第34話「深い眠りの中で」

――私はどうしてここにいるのだろうか……。

海底に沈んだような感覚から、意識が戻っていく。

ぬしよ、何をサボっているのだ?ディーネ・ホルネステイン……我が意思を継ぎし者よ』

「……っ……」

海の中にいるという意識がある所為なのか、上手く話す事が出来ない。

私の記憶の中で、彼女の存在が浮かび上がってくる。

彼女は私に力を受け渡して消失したはずの人物だ。

――どうしてこんな所にいる……?

『主が契約者よりも先に、生命の危機に陥っているからであろうが。主とこうして話すのは数十年振りだが、まさかこんな形で話す事になるとは思わなかったぞ』

「(そんな事を私に言われても……)」

『目を逸らすな。元々は主がしっかりしていないから悪いのだぞ?』

何で私、こんなに説教されているのだろうか。

私、別に何もしていないのだが……。

『――おい主よ、聞いているのか?ほれ、何処へ行く気だ?』

話が長くなりそうだから、ここから離れたいのだが出口は何処だろうか?

『出口なんてある訳無かろう。主の中であり、ここは主と我の空間だ』

「…………」

つまりはあれだ……。

記憶上正しければ、私は契約者である彼を守って死んだ。

そしてなんらかの理由で、前水の大精霊である彼女が私の前に現れたのだろうか。

『何か言いたい事があるのか?我の事をそんな目で見てどうした?』

「(別に無いわ。死んだのなら、何も考える必要は無いだろう)」

『契約者同士の意思疎通を同じ仕組みだから理解が早いようだな。そういう所は変わらんな、主は』

「(私は思った事をしただけだ。それで前ウンディーネ様が、私に何の用なのかと聞いているだが?)」

私はここにいる理由を催促する。

死んだという事は理解しているが、何故こんな所にいるのかが不可解である。

『主は精霊として我の力を受け継いでいるぞ。その力を使ってしまえば、この世のことわりなぞ簡単に崩せるぞ?』

彼女は首を傾げて、何食わぬ顔でそんな事を言ってきた。

元とはいえ、大精霊が世界の理に反していいのだろうかと思ってしまう所だ。

『この世の理を彼が変えていなければの話だがな』

彼とは一体誰なのか、私には予想が出来て脳裏に浮かぶ。

「(リンという神の事か?あやつなら、もう天界とやらから消えているようだぞ?)」

『天界から?なるほど、それで代わりに時の神が現れたのか』

「(時の神には、私は会った事はないが……どんな奴なんだ?)」

時の神と呼ばれているのだから、時を操る事が出来るのだろうか。

『クロノスという者だ。奴は実力も申し分ないだろう。だが我からしたら、あれほど何を考えているか分からない奴は珍しい。精霊というのは相手の内側にあるマナの流れでを見れば、おおよその考えなどが分かるはずなのだが――』

少し考えるような仕草をしている。

今思ったが、彼女は私よりも水の大精霊と呼ばれるに相応しい容姿をしている。

青い瞳に水色に輝く鮮やかな髪。

そして、腰から下は魚のように尾ひれがついている。

彼の脳内で見たが、確か『人魚』と言っただろうか。それに近い容姿だ。

大精霊と契約者との間には、契約紋を通じて考えている事や記憶を共有が出来る。

私は彼にやり方を教えていないから、私から一方的に知っている状態なのだが……。

「(クロノスとかいう人物の詳細は追々調べるとして、ここに現れた理由と私の意識がある事を説明してくれ)」

『相変わらず自分というのを崩さないのだな。分かった――では話すとしよう、余興はここまでだ。我がここに来たのは、ディーネよ。主に全てを託しに来たのだ』

「(全てを託しに?どういう事だ?)」

言っている事が良く分からない。

もう既に私は死んでいる身ではあるが、もし生き返るとしても託されるものが何かあるのだろうか。

『そう難しく考えるな。我が言っているのは、我の全てをという意味だ。水の大精霊の力というのは本来は、受け継いだ者へ完全に引き継がれる訳ではないのだ』

水の大精霊の生命力は、神族や魔族に匹敵するほどの寿命になる。

それをも超えるというのだろうか……。

「(全てという事は、私はどうなるのだろうか?神族であったディーネ・ホルネステインという人格はどうなる?消えるのか?)」

『いや我との意思の疎通がこうして出来ている以上、消えるという事は無いだろう。だが完全な大精霊となるのと共に、今契約している彼には負担が大きくなるが――』

「…………」

私は少し考える。

彼は無意識であっても、魔力の制御は出来ている方だ。

人族でありながらも、身体の中にあるマナの流れは正常なのだが……。

「(……少し良いだろうか?聞きたい事がある。契約紋について、詳しく教えてもらいたいのだが?)」

私は彼女に疑問を突きつける。

この片手の甲に刻まれている赤い刻印とも言える契約紋。

これは精霊との契約を果たした証であり、唯一の証明でもあるのだ。

だがそれ以外、何かを必要としている節が見当たらない。

存在の有無は意味があるのだろうか。

『ふむ。それを話したら、完全な引継ぎをするとしよう――』

彼女は少し考えていたが、やがて真剣な表情を浮かべてそう呟いた。

「(何か意味があるのか?)」

『勿論あるが、そうだな……主は、契約という行為についてどこまで把握している?』

契約者との意識と記憶の共有により、魔力や魔法知識の共有を可能にする。

その結果――契約した精霊の属性魔法を契約者は使用可能となるのが常識だ。

私はそこまでの事を彼女に伝えたら、彼女は目を瞑って頷いた。

把握していた内容は、どうやら間違いでは無かったようだ。

『――契約紋というのは本来、契約者同士の存在を把握する意味もあるのだ。魂の接続と言っても過言ではないほどにな』

彼女の表情が深刻そうな表情へと変わる。

それを聞いた途端、私は自分の片手にある契約紋に視線を落とした。

赤く光っており、鼓動に合わせるように点滅している。

『……時間が無いようだ。すぐに主の消えかけている魂をこの世に繋げる。そうしなければ最悪の場合――』

「(どうなる。まさかとは思うが、契約というのは一心同体に近い状態になるとか言わないだろうな……)」

『考えている暇は無い。詳しい内容は、主に我の記憶をやる。それで主が理解し見定めるのだ。後は託させてもらうぞ、ディーネ・ホルネステイン』

彼女はそう言って、私に手を伸ばしてくる。

額に触れた途端、彼と契約した時よりも膨大なマナが流れ込んでくる。

そして彼女の記憶も含めて流れてくる中、私は一つの真実を理解してしまった。

一心同体に近い状態になるというのは、自分で撤回しなければならない。

全く違うという事を理解する。

私は自分の身体を抱きながら、海上に浮き上がらせられるように丸くなる。

目を伏せて口を開かずに胸の中で謝罪する。

「(すまん、サツキよ。私のお前の命を……)」

そう思いながら、私は光り輝く海上へと顔を出すのだった――。

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