第13話 元悪徳貴族、思い出す
薄暗い部屋の中で、壁にかけられた松明の火が揺らめく。
金属同士が激しくぶつかり合う音。
誰かの悲痛な叫びや獣のような雄叫び。
それらの音が狭い空間に響き渡り、部屋の中は混沌としていた。
「残党がまだこんなにいたとは……本当にしぶとい奴らだ!」
ここは「森の解放」の残党達が隠れ住んでいた家の地下室。
上はボロ屋で人が住めるような状態ではなかったが、地下室を作ることで隠れ蓑にしていたらしい。
その情報を手に入れた政府は、俺が率いていた王立騎士団第一部隊にその地下室への突撃を命じた。
突撃した俺達を予想以上に多い残党達が待ち構えており、狭い室内で激しい戦いとなったが、徐々にこちらが優勢になってきていた。
「……おい待て、どこへ行くつもりだ!?」
襲いかかってくる残党達を軽くいなしていると、一人の男が地下室のさらに奥へ逃げていくのが目に入った。
「止まるわけねぇか。じゃあ、こいつでもくらえ!」
剣を握る方とは逆の手から火球を放つ。
初歩的な魔術だが、それ故に使用者の技術力がはっきりと出る。
俺が放った火球は小さいながらも威力は高く、スピードも速い。
並大抵の者では反応すらできないのだが――。
「ちっ!」
逃走していた男はいち早く火球に気づき、手に持っていた剣で切って消滅させた。
よく見ると剣は魔力を帯びており、魔術による強化がされていた。
「ずいぶんと上等な剣だな!」
魔術による強化を行うと、武器がわずかに魔力を帯びる。
強化魔術を1つの武器に重ねがけするにつれて帯びる魔力が増し、同時に強化の成功率がガクンと下がる。
武器の帯びている魔力が多ければ多いほど強化がされているという証拠であり、それにより持ち主の実力を見極めることもできる。
こいつの剣は少なくとも3つ以上は強化されているから、実力はかなりのものだろう。
それに、他の残党達が逃げ出すこいつを見ても誰も咎める様子がない。
むしろ、こいつのことを逃がそうとしているようにも見える。
俺は、こいつがここにいる残党達をまとめあげている奴だと確信した。
「貴様……ガイウス・リーリエか!」
壮年の男は青い瞳でこちらを睨みつけた。
「へぇ、俺のことをご存知で?」
「ふん! 貴様と無駄話する暇は無い!」
男がこちらに向かって突撃してくる。
上段から振り下ろされた剣を咄嗟に受け止めたが、思っていた以上に重く、反動でよろめいてしまった。
その隙を見逃さず、男は剣に魔力を込めて更なる強化をし、押し込んでくる。
「ぐっ……うぉぉ!」
俺も剣の強度を増す魔術と自らに身体強化の魔術をかけ、男を押し返す。
押し返された男は弾き飛ばされる前に飛び退き、俺から距離を取った。
「流石は隊長。一筋縄ではいかないな」
「お褒めの言葉をどーも。だが、次は油断しないからな」
互いに剣を構え直し、睨み合う。
男の元に他の残党達が近づこうとするが、隊員達がそれを阻む。
だが、隊員達も残党達を近づけさせないのがやっとで、俺を手助けするだけの余力は無いだろう。
つまり、俺とこいつの一騎討ちだ。
「……全く、忌々しい」
「俺らのことを忌々しく思うなら、今までの自分達の行いを反省しろ」
両者ともに睨み合うだけの時間が続く。
隙を突いて攻撃したいところだが、言葉を発していながらも全く隙が無い。
かといって、無理にこちらから動き出せばカウンターをくらうのが目に見えている。
「違う」
「は?」
「忌々しいのは貴様だ、ガイウス・リーリエ」
その瞬間、男の身体から黒い煙が上がる。
「それも呪術か……!?」
「貴様が邪魔をするなら、こちらも手を抜くわけにはいかないからな」
男の殺気がより一層強くなる。
黒い煙が晴れると、真っ黒な鎧を着た男が立っていた。
目の部分は赤く光り、全身の鎧からどす黒いオーラのようなものを放っている。
ただの鎧ではないのは一目瞭然だ。
「我等の恨み、その身に受けよ!」
男が目の前から消えた。
そう思った瞬間、視界の右端に黒い影が映る。
「な!?」
咄嗟に後ろへ飛び、スレスレのところで斬撃を躱す。
「流石。流石だよ、ガイウス・リーリエ!」
男は愉しそうに高笑いしながら次々と攻撃を繰り出す。
俺はギリギリでそれを躱していったが、遂に躱しきれずに剣で受け止めてしまった。
「くっ!」
剣と剣が触れたところから、力が吸い取られていく。
剣を押し返したが、全身に力が入らず上手く立つことができない。
「ふふ、これは剣先が触れるだけでも敵の体力を奪うようにできている。つまり、貴様は私に指一本触れられない!」
男は攻撃の手を緩めない。
奴に触れないよう、ふらつきながらも何とか攻撃を躱していく。
「隊長!」
こちらの様子に気づいた隊員の1人が、俺に近づいてくる。
「来るな!」
「う、うわあああ!」
俺の静止よりも先に、男がその隊員に切りかかる。
奴の剣は彼を鎧ごと叩き切り、彼の身体は右肩から左脇の下にかけて真っ二つになった。
「くそっ……!」
俺は男の注意をこちらに向けるため、火球を放つ。
だが、それは男が片手を払うだけで消えてしまった。
「この鎧は魔力も吸収できる……貴様お得意の火球も効かぬぞ?」
男が得意げに笑う。
隊員達の活躍で他の残党達はほぼ壊滅状態だったが、男により形勢が逆転したかのように見えた。
しかし、こちらにもまだ勝機はある。
恐らくだが、あの状態はかなり消耗が激しいのではないだろうか?
恐るべきスピードとパワーだが、先程よりも剣の精度が下がっていた。
決着を急ぐあまり、正確さに欠けた剣撃になっているのだろう。
現に際どいところではあるが、奴の攻撃を躱せている。
男の体力が尽きれば、こちらにチャンスはある。
それまでに俺の体力が持つかどうか……。
「いや、持たせてみせる……鍛錬バカを舐めるなよ!」
今度は絶対に触れないよう慎重に、すんでのところで躱す。
余裕が無いのもあるが、すんでで躱すのは体力温存のためだ。
「小賢しい!」
何度も躱していると、次第に男の剣が大振りになっていく。
予想通り、体力の消耗が激しいようだ。
「どうした? 息が切れてきているぞ?」
「ガイウス・リーリエ……貴様!」
男が放った横薙ぎの一撃をひらりと交わす。
その時、男の鎧に小さなヒビが入った。
どうやら、奴の方が先に限界が来たみたいだ。
「勝負あったな」
「まだだ……まだ終わってないぞ!」
男の攻撃に再び鋭さが増す。
―――ここが正念場だ。
猛攻を躱しながら、男の鎧が崩れるのを待つ。
1部分でいい、穴が開けばそこに刺せる。
仮に腕や足に開いたとしても、体力が尽きかかっている奴には致命的だろう。
「はぁ、はぁ」
「ふーっ、ふーっ」
俺も男も、とっくに限界が来ていた。
男がよろめきながら剣を構え直す。
ヒビが更に広がり、小さな破片が落ちる。
俺は片膝をつきそうになりながらも何とか立ち上がり、剣を構えた。
男も、俺の狙いが分かったのだろう。
次の一撃で確実に仕留めるべく、無闇に攻撃せず俺の隙を伺っている。
互いに睨み合うこの時間が、とても長く感じられた。
「――今だ!」
俺は男の鎧に穴が開いたのを見逃さなかった。
剣を小脇に構え、男に向かって突進する。
「させるか!」
男も顔の横に剣を構え、突撃してくる。
この一瞬で、決着がつく。
「うぉぉ!」
「はぁぁ!」
男の剣が、俺の右肘から肩にかけてを切りつける。
鋭い痛みに呻いてしまうが、俺は止まらなかった。
俺は鎧の穴――男の胸に、剣を突き刺す。
「ぐっ!?」
呻く男の胸に更に剣を深く突き刺すと、男が体勢を崩した。
男の身体を蹴り、無理やり剣を引き抜く。
蹴った衝撃で男は尻もちをつき、自分の胸から流れ出る血を呆然と眺めていた。
「……俺の勝ちだ」
俺は立ち上がっていられなくなり、左手で剣を杖代わりにしながら片膝をつく。
目の前の男は鎧が完全に砕け散り、強化の代償か、剣も刃が欠けてボロボロだった。
「さあ、死んじまう前に他の残党達について知ってることを話してもらおうか」
本来ならばすぐにトドメを刺すのだが、こいつが残党達を束ねていたのなら、ここにいる以外の残党達の情報を握っているかもしれない。
男の胸から出てる血の量じゃ、トドメを刺さなくてもいずれ死ぬだろうからな。
「私が、負けた……?」
「ああ、そうだ。だから、早く情報を――」
「ふ、ふふ。ふはははははは!」
突然、気が狂ったかのように男が笑う。
「我等の仲間はもういない……ここにいる奴ら以外は抜けていった」
「嘘じゃないだろうな?」
「嘘ではないさ……調べればすぐわかる」
男はくつくつと喉で笑う。
男の言っていることが事実なら、「森の解放」は本当に壊滅したことになる。
そのせいで気が触れたのか?
「だがな……『森の解放』は無くならんぞ」
「何?」
「目的を達成するまで……私は……」
男の目が虚ろになり、声がだんだんと小さくなっていく。
「
何だか、嫌な予感がする。
奴から聞くべきことは聞いた。これ以上生かしておく必要は無い。
俺は奴にトドメを刺すべく、立ち上がろうとする。
しかし、それよりも早く、男が懐から何かを取り出した。
「さらばだ……ガイウス・リーリエ」
「待て、お前何を……!」
男は不敵に微笑み、手に持っていた茶色い球を握りしめた。
「また会おう」
カシャリ、と軽い音を立てて球が割れる。
その瞬間、男の身体が炎に包まれた。
「あはははははは!」
甲高い笑い声が室内にこだまする。
俺は唖然としながら燃え盛る炎を見つめた。
「――隊長! 早く逃げましょう!」
生き残った隊員の一人に声をかけられ、我に返る。
俺は他の隊員達に支えられながら、その地下室を脱出した。
この戦いの後しばらくして、「森の解放」が全滅したという報告が国から発表された。
しかし、この戦いによる被害は大きく、参加した隊員の3分の1が死亡、生き残った者達も重傷を負った。
そして、俺も右腕に受けた傷が原因で、剣が振るえなくなってしまった。
これが原因で俺が騎士を続けられなくなり、また同時期に父上が亡くなったため、最終的に俺が公爵位を継ぐことになったのだった。
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