08
「やはり決意は変わらないか」
その日の夜開かれた会議には多くの参加者がいた。
総勢十二名。
円卓の座席全てに人が座ったのは初めてかもしれないとレイナは記憶を辿っていた。
牡羊座のレリーフがある席に座っている
ゼンは円卓を囲む参加者をぐるりと見まわしてクロの問いに答える。
「はい。今回の戦闘は重傷者を出さずに勝利しました。これ以上ない戦果だと思われますがいかがでしょうか?」
鼻にかかった節のついた話し方が一段と芝居染みている。一度区切って辺りを見回すあたり芝居がかっているのは意図的なのだろう。
「我々は攻めに転じなければなりません。我々の目的は、少なくとも私たちの目的は元の世界に戻ることにあるのです。街に籠っていては望みは叶えられません」
「オレも賛成です。こっちから攻めましょうよ」
「攻めるってのはまた前のめりだな。まずは偵察だろ?」
逸るコーにやっさんが言う。街の住人にとって北門の外は時々まとまった数で怪物が攻めてくると言う以上の情報がない未開の荒野である。常識に照らして推測出来るのはその先に怪物どもが生み出される「村」のようなものがあるのではないだろうか? と言う程度だ。
行くならどの程度のパーティで何を目的にするかは決める必要がある。
コーは軍団全軍での攻勢くらい主張しそうなほどで主戦論の急先鋒といったところであり、対してやっさんはまず少数精鋭で偵察を行いとにかく今後の方針を決める情報を集めることに徹するべきと言う主張を展開している。態度を明確にしていないクロ・ハタサク・レイナ・ロム以外は多少主張に差異はあっても積極攻勢かまずは偵察のいずれかを支持しており、街に籠ると言う主張はない。
「行った先に数百体規模の
と、タニが言えば、
「それはあり得ないと思います。これまでの襲撃は大軍から戦力を小出しに投入して来るのではなく、ある程度戦力がまとまったとなったタイミングで攻めてくるのだと思われます」
と、ゼンが主張する。
「なぜそう思う?」
「一つには医療班が行った怪物研究の資料を読ませてもらったところ、彼らの生殖器官が非常に未発達なことなどから個体が非常に若いことが判明しているからです。もっと言うと年齢…いや月齢というのが適切でしょうか、非常に揃っている」
「つまり、家畜でも出荷するような感じで戦いに送り出しているってことか?」
イサミの問いかけに頷いてみせるゼンは「二つ目は」と指を二本立ててみせる。
「怪物は間違いなく人が作り出しているからです」
「なるほど、確かに伝説や物語に出てくる怪物ではあっても自然界に存在したと証明されている生き物じゃあないな」
「奇しくもタニさんが
「それでも作戦が遅れればここに襲いにくる規模の戦力が出来上がってしまう恐れはあるぜ」
ジュリーという男は不思議な男で、普段は考えなしの熱血漢然とした振る舞いなのにここという時には非常に冷静で鋭い発言をする。
「拙者も行くなら今日にでもという考えを支持するでござる」
「今のところ誰も行くことに反対はしてねぇがな?」
やっさんは頭をガシガシと掻きながらクロを見やる。
「問題は何を目的に何人出すかだろ」
「だから全軍で…」
「考えなし」
「なんだとスズネ」
「全軍出してもし別ルートから襲撃されたなんてことになったらどうすんのさ」
「そんなことあると思うか?」
「危機管理は大事だぞ」
「南門から
とタニとやっさんに言われるとぐうの音も出ない。
「じゃあ誰が行く?」
「まてまてって、まだ目的を決めてないんだから何人必要か判らないだろうよ」
「目的は探険。人数は我々四人で構いません」
ゼンが力強く宣言するとレイナとコーが続く。
「私もお兄ちゃんたちと行く」
「オレも混ぜろ」
「それはいくら何でも少なすぎる」
と、タニが言えば、
「主だった戦力みんな行ったら街の防衛はどうするつもりなんだ?」
と、ハタサクが問う。
そこから喧々諤々の議論が始まった。議論の争点は大きく二つ。一つはどれほどの戦力を投入するのか。そして、誰を残すかである。
まず全体の指揮をとるやっさんと自分は行く気がないと態度を明確にしたイサミが早々に居残り組と決まった。ここにいる自警団組はいいが集まっていないメンバーは選抜するのかと行ったことも議題に上がるが、街全体がどう反応するか? 動揺しないかといった心配も話し合われる。
「対サイクロプスメンバーを最低ひと組み残してくれなきゃ怖くて指揮なんか取れないぞ」
「イサミがいるしネバルにアリカ、シュートもいるだろ?」
「彼らがついて行くといったらどうすんだ?」
「決定事項だって言えばいいんじゃないの?」
「それで納得するかぁ?」
「もう一人のシュウトはどうするんだ?」
ハタサクがボソリと呟いた。重い沈黙が部屋を支配する。
「……好きにさせたらいい」
クロは言ったがそれはなかなか難しい。シュウトはその性格・行動に問題があるとしても今や貴重かつ重要な戦力となっている。会議はおよそここにいる戦士の大半が冒険者となることで決着がつきつつある。すると彼が街に残れば実質彼が実力最上位ということになるだろう。実際今の彼の実力はすでにクロ、ヒビキの下。ロム・レイナと並んで五指に入ると見て間違いない。いや争いごとを双方で避けているので判らないが戦い方によってはクロにも匹敵するかもしれない。少なくともレイナは一対一では太刀打ち出来ないだろうと思っている。が、彼が冒険に出ると言えばそれもまた問題だった。冒険中の不和は避けられない。街中であればそりが合わなければ避ける・関わらないという選択肢もあるが、パーティを組んでの冒険となればそうはいかない。それでもクロは同じ言葉を繰り返す。
「好きにさせたらいい」
「じゃあそういうことで」
と、タニはまとめに入る。
「冒険に出るのはここにいる八人。明日広場にみんなを集めて今日の話し合いの結果を伝え、明後日出発。シュウトに関しては彼の意思を尊重する…でいいんだな?」
円卓を囲む面々の顔を見回すとそれぞれが肯定の意思を表わす。
広場に人々が集められたのは翌日の昼過ぎである。集合時間に昼食をとり空腹を満たした後を選んだのはタニである。おおよそ集まることができた住人が揃ったのを見計らって演説用に組まれた壇上に八人の戦士とタニが上がる。騒つく人々を手振りで鎮めたタニがこれまでの街の経緯と昨日の戦果、これからの展望を語って
住民の反応は様々ではあったが肯定的な意見が優勢なようにロムは感じていた。
タニは続ける。壇上のタニの後ろに控えている八人を順に
「なかなかにカリスマですね」
住民が沸くのを見下ろしながらゼンが呟いた。その声は顔を向けられた右隣のロムにだけ届いた。
「これだけできれば最悪の事態も彼らを煽動して防衛戦に駆り出すこともできるかもね」
「怖いこと言いますね」
「でもゼンもそう思ったんでしょ?」
そう問われたゼンは言葉を濁して苦笑で返す。集会は探索隊のリーダーを任されたクロの決意表明が続く。こちらもなかなかどうして堂に入っており、高揚感と期待感を煽る。
これにはゼンの左隣に立っていたサスケが反応した。
「さすがは自分で舞台脚本を書く役者でござるな」
「ええ、いいスピーチライターでありさすがは演技派で鳴らす俳優ですね」
タニが今後の方針と予定を伝えて集会が解散すると、一気に人がいなくなり寂しく感じる広場にイサミがシュウトを連れてきた。
クロの前に立つ二人にクロが訊ねる。
「どちらを選んだんだ?」
シュウトはチラリとレイナを一瞥し、パーティに参加することを告げると、用は済んだとばかりに踵を返す。イサミはかすかに苦笑を浮かべてクロに片手を上げると後を追う。
クロの周りに八人が集まる。
「出発は明日早朝。夜明けとともに北門を出る」
「じゃあ北門集合ですね?」
ヒビキに問われて彼は頷いた。
「各自自分の準備に戻ってくれ。ああ、食料の準備は別途必要だな。ゼンとサスケはこれからオレと食料保管庫に」
「何日分の食料を用意するつもりですか?」
「一週間分だ」
「結構な量でござるな」
「でもTRPGでも食料は一週間分を基本単位として売られてますよね?」
「確かにそうでござるな」
「クロさん」
と、難しい顔をしてジュリーが声をかける。
「一週間ってのは行って帰ってくる分ですか?」
「そうだ」
「……わかりました」
八人はそれぞれに準備をして日の暮れる前にいつもの通りに夕食をとった。
「ごめんね」
ヒビキはマユに謝った。
「何? 急に」
マユは明日から別の家に移ることになっている。
「ずっと一緒にいてあげられなくて」
「そんなこと気にしないでよ。スズちゃんってそういうとこ
「な…何言ってんの!?」
「それよりいい? 街の人たちは私も含めて元の世界に帰りたいと思っているの。強く、強く想っているんだからね?」
「うん……絶対手掛かり掴んでくるね」
涙ぐむヒビキにマユと顔を見合わせて苦笑したレイナはこう提案した。
「今日は三人一緒の部屋で寝ない?」
「いいね! ガールズトークで夜を明かそう」
「いや、明日探索に出発するんだから寝なきゃ」
「スズちゃんお堅い」
「マユ!」
ここは縮尺十分の一の地下世界だと知られている。淀まないように空調で外気が取り込まれ照明で昼夜を分かたれており、それはおおよそ外界、つまり現実の世界の四季とリンクさせてあると考えられていた。
季節は冬の終わり。
ここが北海道釧路地方だろうというゼンの見立ては読者なら正しかったことを知っているだろう。関東ならそろそろ桜も終わろうとしている頃であり、レイナが
まだ薄暗い北門前に白い息を吐きながら冒険者たちが集まってくる。寒さはずいぶん和らいでいたが朝はまだまだ暖房が必要なほど冷える。彼らはそれでも背筋を伸ばし、決意の表情でそこに立ち出発の合図を待っていた。
見送りにタニとやっさんが立ち会う。もちろん常駐している見張りの自警団も見送ってくれるようだ。
そこにシュウトが現れる。
それを確認したクロが自警団のメンバーに北門を開けるよう指示を出す。
「まだ暗かろうよ」
やっさんは言うがクロは「街が見えなくなる頃には十分明るくなっているだろう」と荷物を担いだ。それを合図にパーティメンバーも荷物を担ぐ。
「じゃあ、言ってくるよ」
まるで朝の出勤であるかのような穏やかさで宣言すると、九人の冒険者は北門を旅立って言った。
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