07

 床が抜け、滑り落ちていくジュリーを助けようとコーが伸ばした手は、確かにジュリーの腕を掴んでいた。しかし、踏ん張りの効かない体勢では救いようがなく、ジュリー共々落ちていった。


「コーちゃん!」


「クロさん」


 心配そうなレイナとヒビキの様子を確認し、次いでゼンを見た後、ロムがクロに声を掛ける。こういう時は即断即決が必要だとロムは体験的に知っているからだ。クロもちらりとゼンを見るとロムに頷いた。


「後を追おう。ゼン、いいな?」


「え? ……ええ、そうしましょう」


 六人は急な滑り台になっている穴に間隔をおいて入っていく。最初にヒビキが、その後サスケ、ゼン、レイナ、ロムと続き、最後にクロが滑り降りる。かなりのスピードで落ちた先は穴にウレタン材が詰められた体操用のピットのようになっていて、衝撃を和らげられる仕組みになっていた。


「これは……?」


「どうやらトラップとは違うもののようですね。一種の緊急離脱装置のようなものではないでしょうか?」


 先に降りてあたりを探っていたのだろうゼンがそう説明する。


「ということは……」


「ええ、を引き当てたようです」


「進む準備は出来ているでござる」


「そうか」


 通路を歩きながら、ジュリーは何となく見覚えがあるというか知っている感覚を覚えた。


「どうかしたのか?」


 隣を歩くコーに聞かれて頭を掻きながら


「んーん……なんかこんな景色というか場面というか、知っているような気がするんだよな」


「こんな場面?」


「何知識だ?」


 と、声をかけたのはクロだった。どうやら彼にもそんな既視感のようなものがあるようだ。


「アニメかゲーム……オレの知識はだいたいそんなので出来てるから」


 (それは自信満々に言っていいことなのか?)と内心苦笑いをしながらもロムは自分の記憶を掘り下げていく。アニメに関してはリアルタイム視聴に毛の生えたくらいしか見ていない。あとはせいぜい両親と一緒に観た青いタヌキや父が好きだったというロボットものくらいだ。ゲームだとシューティングゲームなら二十世紀のタイトルもかなりやり込んでいる。


「そういえば、二十世紀の3Dシューティングに洞窟? トンネルかな? を進む感じのゲームがあってこんな雰囲気だったかもな……」


「それだ!」


 そう言ったのはジュリーではなくクロの方だった。


「いや、ゲームというより二十世紀のアニメ演出だな。父がロボットアニメが好きでな。子供の頃よく父が見せてくれた古いアニメの発進シークエンスがこんなトンネルを進む演出だった」


「あ、それならオレもウルトラマンるにあたって観た過去の番組でおんなじような演出を観たぞ」


「それか!?」


 ジュリーも納得いったようだ。


「とすれば、この先にあるものは……」


 通路の先を見据えるゼンは興奮から武者震いをしているようだった。

 ゼンが何を考えているのか仲間たちはピンと来た。知らず知らずのうちに歩く速度が速くなり、いつしか先を争うように走り出していた。

 意味もなく曲がりくねった道ワインディングロードの先に光に包まれた出口が見える。


「ト……トラップに気をつけて…………」


 体力差で完全に遅れて追いかけるゼンが息も絶え絶えに仲間に発する。彼らもそれは十分考慮していたのだろう。それぞれが武器を抜き放ち<、抜き身を握って飛び込んでいった。






 連れ去られた場所は判った。

 こうを託された四人はすぐさま役割を分担する算段を始める。まず、ロムの武術の師匠そんたけしが念の為現場を張り込み内偵を進める。その間に狂戦士バーサーカーの墓標亭を主催する愛知の仁侠坂本さかもとみつるがツテを頼って踏み込む算段をつけようという話になる。ジュリーたちの冒険者仲間蒼そうりゅうこと沢崎さわさき和幸かずゆきは連絡係として師匠につくことになった。


上杉さんマスターはどうするんですか?」


 蒼龍騎に尋ねられた下町の迷宮亭の店長ギルドマスターは嫌そうな顔をしてこう答えた。


「ん? んん……出来れば使いたくなかったんだが、まぁ仕方ないな」


 と。答えになっていない独り言のようなものを呟いて目を伏せた。


「いつまで張り込んどればよいのかね?」


「二、三日でいい。そのあとは一旦戻ってくれて構わない」


「ほ。準備に相当時間がかかるのじゃな?」


「まぁ」


 実際、どこから手をつけどこまで広げればいいか充はそこから考えなければならなかったのだ。


「すまん、こっちの話がついてからでいいか?」


 そんな充に店長が声をかけた。充はちらりと一瞥するとその表情に目を細めた。


「内容次第だな」


「道々話す」


 それを聞いて充は頷き孫武を残して釧路市内へと車を走らせた。

 市内で蒼龍騎のアシと宿泊先の手配だけ済ませると、二人は連れ立って釧路空港から東京へと向かった。

 それから二週間。四人は再び組織のアジトとみられる釧路市郊外の建物の側に集まった。もう一人、日下部という男が同行している。歳の頃は店長と同じか? れいな面構えの無愛想な男である。

 日下部はヘッドセットトランシーバーで誰かとやりとりをしていた。


「判った。予定通りアルファチームは所定の配置に移動、ブラボーチームはそのまま待機で指示を待て。双方フタフタマルマルまでにこちらから連絡がない場合はプラン乙にて行動開始のこと。時間を合わせる。……5、4、3、2、1、0。健闘を祈る。以上オーバー


 通信を切ると、彼は改めて四人の方を向く。


「待たせたね」


「いや、この後は?」


「アルファチームの配置完了を待って突入だな」


「それにしても、店長すごい人脈ですね」


 興奮冷めやらぬ感じで蒼龍騎がいうと、店長は嫌そうな顔を向ける。苦虫を噛み潰したような顔で無言を貫く店長を鼻で笑って、代わりに日下部が答えた。


「まぁ、語らなかったんだろうが、こう見えて店を継ぐまでは官僚エリートコースを順調に登っていたんだよ。本人はどうもそれ自体が気に入らなかったようだがな」


「マジですか!?」


 蒼龍騎に改めて水を向けられて、彼はさらに渋い顔になる。


「オレが指揮しているこの特殊部隊も創設に尽力したのはこいつだ」


 それには充も感嘆する。なるほどただのおもちゃ屋の店長ではなかったかと初めて電話をもらった時の印象を思い出していた。


「全部で六チームあったろ? なぜチームを絞った?」


「絞ったんじゃない。二チームしか編成できなかったんだよ」


 店長の質問に今度は日下部が苦い顔をした。

 彼の話によれば、ゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故のあとの国会審議でどさくさに紛れて国家危機対策室が再編され、それまで半独立機関だったものが政府直属の機関となり事故調査から外されたそうだ。それに疑問と危機感を持った日下部が秘密裏に信頼できる仲間数人を集めて通常業務の合間を縫ってミクロン関連の情報を追い、一連の失踪事件に辿り着いていた。


「平成の頃のように治安のよくないわが国とはいえ、ミクロンダンジョン関連とみられる失踪案件がこの三年で四百二十八人だ。探るなと上から言われて『はい、そうですか』と従えると思うか?」


「従うのが公僕だろう?」


「お前がいうか、上杉。で、オレたちは処遇に不満を持っているメンバーを慎重に勧誘して対策チームを編成した」


「それが今動いてくれているチームってことですか?」


「そういうこと」


「よく見つかりませんでしたね、下町の迷宮亭」


 と、蒼龍騎が店長に言うと、日下部は表情一つ変えずにこういった。


「知ってたさ。ダンジョンもな」


 それを聞いて充の背中を怖気おぞけが走る。


「公安などにリークして摘発させたのは危険性が高いと判断したところだけだ。多分摘発したダンジョンのいくつかは本丸隠しの目くらましだったと思うがなかなか尻尾がつかめなくてな。ようやく手がかりらしきものを発見したのが去年の東京でのビル崩壊事故、ラリったまま運転して大型車をビルに突っ込んだって言う……」


「帰らずの地下迷宮ですか」


「ああ、多分それだ。もっとも、そのミクロンダンジョンが一連の失踪事件と関連があると判ったのはかなり経ってから……」


 その後の内偵で福岡広島仙台札幌にあるダンジョンが関わりがあると調べがついたのがひと月ほど前。


「遅いですね」


 と、蒼龍騎がいえば


「直接生の情報が手に入る君らと違って外側から状況証拠だけを積み上げると言うのは骨が折れるんだよ。特に専従で仕事にあたれないオレたちは」


 と、日下部が言う。


「とまあ、そんなわけで今回の協力要請は渡りに船だったんだ。これで上手く行けばうちのグループも元の体制に戻れるかもしれない」


 それを聞いて店長は気の乗らない表情で視線を地面に落とす。


「それ以上に何か掴んでいるのだろう?」


 そう言われて日下部は凄みのある笑顔を見せる。


「わかるか。ま、これ以上は極秘情報だ」


 そこにアルファチームからの配置完了報告が入る。


「了解。これより潜入を開始する。突入の合図を待て。以上」


 日下部は四人の覚悟を確認して行動を開始した。

 手入れされていない風に生い茂る木の中に目立たないように建てられた小さな小屋。師匠が探ったところによれば、中は殺風景で監視小屋とも言いがたくとても人が超時間を過ごせる感じではない。にも関わらず一度入った男たちが一晩二晩過ごして帰るのだと言う。男たちは雪解けで湿った枯れ草の上を滑るように移動して小屋に辿り着くと、中の様子を確認する。師匠と蒼龍騎から前日男たちが七人中に入ってまだ出てきていないことを確認しているが、中にはやはり誰もいる様子がない。


「チャーリーからアルファチームへ。これから小屋へ入る。フェーズ2で待機」


『了解』


 施錠の確認をした日下部は小さな秘密道具を取り出し鍵穴に差し込む。数秒後、その道具からビープ音が小さく鳴ったと思うと、扉が開く。


「何をやったんですか?」


 そう聞く蒼龍騎に日下部は事もなげに言う。


「鍵を開けたのさ」


 中へ入ると五人は六畳もないその空間を見回す。


「あるとすれば地下へ行ける入り口」


隠しシークレットドアですね」


「チャーリーからアルファチームへ。小屋に入ったが、通信状況はどうか?」


『クリアです』


「では小屋まで移動せよ」


『了解』


「あったぞ」


 日下部がアルファチームと連絡を取っている間に蒼龍騎と師匠がそれぞれ隠し扉とその開閉スイッチを見つけていた。


「流石にRPGオタクだな」


 と、店長に褒められた蒼龍騎は照れて頭を掻く。

 充がスイッチを入れると静かに扉がスライドして階段が現れる。師匠を先頭に充、蒼龍騎、店長、日下部と階段を降りて行く。階段を降り切るとアルファチームから連絡が入る。


『アルファチームよりチャーリーへ。小屋の前に到着』


「一応、小屋と周辺を調べてからブラボーへフェーズ3に移行するよう指示を出せ。以降連絡は禁止、各自判断で行動せよ」


『了解』


 地下通路は照明に照らされ、先が見える。しばらく進んで左に曲がると、正面に扉が見えた。師匠と充が先行して扉に近づく。電子ロックで施錠された扉には小さな覗き窓がついている。

 充が覗くと中は研究施設のようになっていて全体を見渡すことができない。見える範囲にはいくつものモニタと操作端末を三人の男たちが利用している。モニタには数値などが表示されているものと監視カメラの映像のようなものを写しているものとがあり、カメラ映像にはファンタジー映画にでも出てきそうな城門が映っていた。

 それを確認したところで二人は音もなく曲がり角の三人が待っているところまで戻ってくる。報告を受け、五人はそれぞれの役割を確認して突入の準備に入る。

 静かに扉に近づくと日下部が例の秘密道具を取り出して電子ロックの解除を行う。ロック解除の電子音が鳴ると同時に充がドアを蹴り開けると師匠とともに部屋の奥へ進む。店長が操作端末に駆け寄り、蒼龍騎がそのサポートに回る間に充と師匠が三人を取り押さえる。日下部は四人を信用しているのか悠然と部屋の中を見回すと、部屋の奥に六台のミクロンシステムがありうち三台が稼働中であることを示すランプがついていた。その側には四人目の男がおり、突然のことで驚いた表情のまま茫然と立ち尽くしていた。男は日下部と目があったことでいくらか自分を取り戻したのか、さっと行動を開始する。


「チッ」


 何をしたのかは判らない。しかし、何かの緊急事態を想定した行動であることは日下部にも理解できた。日下部は素早く腰のホルスターから拳銃を抜き撃ちすると男の右腕にヒットする。


「日下部!」


 店長がその名を叫ぶ。


「殺してない」


「そう言う問題じゃないだろ!」


 憤る店長を悠然と無視して腕を抑える男のそばへ行くと何をしていたかを確認し、表情を変えた。


「何が出てくる!」


 その鋭い物言いに店長たちが日下部を見ると血相が変わっている。


「ふふふ……ははははは……」


 男は気が触れたように笑い出し、狂気の表情で日下部を見た。


「もう遅い。そんな銃一つで勝てるかな? ひゃははははは」


「チッ! 上杉、何が出る!」


 声をかけられた店長は手元の端末を操作して情報を探す。蒼龍騎も手伝おうとモニタを見上げると、そこにはちょうど囚われた冒険者の街の南門に殺到する十体以上の人造人間ホムンクルスが映っていた。別のモニタには北門に向かって放たれたサイクロプス一体とコボルドオークの軍団がこちらは合わせて二十体以上だろう。映画のワンシーンのような映像に事態が飲み込めなかったものの、その映像が現実のものだと言うことだけは理解できた。


「やばいんじゃないですか、店長」


 指差すモニタを一瞥した店長は、すぐに手元に視線を戻し作業を続ける。


「あれもやばいがこっちもやばそうだ」


「どう言うことじゃ?」


 充とともに三人の男たちを拘束した師匠がやってくる。


「あの男が何かをミクロンシステムに突っ込んだんです」


 と、日下部に掴まれている男を見る。ロムから大雑把には教えられている師匠は六台のうち元々稼働していた三台とは別に稼働ランプが点灯した端のシステムを見やる。


「怪物か?」


「ええ、多分。何が出てくるのかは判りませんが、コードネームは……MIN・03βベータ


 蒼龍騎がカメラを切り替える操作を覚えたようで、モニタの映像が次々と切り替わる。

そこには北門の内側で指示を出すいさみや、南門に集まる戦士に指示を飛ばすやっさんが映る。


「あ」


 そしてついに、ロムたちを映すカメラを見つけた。カメラには人型の牛二体と戦う八人の冒険者が映っていた。そして、人型の牛には「MIN・03α《アルファ》」「MIN・03Γ《ガンマー》」と識別コードが表示されている。


「店長!」


 蒼龍騎が甲高い上ずった声で店長を呼ぶ。


「これ来ます、これ!」


「ミノタウロスか!?」


「じいさん、その前に三人くるぞ」


「人使い荒いのぅ」


 充と師匠が出てくるだろう三人を待ち構える。その間に日下部が店長の元へ来てロムたちがミノタウロスと戦っているのを確認する。


「これが十倍になって出てくるって言うのか?」


 モニタ越しに確認できる人間たちが百七十センチだとすればミノタウロスは二メートルはありそうだ。


「その可能性が高いな」


「確かに拳銃一丁で勝てる気はしないな」


「逃げるかアルファチームに来てもらうってのは?」


「この部屋で銃撃戦か? いろいろ面倒だな」


 日下部が思惑を持ってやりたくないのだろうことは店長にも察しはついていた。


「だが、彼らとお前だけで勝てるとは思えんぞ」


「おいおい、お前は戦わないのか?」


「対策室を辞めて何年経ってると思ってんだ? 今のオレはただのおもちゃ屋のおやじだぞ」


「そこの青年は数に入れろよ」


「武器もなしじゃ戦えないよ」


「武器ねぇ……」


 三人で見回しても武器になりそうなものはない。


「な、何があった!」


 ミクロンシステムから出てきた男の第一声だ。不意を打たれた男たちは特に抵抗もできずに捕まった。


「ひいふぅみぃ……七人いるな」


 と、師匠が確認する。


「で? どう言う事態なんだ?」


 と、充が言えば


「そこのモニターに映っている怪物モンスターがミクロンシステムで巨大化して出てこようとしているらしい」


 と、店長が答える。見るとミノタウロスに八人の冒険者が勝負に挑んで苦戦を強いられていた。


「それはちょっとヤバくないか?」


「やばいのぅ」


「何か手を打たなきゃな……」


 日下部はミノタウロスが出てくるだろうミクロンシステムを睨んでそう呟いた。

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