02

「ここからが本番ってか?」


 ジュリーがサスケのために場所を空け、代わったサスケが扉を調べる。

 木製の扉は角材のかんぬきで閉じられている。

 他に気になる場所も見当たらなく、扉自体に罠が仕掛けられているようには思えなかった。

 雰囲気として「誰かを閉じ込めておく場所」と見てとれなくもない。


(なかなかどうして、シナリオとしてもよく練られているようです)


 これはまさしく玄人くろうと好みのシナリオだと、ゼンは心の中で舌なめずりをしていた。

 ミクロンダンジョンをアスレチックアトラクションとして捉えている向きには物足りないだろう。

 それは一方ではミクロンダンジョンの人気に直結した仕掛けである。

 体を動かし、明確な課題ミッション克服クリアすると言う目的は、とてもわかりやすく達成感を得られる。

 その一方でRPGマニアを惹きつけてやまないのが趣向を凝らした謎解きである。

 未知への知的好奇心と謎を解き明かした時のカタルシス。この二つは本来ゲームの楽しさの両輪である。そのバランスはシナリオライターの腕の見せ所だ。特に謎解きに偏ればライト層が離れて市場が縮小する。

 もっともミクロンダンジョンは今や非合法遊戯である。ニッチを追求するのも一つの手ではあるだろう。

 しかし、こうまでプレイヤーを選ぶシナリオというのは正直どうだ。

 受付の『嘆きの酒場亭』から始まるこの凝りまくったダンジョンセットは、採算度外視であったとしても腑に落ちない。

 むしろこれだけ金をかけていればより多くの冒険者にプレイしてもらいたいとも思わないのだろうか?

 ゼンは、このダンジョンに別の意図を感じ取った。

 芸術とも言えるダンジョンを見てもらうためではなく、冒険者に楽しんでもらう気もなく、ましてや金儲けでもない何か。


「考え事しながら歩くと危ないぞ」


 ロムに声をかけられ我に返ったゼンは、風景が一変していたことに驚いた。いつの間にか扉の向こうを歩いてたのだ。それも無意識のうちに。


「すいません。気をつけます」


 洞窟の奥、扉の向こうに広がっていたのはある意味見慣れた地下迷宮の通路だった。

 もちろんここも丁寧に作り込まれている。

 長方形に加工された敷石を斜子織バスケットウィーヴパターンで敷き詰めた通路はところどころ風化したようになっている。

 壁も典型的な馬目地ストレッチャーボンドでいかにもファンタジー世界の地下迷宮といったおもむきだ。

 かなり歩いていたのだろうか、隣を歩くサスケの手元を見ると洞窟から先の通路が一通り書き込まれていた。

 いつもの通り途中の扉のを全て無視して通路を踏破したようだ。

 その間は特に問題ないという判断でゼンに声をかけなかったのだろう。


「明確な目的のないダンジョンだ。全部開けてくか?」


 ジュリーが訊ねてくる。


「そうですね。この先どういう状況が待ち受けているか分かりません。ゲーム的にはフロアごとに敵のパターンというか傾向は揃えてくるのが基本的なシナリオ作法だと考えられますから、この部屋を開けてみるというのはどうでしょうか?」


 そういって地図を指差したのは通路に囲まれた十二畳ほどの空間である。

 どこかに通じている可能性はほとんどなく、部屋の広さから見て待ち伏せがあってもそれほど特殊な状況にはならないと思われる場所だ。

 四人は特に警戒することもなく目的地に移動し、その扉の前に立つ。

 扉は金属のフレームで縁取られた木製でノブではなく飾り気のないアーチ状の銅製の取っ手になっており、やはり閂による施錠がなされていた。

 閂を外し勢いよく扉の中に躍り込むと、そこには冒険者に反応して起動したオーガとみられる敵が動き出していた。

 とっちらかった総髪に整える気のないアゴヒゲ、デフォルメされているのかと思うほど頭が大きいため五頭身で背は彼らより低めのずんぐりした体型。でっぷりとした腹は分厚い脂肪の塊と見える。

 ジュリーはすでに抜き放っていたショートソードを構えて部屋の中央へ歩を進め、サスケはジュリーのフォローをすべく短刀を逆手に構えてジュリーの右側に移動する。

 ゼンは二人が戦いやすいようにと光源が二人の体で遮られないように左後方で杖を掲げながら待機。

 ロムは扉の内側にこそ入っていたが戦闘に参加するそぶりを見せずに部屋の中を観察した。

 部屋はリアリティなのかオーガを閉じ込めていた部屋らしく暴れた痕跡を再現していて、ムッとくる血生臭さも表現されている。

 リアリティについてはレポートでも賛否あったな。と、ちらりと思いながら二人の戦いに意識を戻した。

 オーガはまみれで錆びついた大型のナイフを構えることもなく無造作に振ってくる。

 その動きは大振りな上に緩慢で、ジュリーは余裕を持ってその初撃をかわして胴をぐ。

 しかし、その攻撃は分厚い脂肪に受け止められたのか手応えがない。


「何で出来てんだ?」


 再び襲ってきたナイフを避けるために一歩後ずさり、今度は肩口から袈裟斬りに振り下ろす。肩に食い込むショートソードを引き抜くと、地面を強く踏みしめながら続けざまに剣を振るうこと七度。オーガはようやく起動を停止して仰向けに倒れこんだ。


「第一階層の敵にしちゃダメージ設定高すぎるだろ」


 ジュリーは悪態をつきながら剣を鞘に収める。

 完全に停止していることを確認したサスケがオーガの体をまさぐり始めた。


「ダメージ設定だけではござらんな」


 ボディはロボット骨格がシリコンに包まれているという構造だった。

 そのため動きが緩慢だったのだろう。

 足裏に充電用の金属部が露出しており、掃除ロボットのように定期的に部屋の隅にある充電端子に接続するようになっていたものと思われる。

 確かにこのダンジョンの凝りようは普通ではない。しかし、ダンジョン全体の敵が全てこんなギミックで用意されているのだとしたら、一体どれほとの費用をかけたのかとそれだけでも頭がくらくらしてくる。


「ナイフはどうですか?」


「金属製ではあるがおもちゃのナイフでござる。何か気になることでもあるのでござるか?」


「いえ、あの日のゴーレムの件もありますから。もしここが我々の追っている組織に関係があるのだとすればですが、そういう危険性もあるのではないかと」


「なるほど」


 ジュリーはあの時の痛みと恐怖を思い出したのか、心持ち顔が青ざめている。


「少なくともこのフロアは大丈夫だよ」


 ロムはジュリーの背に手を当ててそういった。


「レポートでそんな危険は指摘されていない。ま、先に進んだらわかんないけど」


「そうですね、少なくとも第一階層は多くのプレイヤーが体験しています。その評価に身の危険を感じるような報告がなかったのですから取り越し苦労だったかもしれません」


 ゼンもホッと肩から力を抜いて息をつく。


「少しナーバスになっているのかもしれません。気負いすぎなのかもしれませんね」


 冒険者は探索を進める。

 扉の中には大抵一体から三体の怪物が配置されていた。

 どの敵もオーガ同様特定の反応を示す簡易プログラムながらAIの補助なのだろう、自立思考しているようにこちらに合わせて攻撃や防御行動をとってくる。ダメージ設定も高いらしく、ともすれば戦い慣れて来たジュリーも押し負けることがあった。

 単体相手であればサスケの助太刀が、複数の敵の場合はサスケとジュリーで一体を。残りをロムが引き受けるという戦闘が続く。

 倒した怪物からは戦利品となりそうなアイテムは出てこないし、待ち伏せのあった部屋は戦闘用にか調度品などが置かれていない殺風景さだった。

 全ての部屋を探索し終わった四人は最後の部屋で車座に座って、床に広げた地図を見つめている。

 扉の向こうが通路になっていた箇所が二つ。部屋にもう一つの扉があり奥へ行けた場所が一つ。わかる範囲で行ける場所は全て探索し終えていた。


隠し扉シークレットドアですね」


 ゼンが呟く。


「だろうけど、手がかりが全くなくて絞り込めないぞ」


「簡単にわかったら隠し扉の意味などなかろう」


「そりゃそうだけどよ。これはゲームだぜ?」


 ゼンは親指を顎に、人差し指で鼻の頭をトントンと叩きながら目をすがめて地図を見つめていた。やがて、


「調度品のある部屋が二箇所ありましたね」


 訊かれてサスケが地図上を指差す。


「こことここ。最初の部屋は奥への通路発見前でござるから見ての通り、何処かへ通じる道のある余地はないでござる」


「てことはこの部屋が怪しいってことか?」


 ジュリーがもう一方の部屋を指差す。


「ヒントになりそうなのはそれくらいです。もっとも可能性の高い場所ではないでしょうか」


「でも、あそこは一度調べただろ」


 実際、数少ない調度品が用意されていた部屋である。何かしらの攻略につながるヒントやアイテムが手に入るかもしれないと調べた場所だ。その結果何もないということで出て来た部屋である。これ以上調べて新たな発見があるのか? ジュリーの疑問ももっもだった。


「他に当てがないんならとりあえず行ってみるしかないんじゃない?」


「それもそうか」


 決断すれば四人は早い。

 安全の確認されたダンジョン内を走るように移動すると目的の部屋へ入る。

 部屋は寝室を模しているため板張りの床に漆喰の壁。簡素な木製のベッドは壁際に置かれ、燭台に洗面台、ベッドサイドの文机の上に日記だろうか? 書きかけの本の他に数冊立てかけてある。

 本がシナリオ上の価値がないことは一度目に来た際に確認してあるし、燭台も洗面台もセットの一部という以上の意味はなさそうだった。

 漆喰の壁は隠し扉のような仕掛けを隠すには不都合で、実際改めて確認してもそれらしい痕跡を見つけることはできなかった。

 仮にベッドに何かしらの仕掛けがあったとして、それが隠し扉にどうつながるのか? ゼンは疑問に思いながらもサスケとジュリーに指示を出し、ベッドを起こす。ベッド自体は変哲も無い木製ベッドでやはり仕掛けなどは無い。ベッドをどかした床にはベッドの足の部分に当たる場所が窪んでいる。

 ゼンは気になってその窪みに顔を近づけた。


「なるほど」


「何か見つけたんだな」


 言ってジュリーも這いつくばって窪みを見つめる。

 そこには不自然な窪みがあった。

 ベッドの足は四角い四つ足なのに窪みは丸いものが二箇所。

 よくよくみるとベッドサイズと同じ大きさの隠し扉らしき仕掛けを見つけることができた。


「これを見つけられるのは余程のマニアか乱暴者でしょうね」


 壁ではなく床に隠し扉を仕掛ける。

 アニメなどではよくある仕掛けだが、人間『隠し扉』と言われれば思い込みからつい壁面を探してしまう。そんな盲点を突いた演出がニクいと無意識に笑みがこぼれる。

 ゼンのいうとおり、これを発見できるのは微に入り細に入り慎重に仕掛けを探すよほどのマニアかベッドに当り散らして偶然見つけてしまえるような乱暴者くらいだろう。


「問題はどうやって開くかだな」


 ロムがくるりと部屋を見渡しながらいう。

 この手の仕掛けは開くための起動スイッチが必要だろうというロムの見立てだ。ゼンもそれは間違っていないと思っている。

 さて…と周囲を見回すが壁はもとより床にも天井にもそれらしいものを隠しているような場所はない。


(四角いベッドの足に丸い窪み…これがヒントだと思うのですが……)


 文机の足は確かに丸いが二箇所の窪みとは間隔が違うし太さも細い。これは違う。とすれば残るは燭台と洗面台だが洗面台の方は細い金属フレームの四つ足で上に洗面器を固定するタイプ。これでもなさそうだ。と最後に残った燭台に手を伸ばす。

 燭台は太い丸棒の上に油を入れる皿があり脚は棒に十字に固定された袴で自立している。

 これも違うようだと悩んでいると、サスケが燭台の中程を指差した。


「継ぎ目がござる」


 見るとなるほど継いである。

 ジュリーと協力して引っ張ると、それはダボ継ぎされた二本の棒になった。

 それぞれに燭台だった棒を握った二人は互いにうなずき合って窪みに丸棒を押し当てる。

 ずいと力を入れると仕掛けの床が深く沈み、ゆっくりと階下への入り口が口を開けたのだった。


「いくぞ」


 緊張が伝わる短い言葉で声をかけると、四人の冒険者は階下へと足を踏み入れて行く。

 石畳の階段を降りるとセオリー通りの最初の小部屋セーフティールームがあった。

 床も壁の石積みの何もない部屋は、ファンタジー系映画そのもので石の扉がダンジョンを閉ざしている。


「石の扉?」


 マッピングの準備を待つ間、ロムは扉を観察していた。


「開くのかコレ」


「実寸なら四人で開けるのは難しいでしょうね。でも、今の我々は十分の一ですから」


「その理屈がオレにはよくわかんねぇんだけど、小さくなるとどうして開けられるようになるんだ?」


「よくアリは自分の数十倍の重さを持ち上げられるなどといいますよね?」


 ゼンはジュリーが頷いたのを確認してから自らのウンチクを語り出した。


 アリが仮に十倍のサイズに大きくなった場合、体長は単純に十倍になるわけだが体積は三乗されるので体重は千倍になる。一方で身体強度は骨格と筋肉の断面積に比例する。面積は二乗されることになっているので断面積は百倍にしかならない。アリは大きくなったからといって本来のサイズで発揮しているような体重の何十倍もの重さのものを持ち上げられるわけではないのだ。

 逆に人間が縮小された場合。仮に半分になったとしよう。身長はそのまま二分の一だが、断面積・体積はそれぞれ四分の一・八分の一になる。つまりこの時点で体重に対して原寸の時より二倍の力を発揮できるようになるというわけだ。


「我々は十分の一になっているのですから、体積は千分の一ですが断面積は百分の一です。人は自分の体重くらいは持ち上げられると言われてますから、百グラムに満たない我々でも四人いれば単純に三キロくらいは動かせるということです。どうです? 納得していただけましたか?」


「ああ、なんとなくな」


 ジュリーはまだいまいち理解出来ていない表情で曖昧に相槌を打つとロムを見る。

 ロムの方はようやく合点がいったように首を回すとゼンに言った。


「なるほどね、攻撃力と防御力に関しての疑問は解消されたよ」


「まだ疑問があるのですか?」


「ああ、気のせいなのか実際違うのか感覚的なものだからなんとも言えないんだけど……ダンジョンアタック中は感覚が鋭くなってるようでよく見えるし、体の反応も早い気がするんだ」


 そう言いながら、彼は持っている棍を頭上で振り回してみせる。

 ゼンは「それは」と口元に笑みを浮かべてこう答えた。


「それは気のせいではなく事実です。神経伝達物質の移動速度は物理法則を超えられませんが、移動距離は十分の一ですからね。感覚的にも実寸比的にも我々は超人的な運動能力を発揮できるのです。アニメや特撮のヒーローのように簡単にはやられない頑健な体と驚異の攻撃力を十分に引き出せる運動神経も秘めているというわけですよ」


「それでこう…ミクロン世界では体が軽いというか、なんとなくフワフワした感覚に陥るのか」


 こちらの説明に関してはジュリーも理解出来たようだ。

 実寸ならおそらく一時間もしないうちに力尽きてしまうのではないかと思われる重装甲の金属鎧を着込み、半日近くダンジョン内を歩き回って戦闘を繰り返すダンジョンアタックを決して恵まれた体格とは言えないジュリーが行えることを実感しているからこその納得なのだろう。


「準備ができたでござる」






 四人は石の扉を押し開き、ダンジョンの奥へと足を踏み入れた頃、一人の男が『嘆きの酒場亭』に来た。

 制服であるクラシックなドイツの民族衣装ディアンドルを着た豊満な若い女性は入り口から男が一人入って来たことに対し、反射的に「ようこそ帰らずの地下迷宮へ」と言いかけた。


「ああ、店長」


「やぁ、元気にやってるかい?」


 年の頃三十半ばだろうか? 雪灰色ゆきはいいろの細身のスーツを着た百八十センチ近い男だった。

 店長と呼ばれたその男は目尻にシワを作った笑顔を向けてくる。


「今日はもう上がっていいよ」


「え? いいんですか?」


「ああ、交代の時間にはまだ少し早いけど、構わないよ」


「今日はご予約のお客様が一組、今アタック中ですけど…」


「だからだよ」


 店長は、今ダンジョンアタックをしている冒険者がいるのでもう受付で待っている必要がない、というのだ。

 確かにこのゲーム、一度始めると大体は夜になるまで戻ってこない。店員は実寸のここと十分の一サイズの『嘆きの酒場亭』とに一人ずつ、短い拘束時間に時給換算で相場の2倍近くという破格の報酬ながら、ほとんどの時間をたった一人で特にすることもなく過ごすという実はなかなか辛い仕事である。

 店長の提案はそういう意味で願ったり叶ったりなのだが、どうにも腑に落ちない。


「たまにはいいさ。ここの仕事がはたから見るよりずっと過酷なのは僕が身に沁みてわかっているからね。そのぶん給料から引いたりしないから心配しないで」


「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」


 彼女はそういうとカウンターの裏にあるボタンを押した。

 ボタンそばにあるスピーカーからもう一つの『嘆きの酒場亭』店員の声が聞こえてくる。

 事情を説明すると、彼女の方は純粋に喜んですぐに戻ってくると返事があった。

 二人が制服を着替え、挨拶をしてエレベーターに消えて行くのを見送った店長はそれまで貼り付けていた朗らかな笑顔をやめ、くらい笑顔で呟いた。


「さて、彼らはどちらの結末か…」

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