第37話「二つの選択肢」
「いやぁ、驚いたよ。本当に……」
砂塵の中で、不気味に立ち上がる彼の姿は嫌悪感に襲われた。
まるでゲームのワンシーンにあるグロテスクな状態だ。
僕は口元を抑えて深呼吸を繰り返す。
胃の中は空っぽのはずなのに、苦い物が喉まで来てやってくる。
慣れていたつもりだったが、久しぶりに見ると来るものがあるようだ。
「大丈夫か、我が主」
反対側から移動してきたのか、いつの間にディーネがやって来ていた。
僕は呼吸を自力で整えて、息を吐きながら答えた。
「……ふぅ……大丈夫だよ」
嘘ではないが、この嫌悪感が拭えない。
「あれは何だろうなぁ。見ているこっちが身体が痛くなる気分だ」
後ろからアルフレドさんがそんな事を言ってきた。
僕の放った技は、クレーターのような
その時の爆発音によって、ここへ再びやって来たのだろう。
アルフレドさんだけではない。
ギルドに居た人々、街に住んでいる人たちも含めてやって来ていた。
勿論、アリアも……。
やがて野次馬が増えてきて、あっという間に大所帯になってしまった。
ここに来ては危ないのは理解していないのだろうか。
そう疑ってしまう程に――。
「はぁ~あ。ここまで集団で来られると、全員を殺すのに時間が掛かるなぁ」
オルクスは片腕で、やれやれという仕草をする。
傷が回復し始めているのだろうか、それにしたって速過ぎる。
「皐月、大丈夫?」
アリアが駆け寄ってきて、そう聞いてくる。
「問題ないけどアリア、これは一体……」
「あぁ、えっと、これは……」
僕がそう聞いてみると、目を合わせようとしない。
曖昧にしている所為で、大体の予想は出来るから聞かなくてもいいかな。
「……それは良いとして、あれはどうしよっかな。結果はどうであれ、効いているのかとか正直分からないし」
「安心しなよ。ちゃんとキミの技は効いているよ、鍵のくせに良い技を持っているじゃないか」
「……僕は鍵じゃない。如月皐月という名前がちゃんとある」
そういえば、何故彼は僕の事を『鍵』と呼称しているのだろうか。
そして何故、彼は僕の事を完全に殺そうとしないのだろうか。
『鍵』というのであれば、誘拐するなり半殺しにするなりすれば楽だろうに。
僕はあらゆる疑問を並べたが、疑問が疑問を呼んで答えを出すのを諦めた。
「――はぁ……。君は一体、何がしたいんだ。僕が鍵というなら」
「勘違いをしないで欲しいなぁ、如月皐月。ボクは別に、キミを殺そうとはしていないよ」
ニヤリと笑みを浮かべて、また不快な嫌悪感に煽られる。
『――全ての人間たちに告げよう。ボクは今、『鍵』を手にする事は出来なかった。だがこれはキミたち人類にとって、大いに好機と言えるだろう』
いつの間にか魔法陣が展開され、オルクスの頭上から雲が波紋のようになっていく。
雨が降っていたのに、その場所を中心に晴れていくように。
「こいつ、何を言ってやがる。しかもこれ、頭の中に声が響いてるぞ」
アルフレドさんが頭を抱えて言った。
他の人たちもそれは同じのようだ。
誰もが耳を塞いだり、周囲をキョロキョロとしている。
『ボクはいずれ、この世界の神になる者だ。その機会が遅れるという事は、キミたちにとっては選択の時間が出来たという事だ』
そう言った瞬間、僕の後ろから彼を罵倒する声が上がる。
だがその声が上がった途端、僕の耳元で風を斬る音が通り過ぎた。
「――っ!?」
『言っただろう?ボクは神になると言ったんだよ?それに逆らうという事は、すなわち神への
何をしたのかは分からなかったが、これだけは分かる。
今飛んできたのは、ただの小石だった。
それを音速で飛ばして、弾丸のような威力にしたって事なのか。
『改めて名乗ろう。ボクの名はオルクス・ゲーター。過去数百年前の歴史において、この地を見て来た者だ。先に宣言した通り、ボクは神となる存在だ。それは決して揺らぐ事も覆す事も出来ない真実だ。だがここで、キミたちに朗報だ』
「……オルクス・ゲーター、だと?」
隣でディーネが、小さく呟くのが聞こえてくる。
それよりも、この声は世界中に聞こえているのだろうか。
『ここにいる少年によって、ボクの力は消費されてしまった。これでは神になるまでに時間が掛かってしまう。だけど、これはキミたちにとって好機だから喜ぶといい』
もし世界中に聞こえるようにしているのだとしたら、彼の中には一体どれだけのマナがあるのだろうか。
『……さてここからが本題だ。キミたち人類には、今から二つの選択肢をあげよう。一つは、ボクと共に革命を起こして『生』を選ぶか。もう一つは、ボクの革命に抗って『死』を選ぶか。二つに一つ、キミたちには選ぶ権利をあげよう。
そう言って、彼は僕と視線を合わせて来た。
反射的に拳に力が入り、奥歯を噛んだ。
『
ニヤリと笑みを浮かべて、オルクスは僕を再び見据えてくる。
今のは恐らく、僕に向かって言ったのだろうと思えてしまった。
「さて、演説という名の忠告は終わった。ボクは一旦戻るとしよう。キミによって受けるダメージは修復に時間が掛かる。キミはいずれ、迎えに行くとするよ」
「出来れば君とは、僕は会いたくない。一応言っておくけど、僕は君には従わない」
「それはどうだろうねぇ。まぁ、今のままでは従わないだろうね。いずれ分かるよ、それじゃあね如月皐月クン」
そう言って、オルクスはその場から姿を瞬時に消した。
誰もいないクレーターを見てから、僕は目を瞑って深呼吸をする。
戦っていた時の記憶は全て残っている。
「皐月、とりあえず街へ戻ろう」
「アリア、少し一人にしてくれないかな……」
彼がいなくなった瞬間、止んだはずの雨が降ってくる。
「君、行くぞ。今は一人にしてやってくれ」
「でも……」
風邪を引かないようにと思われたのだろうか。
後ろから、二人の気配が消える。
徐々に人の気配が消えていき、その場にはやがて僕だけになった。
激しくなっていく雨が降る中、残った僕は灰色の空を眺める。
僕はその場に崩れ、抑えていた感情に亀裂が入るのを感じた。
その感情を映し出すようにして、雨は激しく僕の身体を濡らしていくのだった――。
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