその場にしゃがんだ状態で彼を見据える。
だが何度同じ事をしても、彼の魔力は見えてもマナを視る事は出来なかった。
僕は『見えなかった』と視線で彼女に訴える。
でも彼女の言っていた不調とやらは、なんとなくだけど分かった気がする。
その証拠に、これまでの攻撃に対して左側を庇っているように思える。
気のせいで無ければ、それが突破口になるはず……。
「(ディーネ……一瞬だけでいい。オルクスを僕から意識を外す事って出来る?)」
「(急だな。可能だが、何をするつもりだ?)」
「(それは臨機応変にお願いするよ。説明してる暇はないからね)」
「また相談事?そろそろ諦めて、ボクの鍵としての役割を果たしなよ!」
離れた場所から、そう言っていきなり距離を詰めてきた。
僕と彼女は散開し、二手に分かれて彼の横へと動く。
「まずは邪魔なキミからだ、大精霊!」
彼が彼女の元へ行った瞬間、僕は片腕を上げて深呼吸した。
「――契約紋に捧げ、血肉を喰らいて、骨を絶て!」
「……っ?!させるか!」
「――氷は盾となりて、風は一本の
詠唱中は無防備だ。その隙を突くように、彼は僕に向かって彼女に背を向けた。
「たわけがっ、誰に背を向けている!」
彼女はその一瞬の隙を見逃さず、彼の足元に魔法陣を展開させた。
その魔法陣からは、彼の身体に巻き付くように水が纏わりつく。
「くそっ、貴様ぁっ!」
「私の方を向いている暇が、お前にはあるのか?」
彼は彼女の言葉を聞いて、僕の方へと向き直る。
左手には氷の盾が出現し、右手には風で作られたような槍が出現していた。
彼の瞳に映る僕は、まるで騎士のような姿をしているのが分かった。
僕はその槍に勢いをつけて、彼に狙いを定める。
灰色の世界で見た景色を真似するように僕は構える。
「(まるで姫君だな、あれは……)」
「――くらえぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
僕の放った槍は、その場を覆う砂煙を撒き散らせる。
地面を破壊した僕は、その場に跪いて息を整えようとする。
僕はどうなったのだろうと、放った場所を目を離さないように見る。
ドクン、ドクン……――!?。
放った直後、僕の身体で異変が起きた。
それを見計らっていたかのように、砂煙の中から人影が見えてくる。
「いやぁ……驚いたよ、ホントにね」
僕は言葉を失い、目を疑った。
彼の姿は人という原形をとどめておらず、半身が無い状態で動いていたのだった。
今までより不気味で、こちらの嫌悪感を
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