第9話 ここまでの経緯
発端は一日前に
俺達はやっとの思いで冒険者ギルド・カプア支部に辿り着いていた。
「……よ、ようやっと着いた……」
「陽が落ちるギリギリですね。良かった、今日は野宿かと本気で覚悟しましたよ……」
「完全に舗装された道に慣れ切ってたからな……異世界の道路事情を舐め過ぎてた」
馬車代をケチって徒歩でカプアまで行こうとしたらこのザマだ。
総距離にして約20キロ。現代なら早ければ正午過ぎには到着できていたであろう。
ただ、ここが中世風の世界観なのを失念していた。
道路は舗装されていない、道なき道は当たり前、道中人には遭わないけど魔物には遭うわと散々だった。
しかも日没までに街に着かないとそこら辺で魔物に囲まれながら野宿確定というのは後から気付いた事だ。その時点で日没まで残り3時間あるかないかだったので、早朝に出ていなかったら魔物のエサになっていたかもしれない。
そんなこんなで
「まずは部屋取るか……空いてると良いけど……」
とにかく、何よりも先に宿の確保だ。召喚時はギルドが勝手に泊まらせてくれていたから良かったが、この世界の宿泊事情は思ったよりも厳しいらしいのだ。宿無しなどはしょっちゅうの様で、現代人には避けて通りたい道である。
……のだが、異世界はそこまで優しくしてくれない。
「ああ、そりゃそうですよね……」
早速部屋を取ろうとしたその矢先、ギルドの宿泊受付には屈強な男達が殺到し、長々と列を作っていたのだ。宿泊競争は食事競争と同等に
並ぼうとも、この様子だと順番が来る頃には部屋は既に埋められているだろう。
ギルド以外の宿泊施設もあるにはあるが、それらは冒険者の懐に非常によろしくない感じの値段設定になっているため、駆け出しの俺達がそこを利用すれば、財布の中身は確実にすっからかんになる。
どうしたものかと頭を抱えていると、俺から離れてギルドの中を物色していた小鳥遊が一枚のチラシを興味深げに眺めていた。
「どうした? 何かあったのか」
「あ、いえ。ちょっと面白そうだなって」
小鳥遊が見ていたチラシがあったのは、様々な依頼が所狭しと無造作に貼り付けられている掲示板だった。
『遺跡の調査』、『薬草の調合』、『オークの討伐』……などなど、数え上げればキリがない。
そんな中で小鳥遊が目を付けたのは、
「これです。『剣闘士求む』って書いてある奴」
「お、これか。なになに……」
そこにはこんな事が書かれていた。
『月一回の剣闘士大会に出場してもらえる冒険者を募集しています。剣士が望ましいですが、他の
「……ブラック求人の臭いがするんだが、これ」
「やめて下さいよ、そうとしか読めなくなるじゃないですか」
今時、ここまで都合の良い話があるだろうか。このイベントに参加すれば外れ無しの抽選が出来ます、と言っている様なもので、至れり尽くせりの仕事は逆に怪しい。
「第一、剣闘士大会って事は剣を使うんだろ? 自前の物なら良いけど、支給される剣なら俺は使えないぞ」
「じゃあ私だけ出ましょうか? 剣術も教えてくれるってあるし、ステータスに物を言わせればそこそこは行けるかも……」
どうしても小鳥遊はこの大会に出場してみたいらしい。
その理由は掲示板とは違う所に貼られていた、一際目立つポスターのでかでかとした文字で分かった。
『勝ち残れば賞金100万!!』
「……意外と下衆いのな」
「何言ってるんですか、下心の無い人間なんて居る訳ないでしょう」
あっさりと認めやがった。こいつはそんなんで良いんだろうか。
しかしまあ、俺も人の事は言えない。
100万という数字には正直惹かれる。日本でもそうだが、貧乏人である俺達からしたら途轍もない大金だ。ポスターの内容を信じるなら、参加費もタダらしい。現代だったら絶対に手を出さない怪し過ぎる求人広告だが、月一で開催はされているのだ。ある程度の信用は持っても良いかもしれない。
ただ、俺の場合は参加しても一瞬で負けるだろうが……取り敢えず小鳥遊だけでも出場させて様子を窺ってみよう。
らんらんと目を輝かしている小鳥遊に対して、俺がその意志を表明しようとすると――、
「――お前さん達、ちょっと良いかね」
とんとん、と後ろから肩を叩かれた。
振り返ってみると、腰が既に曲がっている白髪の老人が杖を突きながら立っていた。
俺は老人と同じ目線になる様に、膝を少し曲げて応対する。
「はい、何でしょう?」
「見たところ冒険者の様じゃが、お前さん達、剣闘士大会に興味があんのかい?」
「えっと、まあ一応……」
「ふんふん、そうかそうか」
老人は満足した様に頷くと、未だに長蛇の列となっている宿泊の受付をしているカウンターに目をやった。
「今日の宿はどうすんだい?」
「いや、実はそれに困ってまして……あれだと満室は確定ですよね」
「そうか……。よし、これも何かの縁じゃ」
ちょっと待っとれ、と老人は言い残すと、てくてくと宿泊受付をしている職員に歩み寄って何かを話すと、職員は素直に頷きを返した。
老人は俺達の元へ戻って来るや否や、
「今、ちょいと口利きして、お前さん達がここで泊まれる様にしておいたぞ」
「えっ、本当ですか!?」
老人の願ってもない行動に、俺は目を見開いてしまう。
しかし、老人はくるりと俺に向き直ると、杖を鼻先に突き付けてこう言った。
「ただ、代わりと言ってはなんじゃが」
「?」
「この依頼を受けてくれんかの。安心せい、これに書いてある事は全部本当じゃ。これの依頼主であり、ここの町長でもあるワシが保証する」
……聞かれてたのか。
……ん?
「あの、依頼はこいつが受けますけど、その前に……町長……さん?」
「そう。ワシがこの街のトップ、という事じゃな」
老人はすかすかの歯を見せてニッと笑う。
……世間は狭いな。
というか、そんな人がこんな所にふらっと来て良いんだろうか。仕事してくれ。
老人は俺の返答を聞くと、突き付けていた杖の先でコンと床を叩いてから、俺達に背中を向ける。
「なら、早速準備するとしよう。大会は明日じゃからな。お前さん達、まだ『剣術』を獲得しておらんのだろう? ワシが教えてやるから、そこの訓練場まで来なさい。たったの三時間で終わる、付け焼き刃の『剣術』じゃがな」
「え……町長さんが?」
「ほっほ。今でこそこんなじゃが、昔はそれなりの腕を持っておった。特に『剣の街』と言われるここではそこそこ強い方じゃったろうなぁ」
さらっと自慢してきたぞこの人。そんなに凄かったんだろうか?
真偽は確かめようがないが、俺達にとってあまりそれは関係ない。
重要なのは『剣術』のスキルを体得できるかどうか。その一点のみだ。
『創成魔法』で武器を作っている以上、遅かれ早かれ武術系統のスキルは習得しておかなければとは思っていた。
アンターの時は上手く行ったから良かったものの、あれはほとんど自殺行為に近い。素人が刃物を振り回すのは自分も周りも危険ですよ、なんて当たり前の事は幼稚園児だって知っている。
たとえ付け焼き刃でも、心得があるかないかでは大きな差が出る。
「……じゃあお言葉に甘えて。付け焼き刃だとしても、教えてもらえるだけ有難いです」
「……お前さん、面白い事を言うのぉ」
俺の何気なく放った一言に、老人はピクリと反応する。
「確かにワシは『付け焼き刃』とは言った。じゃが、『実践で使えない』レベルに仕上げるなんて言った覚えは無いのぉ」
「は……?」
老人はゆっくりと首だけ回し、その瞳に煮えたぎる程の情熱を
顔には、
「なぁに、たったの三時間だけじゃ。地獄を味わってみろ」
――あっ、これブラック企業の手口じゃん。
やべー人に捕まったと気付いた時にはもう遅かった。
その後。
「いいいいいいだだだだだだだだだだだ!!??」
「何じゃ、情けないのう」
「そう思うんならその杖の乱れ突きは止めえあだだだだだだだだだだだだ!!!!」
「食らう事もまた剣の道よ。後3分は耐えてみい」
「ちょっと待った死ぬってガチで!! 北〇百裂拳だってそこまで相手を殺さない!!」
「終わったらそっちのお嬢ちゃんもやるぞ」
「……死なない程度にお願いします」
体中を杖で針の如く突き刺されまくり、
「よし、これをやってみい」
「やってみいって言われて斬撃を遠くに飛ばすなんて出来ませんけど!?」
「あ、出来た」
「嘘ぉ!?」
物理的な無理難題を吹っ掛けられ、
「ワシに攻撃を当ててみろ。反撃は一切せんからどこからでも良いぞ」
「じゃ、遠慮なく……ってもう居ない!?」
「この状態のワシに当てられたら大したもんじゃ」
「いや、肉眼でほぼ見えないんですがどうやれと!?」
物理的に不可能な事をやらされた結果、本当に三時間で『剣術』のスキルを習得してしまった。
その後なんやかんやあって、宿泊部屋が一つだったり『童貞』のスキルレベルが上がってたりしたのだが、まあそれはまた別の機会に置いておこう。
以上、ここまでの
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