第21話「過去。そして決意」

如月皐月という少年は、何も持ってない平凡な子供だった。

将来も期待されず、何かを特別得意なモノもない。

無意識に人と関わるのを避け、自分に近づく者は拒否してきた。

それも忌み嫌われたり、いじめを受けてきた理由でもあるだろう。

だがこういう性格になったのは、僕自身の責任ではない。

理由は、僕の家の事情もあるだろうと思う。

僕の家『如月家』は、由緒ある組織の家柄なのだ。

代々受け継がれてきた業界の中で、いつも引き継いできたのは女性の頭領だった。

裏の業界を牛耳ぎゅうじるその家では、生まれた子供に生涯をその家に捧げる事が約束される。

運動能力もなく、経済知識も覚えられない。

そして――統率能力が皆無という三重苦が揃った僕は、名前を貰ってもその家の中では『居ない者』という扱いになった。

そして小学校に通っている最中、僕はその事件と遭遇した。

如月という名を持っただけで、僕は誘拐されたのだ。

怖かった。恐怖に怯え、力の無い僕は抗う事は出来ない。

大人相手。それも複数人を相手にするなど、当時の僕には無理な話だ。

誘拐犯は家に身代金という目的を持ちかけ、交渉を開始した。

お金さえ払えば助かる。僕は最後まで、家族の答えを信じた。

――だがそれは、儚い願望だ。

期待するだけ無駄だと分かったのは、犯人たちの会話を聞いたことがキッカケだ。


『おい、どうするよ』

『何があった?』

『このガキは、如月家の子供ではありませんの一点張りだ。これじゃ交渉もクソも』


「……っ……」


僕は絶望した。涙が浮かばないほど、失望してしまった。

でもそれは、心のどこかで分かってたのだろう。

絶望はしたが、涙は出ずに枯れ、悲しみが混ざった笑みが浮かぶ始末だ。


「おじさんたち、ぼくをころす?」


僕はこの時、恐らく死にたかったのかもしれない。

心の奥では死にたくないと思っていても、こんな世界など生きていても仕方ない。

そう考えていたのかもしれない。

だから犯人たちが言った一言は、鮮明に覚えている。


『あぁ?テメェみてぇなガキ殺したって、何も価値なんかねぇよ』

「…………ははっ」

『何笑ってんだテメェ!このガキがっ』

「……ぐっ……」


自然の笑みが浮かんだ。

暴行行為をする犯人たちの顔も、僕の見る世界が灰色になっていく。

何も価値が無い。そんな事は知っているのだ。

誰も必要としないし、誰も期待なんて事はしない。

いつからなんて興味はない。それは分かりきっている。

僕は生まれた時から、要らない者として扱われていただろう。

蹴られて、殴られ、忌み嫌われていく人生。

何も価値は無い。

僕は静かに暮らせれば、それで満足なのに。


「ぼくに、もう、さわらないで……」

『――っ!?』


蹴られ続けた所為で、地面に擦れた縄が解けたのだろう。

気づけば、僕は犯人の足を掴んでいた。

何もない。無価値なら、僕はどうでもいい。

それならばもう――


――壊してしまえ。


『う、うわぁぁぁあああああああっっ!!!??』


叫びながら、犯人は片足を抑えて倒れる。

抑えている足には、足と言えるモノは存在しなかった。

血が大量に床に広がり、犯人たちは言葉を失っていく。

そして恐怖を覚えた犯人たちは、素手では危険だと思って武器を持つ。

それは力強く振るわれ、僕は致命傷を受けた。

それから僕は気を失った。


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「それからどうしたのよ」

目を瞑って話していると、アリアがそう尋ねてくる。

「全く覚えていない訳じゃない。けど僕が言えるのは――」

「??」

手の平を見て、僕は大きく深呼吸をした。

「――この手で、その人たちを全員殺した事だけだよ」

「……っ」

アリアが息を飲む音が聞こえてくる。

「僕の手は血で染まっているんだよ。この世界でも、人殺しは罪人のする事でしょ?だからそんな僕に助けを求めちゃだけだよ。……ね」

僕は立ち上がって、城壁のギリギリ落ちない部分に近寄る。

「サ、サツキは後悔してないの?何か、目指したいものとか!無いの?」

アリアは心配そうな表情を浮かべ、そう叫んでくる。

僕はまた、出来るだけ笑顔を作って言った。

「……そうだなぁ。――僕は生まれ変わったら、正義の味方になりたかったかな」

「……」

「おやすみ、アリア」

「う、うん」

肌寒い風が吹き、僕の頬を撫でる。

一段一段、ゆっくりと下りて行く。

一歩、また一歩と。

まるで自分がまだ生きていると実感する為に……。


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世界樹は日々、成長していく。

生きている人間の願い、死んでいく人間の願いをたくわえていく。

伸びていく大樹。これは彼が私に残したもの。

意志を継ぐという事は言わないが、私は彼の望みを叶える義務がある。

「クロノス様、そろそろお体を休めては?」

「問題ない。私の仕事は世界の行く末を見守る事だ。休む訳にはいかない」

「クロノス様は十分な働きをしています。休まれても、お父様方は咎めないと思いますが?」

「レアよ。お前の話は以上か?ならば下がれ。今私は忙しいのだ」

彼女は下がりながら、お辞儀をしている。

気配が無くなり、私は溜息を吐いた。

監視、審判、時間、記憶……私は今、それを彼から引き継いでいる。

その量は、私の許容範囲を超えている。

正直身体もガタガタで、眠らなければいつか倒れるだろう。

だが私は、手を止める訳にはいかない。

分かり合えなかった事があるからこそ、私はこの手を止める訳にはいかないのだ。

彼が導いた少年を最後まで見届けなければいけないのだ。

そうだろう?

我が友――リンよ。

私の思いに答えるようにして、世界樹の葉が一枚落ちてくるのだった。


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彼の話を聞いてから、復興しつつある王都の中を通っていく。

城壁から城までの距離は、かなりの距離がある。

王都ドミニオンが平和だったのは、恐らく私の前にいた王女の代だろう。

母の姿は見た事はない。勿論、父の姿もない。

何故なら私が王女になったのは、幼少の頃にこのスコーリア家に拾われたからだ。

人族と神族の間に生まれた子供。ハーフエルフという特殊な種族。

王女という地位を継承する際、私を快く受け入れた者は一人もいなかった。

そんな私を認めてくれたのは、世話係と護衛を混ぜたメイドたちだ。

そんな彼女たちを失ってしまった。生き残ったのはルーシィだけだ。

聞いた時は悲しんだと同時に、私は悔やんだ。

私の力では、誰も護れない。救えないと……。

だからこれから、私はこんな事を起こさせない。

暴動だろうがなんだろうが、私はもう二度と好きにはさせない。

戦えるようにならなきゃ、この王都を護れない。

私自身も、彼の事も護れない。

「姫様、どうしたのですか?」

「ルーシィ、叔父様と話せるかしら」

「ドミニオン公爵様なら……?――姫様、お覚悟が?」

「えぇ。アタシは行くわ。だから前に進むわよ、一人の姫として」

「それでしたら、こちらへ。姫様のお部屋に準備が出来ております。ドミニオン公爵様が、後内密にと仰せつかっておりましたので」

彼女が案内してのは、私の部屋だった。

半壊しているが、応急処置は終えて壁は出来ているようだ。

部屋の奥にあるベッドの上で、光る何かを見つけ歩み寄る。

「これは……」

布で巻かれた何かと精霊結晶。

布を広げてみると、それは姿を表した。

「私も着いて行きますが、よろしいでしょうか?」

「良いの?もうここへは戻れないかもしれないわよ?」

「大丈夫です。姫様と一緒なら、どこへでもお供します」

彼女の迷いのない一言は、とても力強く背中を押してくれる一言だった。

私はその言葉を聞き、今したい事がはっきりと分かった。

「――分かったわ。これからもよろしくね」

「えぇ、我が主人。このルーシィ・アルケロイド、必ず貴女のお力になってみせます」

私は彼女と誓いを交わし、武器を手にする。

武器にはこのドミニオンの紋章が刻まれている。

私は武器を抱き締めて切っ先まで撫でる。

この槍の武器――『ファランクス』と共に闇を貫く。

私はその夜、そう胸に強く誓ったのだった――。

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