第7話 ルカ、教えられる
「やあやあ、よく来たね!」
そう言って、金髪の美形が満面の笑みで出迎えてくれた。
相変わらず、ハルシャは喋らなければイケメンだな。
応接室に移動する間、奴はニコニコしながら話しかけてきた。
「ミリムちゃんはひと月前にも会ったけど、ルカ君とは半年ぶりくらいかな?」
「……そうですね。そのくらい経ちました」
「半年ぶりに会うのに何だか反応が冷たくない?」
「……俺に内緒で、ミリムに魔術教えてたんですよね?」
「ギクッ」
俺が睨みつけると、ハルシャは叱られた子供のようにシュンと肩を落とした。
「だって、可愛い弟子の頼みだったし、面白そうだったからつい」
「『面白そうだったから』で簡単に引き受けないでください。こっそり隠れて村までやって来てたなんて、聞いた時には呆れましたよ」
「テヘッ☆」
いい歳こいたジジイが「テヘッ」とか言うなよ……。
「ジジイのくせにかわいこぶるんじゃないよ。気持ち悪い」
カツン、という杖の音が響く。
音の方を向くと、そこには杖をついたエレーナがいた。
「エレーナさん。足の具合はどうですか?」
「ああ、おかげさまで多少は良くなったよ」
彼女は半年ほど前に家の階段でつまづき、足を骨折してしまったらしい。
俺と前回会った後の出来事なので詳しくは知らないが、足をつけて歩いているところをみると治ってきてはいるのだろう。
「全く、情けないったらありゃしない。階段から転げ落ちるだけで骨が折れるわ、治りも遅いわで年齢を感じるよ」
そう言って、エレーナがため息をつく。
若々しいとはいえ、彼女はもう70代だ。
怪我をし易く、またその治りが遅いのは仕方ない。
そう思うのだが……やはり、月日の流れを感じるな。
「なんだい、ルカ。シケた面して」
「え」
「私のことより、自分のことを気にしな。長旅になるんだ、何が起こるかわからないだろう」
彼女の言う通りだ。
これから俺はこの国を離れ、ともすれば命懸けとなる旅に出る。
しかし、彼女のことを心配するなと言われても、それは無理な話だ。
「早く良くなるといいですね」
「……ふん」
エレーナは鼻を鳴らすと、そっぽを向いてしまった。
怒らせてしまっただろうか?
「素直じゃないなぁ、相変わらず」
「うるさいよ。切り刻んで魚の餌にしてやろうか?」
「発想が怖い!」
二人の関係は相変わらずのようだ。
まあ、半年やそこらで変わるもんじゃないか。
「久しぶりの再会に水を差して悪いが、時間が無いのでな。ルカ殿に伝えておきたいことがある」
応接室に着くと、殿下が真剣な顔でそう切り出した。
「何でしょうか?」
「明日の謁見についての話だ」
そう言うと、殿下は応接室の椅子に腰かけた。
そしてそのまま座るよう促されたため、俺達も殿下の正面に座る。
「ルカ殿は明日の謁見で何が行われるかご存知だろうか?」
「陛下へのご挨拶と、国境を越えるための身分証を賜ると伺っております」
「そうだ。しかし、隠していたことがあってな」
「隠していたこと……ですか?」
な、なんだ?
まさか、実は殿下もミリムの特訓に関わっていたとかか?
「明日の謁見で行われるのはそれだけじゃないんだ」
「はあ。まだ何か行うのでしょうか?」
「実は、御前試合も行われるのだ」
「御前試合というと、陛下の前で戦うということですよね。一体誰が、誰と戦うのでしょう?」
俺がそう尋ねると、殿下はとても言いずらそうに、小さな声で告げた。
「……ルカ殿と、王立騎士団第一部隊の隊長が戦うことになっている」
「……はい?」
第一部隊の隊長ということは、伯父さんと戦えということだろうか。
何故、俺が彼と戦うことになったのだろうか?
「急な話で申し訳ない」
殿下に頭を下げられ、俺は慌てて首を横に振った。
「頭を上げてください。確かに急で驚きましたが、何も殿下に頭を下げられるようなことではありません」
「本当にすまない」
「しかし、何故隊長殿と戦うことになったのでしょうか?」
俺がそう聞くと、殿下は渋い顔をしながらも答えてくださった。
「実力のわからない人物を隣国に送るのはいかがなものかと、大臣達に言われたらしい。だから、明日の試合には大臣達も参列する」
なるほど、イチャモンをつけられたというわけか。
まあ、こんなガキが国を背負って行くようなものだから、そういう意見が出るのも当たり前だよな。
「だが、真の目的は別にある」
「真の目的、ですか?」
「ああ。ルカ殿は隣国についてどの程度知っている?」
「ええっと、フォルスト共和国はずっとこの国を支援してくださっていて、我が国に呪いの影響が出る前から親しくしてくださっていた友好国だということは知っております」
「うむ。では、何故かの国がこんなにも友好的なのか知っているか?」
「え? た、確か、共和国と名を変える前のフォルスト王国時代からの付き合いだとか……」
「それはもちろんあるのだが、かの国がここまで我が国に支援してくださっていたのにはそれなりの理由があるのだ」
「理由ですか?」
昔からフォルスト共和国とは親しい間柄にあったから支援してくれていたと思っていたのだが、他に理由があったのか。
だが、その理由が皆目見当もつかないのだが。
「ルカ殿はフォルスト共和国で50年以上前に起こった騒動を知っているか?」
「騒動ですか? 一体何があったのでしょう?」
「ドラゴンが町の近くに現れた事件だ」
「……ああ! それなら存じております」
俺がまだ現役の騎士だった頃、フォルスト共和国で最も大きな山から大型のドラゴンが現れた。
はぐれのドラゴンだったようで現れたのは一頭だけだったが、その場所が悪かった。
よりによって国の首都、最も人口の多い場所のすぐそばに現れたのだ。
しかも、そのドラゴンは気が立っており、捕獲もその場から逃がすことも不可能だと判断され、討伐することが決定した。
だが、当時のフォルスト共和国の軍隊だけでは、そのドラゴンを倒せるだけの力が無かった。
そんな中で声をかけられたのが、我が国の王立騎士団第一部隊だった。
詳しいことは知らないが、ドラゴンを含め数々の魔獣を討伐してきた俺達の力を借りたいと、フォルスト共和国の首相が直々に申し出てきたらしい。
友好国からの要請に断る理由などなく、俺達はそのドラゴン討伐に駆り出された。
いやぁ、今思うと懐かしいな。
聞いていた情報より体長がデカくて作戦の練り直しをしなければいけなくなったり、予想以上にフォルスト共和国の軍が使えなくて結局ほとんど俺達だけで倒してしまったり。
確か、トドメは俺がぶん投げた大剣がドラゴンの脳天をカチ割ったからだったか。
襲われそうになっていた向こうの兵士を助けるために投げた剣が、まさかトドメになるとは思わなかったなぁ。
「その事件がどうかしましたか?」
「……その事件のせいで、向こうの国では人気が高いのだ」
「誰の人気がですか?」
殿下は物凄く嫌そうな顔で答えた。
「……ガイウス・リーリエの人気が、だ」
俺の隣で出されたお茶をすすっていたミリムが「ゴフッ!」とむせていた。
「む、大丈夫か。ミリム殿」
「え、あ、はい。だ、大丈夫です」
そう答えたミリムがちらっと俺を見た。
言いたいことはわかる。
だが、俺だってそんな話は初耳だ。
「ガイウス・リーリエが人気なのと、先の事件に何の関係が?」
「ドラゴンにトドメをさしたのがガイウス・リーリエだというのは知っているだろう。その様子を当時の町の人達が見ていたようでな。今じゃ様々な脚色がされて絵本なんかにもなっているらしい」
「は、はぁ」
寝耳に水とはまさにこのことだろう。
町の近くで戦わざるを得なかったから町の人達に見られていたのはわかるが、それで何で俺の人気が高まるんだよ。
「その人気もあって、この国に支援をしてくださっていたようなのだ」
「しかし、呪いはそのガイウス・リーリエによるものだと言われていたのに、よく支援してくださってましたね」
「向こうはガイウス・リーリエがやったのではなく、第三者が呪いをかけているのではと主張している。支援し始めた当初から今に至るまで、その主張は変わっていない」
俺は驚きの声をあげそうになったが、ギリギリで堪えた。
まさか、父さん以外にもそう思っていた人達がいたとは。
「まあ、そんな主張をこちら側が受け入れるはずも無いのだが。根拠の無いそれに調査のための人員をさく余裕は無いのでな」
……そうだろうな。
仕方の無いこととはいえ、そうはっきり言われると心にくるものがある。
「俺がやったんじゃない」と言いたくなるのを、俺はぐっと堪えた。
「それでだな、向こうで人気なのはガイウス・リーリエという人物だけではないのだ。彼が率いていた第一部隊そのものの人気も非常に高い。特に、第一部隊隊長という役職はガイウス・リーリエに匹敵するだけの人気を誇っている」
「では、現在の第一部隊隊長も人気が高いのですね」
「そうなるな。だから、ルカ殿と戦わせようとしているらしい」
「どういうことですか?」
「第一部隊隊長のお墨付きをもらえれば隣国の国民達の信頼も厚くなるだろう、という考えを陛下はお持ちなのだ」
なるほどな。
確かに、人気のある人物から推薦されているのであれば多少の警戒は解けるか。
「そういう訳で、明日の御前試合は是非とも勝っていただきたい」
「え、勝たないといけないのですか?」
「ライアン殿が『勝たないと推薦はできない』と言っていたぞ」
おいおい、正気なのか?
実力派集団のトップと10歳のガキが戦うんだぞ?
普通は勝てるわけないだろう。
「ライアン殿はルカ殿に期待しているのだ。口ではあんなことを言っていたが、恐らく負けても全力を出せば認めてくれるだろう」
そうだといいのだが。
しかし、伯父さんも母さんみたいに戦い出すと容赦ない気がするんだよな。
「心配するんじゃないよ。私らも直前まで稽古つけてやる」
「え?」
「そのために殿下はここに呼んだみたいだからね」
ハルシャの言葉に、殿下は頷いた。
「ああ。勝たなくても良いかもしれないとはいえ、相手は隊長だ。直前でも対策しておくに越したことはないだろう」
「心配しなくても大丈夫! ルカ君なら実力も申し分ないからさ!」
「ま、宿に戻る時間までだから大したことは教えられないけどね」
そういうことだったのか。
なら、有難く受けさせていただこう。
「よろしくお願いします」
「ふん。時間が無いからさっさとやるよ」
そうして、俺は宿に戻るまで二人にみっちりしごかれることとなった。
ミリムもハルシャの手が空いている間に色々教えてもらっていたようだ。
そして、遂に陛下との謁見の日……伯父さんと戦う日がやってきた。
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