第17話 協同戦線


「――じゃあマキシさん。よろしくお願いします」

「ああ」


 俺が声を掛けると、マキシさんがずいと一歩前に出る。


 そして、スキル名を告げた。


「『巨人化』」


 瞬間、彼の体は急速な成長を始める。


 まるで風船の様に、膨らむ、膨らむ、膨らむ。


 やがて、彼の背丈は――ちょっとした中層ビルの高さまでに巨大化していた。


「で、デカい……」


 ……って呆けてる場合じゃない。これから事を起こそうってのに、早々にモタつくな俺!


 俺は両頬を思いっ切り叩いて活を入れ、協同戦線に叫んだ。


「皆、頼む!!」



「承知したで」

「心得た」

「分かりました」

「了解です」



 返ってきたのはただ一言。だが、そのどの応答も頼もしい。


 それを合図に、協同戦線はねずみの如く散開する。


「おお、なになに? オレを挟み撃ちしようとでも?」


 フード男を取り囲む様に闘技場を駆ける共同戦線の四人を、フード男は嬉々として眺める。


「はっ――」


 それを鼻を鳴らして一蹴するのはそびえ立つ巨人だ。


 彼は暗紫に染まった隻腕を振りかぶって、こう告げる。

 



「教える訳が無いだろう、阿呆が」



 直後、ドオンッッッッッッ!!!! と、盛大に闘技場が激震した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――つい数分前、俺はこの協同戦線の戦い方を話した。


「まず初手が大事です。これは小鳥遊、頼む」

「え……私ですか?」


 小鳥遊はきょとんとして首を傾げた。


「私じゃあの人は倒せませんよ……」

「大丈夫だ、お前に期待はしてない」

「ちょっと!?」

「お前のステータスには期待してないって事だ。そもそも正攻法であんなのと向き合うのは無理がある」


 勘違いを起こしていたらしい小鳥遊に、俺はぴしゃりと指をさして訂正する。


 しかし、それでも納得がいかないのか、小鳥遊はますます眉をひそめる。


「じゃ、余計に無茶ですって……。ステータスが通じないなら、一体何に期待を掛けてるんですか?」

「戦闘部分のステータスじゃ敵わない。だから賭けるなら――奴の『生命力』0。ここしかない」


 さっきから何かが引っ掛かっていた。


吸収・放出キャッチ&リリース』――そのカラクリについてだ。


「奴の『吸収・放出キャッチ&リリース』には幾つか疑問がある」


 俺は人差し指を立てて四人の注目を集める。


「まず『吸収キャッチ』の仕様。何でわざわざカウンターにそんな魔法を挟む必要があるんだと思う?」

「そりゃ、『吸収・放出キャッチ&リリース』で一つの魔法やから……」

「違いますね。俺はてっきりカウンター系の魔法だと思い込んでたけど、実はそうじゃない。あくまで推測ですが、『吸収・放出キャッチ&リリース』は、恐らく自分を介さないと相手の攻撃を返せない魔法なんじゃないんでしょうか」


 例えば自分が独楽コマの様に回転しているとしよう。


 仮に右から攻撃を受けた時、ダメージの行く末はどうなるだろうか?


 無論、自分が受ける事になる。しかし、ここで攻撃を回転エネルギーに変えて無力化してしまう事により、自分へのダメージを最小限に抑える事が可能だ。


 厳密には少し異なるが、この理論からすれば――、


「攻撃時の力は奴の体内に吸収されて、そして『放出リリース』で掌から放たれる。そういう循環みたいなものになっているんでしょう。そうじゃないと攻撃が返ってくる理論が成り立たない。瞬間的ですが、奴は攻撃に触れ、体内に攻撃の力が通る事になります」

「成程な。で、それがどういう……」

「そこで『生命力』0が絡んでくるんです」


『生命力』は状態異常による耐性を示している。よって、なってしまえばそこからのリカバリーは難しいと思うのが道理だろう。


 攻撃に触れない事には『吸収キャッチ』も出来ない。


 一方で、状態異常付与での攻撃は一瞬でも相手に掠れば、そこからじわじわと体をむしばんでいく。


 パイプに水を通す様に、汚れというのはどうしても壁面にこびり付く。それは避け様が無いから――、


「……状態異常に係る可能性があるって事か」

「です」


ただ前提として、これは『吸収・放出キャッチ&リリース』がカウンターとして不完全な魔法の場合だ。


 受けるダメージ自体を無効化して、相手に全て返す。本質がそんな魔法であれば手も足も出ない。


「あ、そっか」


 そこで合点が行った様に、小鳥遊はぽんと手を叩いた。


「だから私なんですね。付与を掛けた攻撃で……」

「奴が避ければ、それは付与が通じるって事だ」


 生半可な遅攻ちこうは辿り着く前に躱されるし、かと言って近接に持ち込めばあのステータスに対抗できずに潰されるのがオチだ。だから音速越えの銃弾での攻撃を選択した。


 小鳥遊は曲がりなりにも『銃士ガンナー』。『銃火器』のスキルも持ってたし、銃弾平気で錬成してたから内部構造くらい把握しているんじゃないか、と考え付いたのだ。


 たかが銃弾如きと感じるかもしれないが、それでも人が創りだした緻密な計算に基づく芸術作品。火薬や鉄、その他諸々が複雑に絡み合って出来ている立派な機構だ。それを『錬金術』で作り出せるのは構造を全て把握できているからの芸当。


 剣は作り出せずとも、本職である銃は容易に構築できるはずだ。


 それに威力は必要ない。最速でフード男に届かせられれば、威力なんて無用の長物なのだ。


「……一応は作れます。けど、保障は出来ませんよ。やった事が無いので」

「でも行けるんだな? なら後で弾貸せ、全弾付与してやる」

「んな適当な……」


 小鳥遊は段々雑になってきた俺に苦言を呈すが、まあそんな事は無視しておく。社畜人生をドロップアウトしても、俺達には理不尽強要縦社会無理難題サービス残業パワハラブラック上等当然大歓迎の精神が適用されているのである。


 そんな訳でよろしく、とさらりと後輩に振っておいて、今度は男衆三人をぐるりと見回す。


「で、次はなるべく手数で攻めたいんです。威力は無くて良いからとにかく連撃が欲しい。この中で誰か出来る人は……」

「俺が引き受けよう」


 即答したのは意外にもマキシさんだった。非常に申し訳ないが、彼はパワー重視一撃必殺のタイプだなあと勝手に決めつけていたので、連撃を放つ姿はとても想像できない。


「え……連撃ですよ? おまけに片腕一本でって……」

「付与を掛けるから威力皆無で良いのだろう?」

「ま、まあ、そうですが……」

「案ずるな。策はある」

「……さいですか」


 妙に自信ありげに腕を組むマキシさん。大丈夫なんだろうか……?


 まあ、ここで断っても面倒だからな。本人の希望通りにやらせてみよう。


「……じゃあ、お願いします」

「不満そうだな」

「え!? い、いやそんな事は……」

「察するに断ったら面倒だとか、下らん事を考えていたんだろう」


 ……当たっとるがな。ていうか今更だが、この世界、心読む人が多過ぎないか。


「貴様の懸念はもっともだ。隻腕で手数なんてものをかたるのはおこがましい」

「でも、策はあるって……」

「ああ、あるぞ。――無いなら造ってしまえば良い、というな」

「……え?」

「後は任せておけ」


 憮然ぶぜんとはしていたが、彼の言葉は俺を納得に至らせるまでの確かな自信に満ちていた。


 だからこれ以上の追求はせずに、他のメンバーにも大雑把ではあるが指示を出しておく。


 そして、全てを伝えきる。


「……それで全部か?」

「ええ、細かい所は個々人に任せます」


 と、そこまで言った所で――一番大事な事を忘れていた事に気付く。


「あっ、ちょっと待って下さい! もう一個、頭の片隅に入れて欲しい事があるんですけど」

「何や、まだあるんか?」

「はい。これから、この事だけは常に忘れないで欲しいんです、絶対に――」

 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 全高20メートル程の肉体から放たれた鉄拳はまさしく隕石。


 それは逸れる事なく正確にフード男を圧し潰した――かに思われた。


「やっぱ、備えあれば憂いなしだね」


 ぎちぎちぎちぎちぎち、と、何かが隻腕とフード男を隔てていた。


 その正体は――大会から貸し出された剣だ。


 フード男が正規の参加者であれば、持っていて当然である。出さなかったのは単に『吸収・放出キャッチ&リリース』を行うのに邪魔だったからか。


「いやー、背中にしまっといて良かった。取り出しにくかったけど」


 フード男は依然としてへらへらしているものの、反してマキシさんは苦悶の表情を滲ませていた。


 暗紫の腕とフード男を介す剣は微動だにしないが、マキシさんは腕から爪先にかけて震えている。フード男が圧倒的なために、マキシさんがどれだけ力を籠めても剣はその地点からの不動を保っているのだろう。


 こちらの作戦は別に潰す事に重きを置いている訳では無い。


 あくまで手数で勝負だ。



「『八臂はっぴ』……!!」

「んあ?」



 隻腕で手数なんてものを語るのはおこがましい。


 なら、造ってしまえば良い。


 憮然ぶぜんとした様子でマキシさんはそう言った。



 ゴキリッ、ゴキッ!! と、背骨、肩甲骨から軟骨を鳴らせる様な音が響く。


 骨を形成すると言うよりも――骨を、生やす。


 まるで樹木が枝分かれする様に、既存の骨から全て繋がっている。


 関節、筋肉、果ては神経までも繋げて。


 彼の背中からは、新たに三対の腕が出現した。


「『追撃』ッ!」


 ドォンッ!! と砲弾が着弾した様なくぐもった音が轟く。


 そしてそれは一発だけではない。


「だららららららららららら!!!!」


 計七つ。通常なら味わう事の無い拳の物量がフード男に雨あられと降り注ぐ。


 だがそれを、フード男は難なく剣でいなしていく。


「『八臂』とか『追撃』とか面倒なスキルを使うねぇ……。『追撃』は殴った後、その態勢のままでもう一撃を与えられるのが利点ではあるけど……そこに『八臂』を載せてくるか、普通?」


『八臂』――日本では仏様の腕を数える時に使う言葉だ。因みに『一臂』が腕一本に当たる。


 新たに六本の腕を生やし、元からある二本を加えて『八臂』なのだろう。マキシさんは片腕が無い状態なので、今は七本ではあるが。


 そしてその全てに『追撃』を載せると、拳一発で威力は二発分に相当する。


 実質14発の連続攻撃が可能という訳だ。


 更に、今回は『おまけ』も付けてある。



 フード男は彼の七つの暗紫の拳に、苛立ちを募らせた表情で舌打ちした。


「ちっ……これ『毒』付与か? さっきの銃弾と言い、手間掛けさせてくれるなぁ」


 今回のミソはまさにそれ。


 あらかじめ、マキシさんには俺が『毒』を付与しておいた。


 小鳥遊に付与を乗せておいてから銃を撃たせたのは、奴の天敵は状態異常であると確信するためのもの。


 銃弾を受けないだけなら『吸収・放出キャッチ&リリース』で対応は出来るはずだ。それなのにわざわざ躱したのは、フード男の弱点が露呈したのと同義である。



 これで必要事項は確認できた。



 協同戦線はここから本格始動する。

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