05

 サスケはオークの攻撃を避けながら反撃のチャンスをじっとうかがっていた。

 二対一のジュリーには難しくてもサスケにはチャンスがあった。


 リズムは一定だ。


 攻撃にも特定のパターンが見つかった。


 そこは腐っても元運動部である。

 避けるのにも余裕が出てきた。

 あとは反撃を試みるだけだった。


 上から振り下ろされる棍棒を右にひねりながら左に交わし、ひねりの反動をつけて一気に巻き込むように右腕で押さえつけるように短刀を顔面に叩き込む。

 体重が乗せられなかったのだろう初撃は弱かったのか倒しきれない。

 しかし、百八十センチ超と言う体格がそれを補いオークを少し後退させることには成功した。

 一瞬グラリと傾いたオークだったがジャイロ機構があるのだろう、持ちこたえて再度攻撃に来ようとする。

 態勢の立て直しはサスケの方が早かった。

 ここまでくれば主導権はサスケが握っている。

 彼は姿勢を低くしてしっかり体重を乗せ、今度は胴体に攻撃する。

 先に倒した一体が二太刀で倒せたのだから設定されているライフポイントの残りは高が知れている。

 彼はサッカーのシュートを打つようにオークを蹴り飛ばすと果たせるかなオークは戦線を離脱する。


 これで二対二だ。

 それぞれが一体を倒せばいい。

 コツのわかったサスケはもとよりジュリーだって二体の攻撃を捌き続けていたのだから隙をついて攻撃に移ることが可能になる。

 まして彼の武器はサスケと違って細身ながら厚みのある刀身を持つ防御にも適した剣で破壊力がある。

 相手の攻撃を剣で受けて弾き上げると右から胴を払い最上段から撃ち下ろす。

 体重の乗った打撃は設定値を上回りオークは壁際に移動する。

 それを確認した後、隣を見るとサスケもどうやら最後の一体を倒したようだ。


 観客席からは低い歓声と拍手が湧く。


「すごいけど、ちょっと残念だな」


 若い男が呟く。


「確かに拳士君の活躍が見たかったねぇ」


 観戦専門の白髪の男も顎を撫でながら同意した。


「二人だけでクリアすんじゃねぇか?」


 そういった紅蓮の鳳凰を否定したのは痩せぎすの男だ。


「第二階層はもしかしたら二人でクリアできるかもしれないけど、第三階層が難しいのはみんなわかっているだろうよ」


「あぁ、はパーティ全員で攻撃しなきゃ難しいかも」


はダメージの判定が累積型だからいずれ倒せるだろうけど、その攻撃を当てるのが至難の技だし、もう一体はまさに鬼モードだからな」


 冒険者たちは二人の息が整うのを待って部屋の向こうにあった木製ドアノブの扉を開ける。中には書棚があり、書籍や巻物スクロール、平底フラスコのような薬瓶が並べられている。


「ポーションはファンタジーRPGにつきもののアイテムですが、現実世界では効果がありませんしね」


 言いながらゼンがポーションの一つを手に取ろうとしたが、棚に固定されているらしく動かすことはできなかった。


「しかし、リアリティの追求というだけで無意味な部屋を用意するわけがありません。ましてこのような特徴的な部屋には必ず意図があるはずです。単なるフェイクだとすれば上級者のために仕掛けられたフェイク。高度すぎます」


 ざっと探すと動かすことができたのは部屋の奥に本が一つと、扉横の棚の下に積まれた巻物のうちの一つ。


 表紙に食人鬼オーガ空押からおし加工された本には開いても何も書かれておらず、こちらは目くらまし的なものかと思われた。

 羊皮紙を模した合成皮革だろう巻物を開くと中には一編の詩が詠まれていた。


宝珠ほうじゅまもるしょうしゅしゃ

 三面さんめんろっの阿修羅を模して 舞うはけん

 三面 かいすかし 六臂 全てを受く

 守護者の前にむくろ 山をきずき 宝珠 未だそこにあり』


「ふむ、この宝珠というのを手に入れるのが目的ですね」


 ミクロンダンジョンはアスレチック要素の強い体験型RPGではあるが、RPGらしくシナリオというものが存在している。

 一般的にモンスター退治型のシナリオかお宝探索型のシナリオが採用され、各ダンジョンの特色を彩っている。

 このダンジョンには魔法使いの秘宝が眠っているという設定があり、冒険者は未知の『秘宝』を求めてダンジョンを探索しているというシナリオになっている。


「宝珠ってぐらいだから玉なんだろうな」


「ですね。どんな色か、大きさか? とにかく玉を見つけるのが目的とわかりました」


「さて、探索を続けようか」


 ジュリーが言う。四人は通路に戻り手近な扉を目指す。

 石を模した扉で鍵穴などはない。

 レバータイプのドアノブも石造り。

 ジュリーが開こうとすると渋く反応が重いいかにも石のような反応だった。

 力を込めて押し開くと途中で何かのスイッチが入ったようなカチリとした感触を感じた。

 開けた扉の先は今までと少しおもむきの違う通路が伸びていた。


「床が磨かれたように平らですね」


「まるで大理石を敷き詰めたようでござるな」


「ここから先はダンジョンの主人である魔法使いの領域…そんな演出なのか、あるいは……」


 ジュリーはそう言いながら鞘から剣を引き抜き肩に担ぐ。


「『あるいは』の方でしょうね」


 ゼンも同意見のようだ。

 隊列が組み直される。先頭をジュリーが勤めサスケ、ゼン、ロムと一列に並ぶ。

 やることは変わらない。これまで通り通路を地図に起こマッピングしてその後、扉を調べていく。しかし、その作業は途中で一度中断させられた。徘徊するワンダリング怪物モンスターとの遭遇エンカウント戦である。

 とある角を曲がった出会い頭に三体のコボルドと。こちらは序盤三対一の戦いをジュリーが守りきり、地図をしまってサスケが戦闘に参加するとあっさりと撃退できた。

 実はその後二度目の遭遇があった。それも背後から。ゴムのタイヤで音もなく接近してきたのは闇に沈むような黒い毛並みと爛々らんらんと輝く赤い目をした五匹の黒妖犬ヘルハウンドで、ダメージ設定低めながらサイズの小ささから小回りのきく攻撃の当てにくい怪物で、常連にはまことに厄介な相手だった。しかし殿しんがりを勤めるロムにとっては何ほどのこともなく、演舞のように棍を振ると前を歩く三人に黒妖犬の存在を気づかせることなく撃退する。


 観客の間ではその戦闘とも言えない一連の出来事に対してちょっとした議論が起こった。


 ロムがこのダンジョンアタック中、時々棍を振る仕草をしていたからだ。

 それはちょうどスポーツ選手が自分の出番までに行う一連のルーティンワークのようなもので、体のこわりを生まないためであり不測の事態に素早く対処するための心構えでもあったのだが、その一連の行動にたまたま黒妖犬が巻き込まれたように見えなくなかったからである。

 ロムの実力に懐疑的な観客がそれを主張し、実力に期待する層が接近に気付き迎撃したものであると主張した。


 通路の地図を完成させたサスケがそれを見せつつ今後の方策を相談する。


「ここでループしていたんですねぇ」


 と、ゼンが指で地図上の通路をなぞる。


「場合によってはコボルドに後ろから奇襲されていたかもしれないんだな」


「ロムなら奇襲にも一人で対処できますよ。うちの殿は前衛より硬い」


 黒妖犬に背後から襲われていたことなど知る由もなく、ブルリと身震いしたジュリーにこちらもとんと気づいていないゼンが答える。


「その言い方事実だがクサるなぁ」


「通路に囲まれた中はどうする?」


 大袈裟にいじけてみせるジュリーを無視してサスケが問うと、ゼンが間髪を容れず主張する。


「確認します。宝探しのシナリオはヒントの収集が肝ですからね」


 冒険者は宝珠を手に入れるためのヒントとなる情報や攻略の鍵となるアイテムを収集するために扉を開けてゆく。

 扉は例の石の扉以外は概ね木製で鍵穴はなく開けることには苦労はなかったが、中の状況は対処に苦労した。

 配置されている怪物が多様な動きでジュリーとサスケを翻弄し、一つ一つでは意味が理解できないような、本当に手がかりなのかも怪しいアイテムが数多く手に入る。

 第二階層をすべて制覇する頃には持ちきれないほどのアイテム数となっていた。


「第三階層へ行く前に少々情報とアイテムを整理させてくれませんか?」


 と言うゼンの提案を受け、この階層で一番広い部屋に陣取る。

 ゼンはアイテムを床いっぱいに広げるとブツブツと独り言を呟きながらアイテムを右へ左へと移動させる。

 三人は倒した怪物と並ぶように部屋の壁に背を持たれ、用意していたご飯粒や水で腹を満たす。


「手伝わなくていいのかい?」


 スマートフォンサイズのご飯粒をかじりながらロムが訊く。


「変に触ると怒られるからな」


 ジュリーが手の甲で口を拭い、続ける。


「一見無造作に広げられているように見えるだろ? 最初は確かに無造作なんだ。だからオレたちも手伝った。けど、右や左に移動しながらアイテム同士の関連性を確認してるのさ。そうなると良かれと思って手伝ったとしてもゼンの頭の中の関連性と切り離されちまうらしい。ま、小さな親切大きなお世話ってやつだな」


「触らぬ神に祟りなしとも言う」


 けっで瞑想をしていたサスケがぼそりと呟く。


「違いねぇ」


 ジュリーも呵々かかたいしょうで受け入れた。


「まぁ、RPGの謎解きに関していえばオレたちが額を寄せるよりゼンに任せる方が確実、間違いないぜ」


 時間にして三、四十分だっただろうか。ゼンは天を仰いで大きく息を吐いた。

 彼の目の前にはラバーグリップが巻かれたペンのような金属の棒と詩の書かれた巻物、表紙に食人鬼が空押加工された本、それに第一階層で使った鍵だけが残されていた。


「それだけ?」


「ええ、アイテム数は多かったのですが大半がフェイクで残りは情報としてのヒントでした。おそらく今現在手に入れたアイテムの中で第三階層で使うの可能性のあるのはこの四つだけだと思われます」


「第一階層で使った鍵がまだ必要なのか?」


 ジュリーが疑問を挟む。


「ええ、第二階層で開けていない扉はあと一つ。その扉には鍵穴がありましたよね?」


「うむ」


「鍵のかかった扉があるのに第二階層で鍵は手に入らなかった。この鍵を使うと考えるのが当然の帰結というものです」


 ロムにはやや強引な帰結とも思えたがあえて口にはしない。

 幾度かのダンジョンアタックでゼンの考え方はほとんど間違っていなかったからだ。

 時々ジュリーが口にする「RPG的思考・お約束」というやつなのだろうと思うことにしている。


 鍵穴のある扉は確かに第一階層の扉とよく似ていた。

 十分の一スケールの既製品扉、量産品の類と考えてもいいのかもしれない。

 お約束のようにサスケが鍵穴を除く。

 当たり前だが中の様子を知ることはできなかった。

 ジュリーが鍵を差し込み回すとゼンの予想通りカチリと鍵の開く音がした。

 と、同時に扉の向こうで低いうなり声が聞こえてくる。

 解鍵がスイッチになっている怪物が動き出したのだろう。


「わかりやすい威嚇ですね」


「冒険者なら誰も引き退らないってもんだぜ」


 言ってジュリーは扉を押し開く。

 中では一つ目の大柄な怪物サイクロプスが威嚇の唸り声を上げていた。

 素早く剣を抜くジュリーとサスケは左右に分かれて挟み撃ちを試みる。

 サイクロプスは両手に百センチ級の棍棒を握り、二人の動きに合わせるように牽制攻撃をしてくる。


「複数のセンサーがついているようですね、どんなセンサーでしょうか? 反応も早いし、パターンも多いようです」


 と、ゼンがロムに解説をする。

 接近距離によって二、三段階のリアクションが設定されているようだった。

 踏み込んで攻撃しようとすると迎撃される。

 武器を受けるのではなく体への攻撃が行われるのだ。

 刃渡り七十センチ級のショートソードを持っているジュリーはともかくサスケが握る二十五センチ級の短刀ではリーチにおいて分が悪い。

 打撃も相当の威力で、攻撃を剣で受けたジュリーが勢いを殺しきれずにグラリとよろめくほどだった。


 攻め手に欠くとはこのことである。

 サスケが反対側で牽制をしているため攻めるジュリーは一本の棍棒だけに注意していればいいが、攻撃をくぐれずにいる。

 手詰まり感は否めず、このままではジリ貧でいずれ攻撃を捌ききれなくなるだろう。


 観客の興味は否が応でもロムに集まる。

 第二階層最後の番兵であるこのサイクロプスは四人以上で攻めるのがセオリーになっていた。

 棍棒の牽制に左右一人づつ、高いダメージ判定値を一気に越えるために残りのメンバーで盲滅法叩き合うというのが基本戦略とされているからだ。

 戦力的にゼンがあてにならないのはすでに観客の中でも共通認識で、要はロムがどれほどの攻撃力を持っているのか、何合撃ち込むと倒せるのかという興味である。


 当のロムは、戦闘の様子を見ながら目をキラキラと輝かせていた。無意識に口元が緩んでもいる。

 戦闘狂というわけではないが、強さへの欲求は持っている。


 空手道場に通いだしたのは小学生の頃だった。


 中学に入るとすぐに黒帯を締めるようになる。

 その頃から道場の理念と実態の乖離に疑問を持ち、自分にあった武術を求め様々な武術の道場を覗いて歩いた。

 中学を卒業する頃にようやく優れた中国拳法の師にめぐりあい、高校時代は漫画の主人公のように日々の大半を修行に明け暮れた。

 才能は本人の試行錯誤だけでは開花しないらしい。

 優れた指導は成長を促進し、てんの才は大輪の花を咲かせる。

 拳禅けんぜん一如いちにょ力愛りきあいは少林寺拳法の流れを組む中国拳法の基本理念であり、ロムも日々是修行と励んでいる。

 しかし、強さへの憧れから始めた修行は彼の身の内に虎か龍でも宿したようで、今、目の前のサイクロプスに勝負を挑みたいという衝動が強く熱く体をたぎらせていた。


「一人でやらせてくれないかな?」


 独り言のように呟いたその発言に観客席は騒然となる。

 中には憤るものまで出る始末だった。

 しかし、ゼンは反論もしない。


「ジュリー、サスケ」


 二人を呼ぶと、手招きをする。

 二人が戦域から離脱するとサイクロプスは威嚇の唸り声だけをこちらに向ける。


「ロムが一人で闘いたいそうです」


「一人で?」


「ええ」


 わずかな間、無言でロムを見つめたジュリーはふぅと息を吐く。


「わかった。どの道オレたちじゃ勝ち目がない。悔しいけど任せるよ」


 その表情は本当に悔しさが滲み出ていた。

 それはそうだろう、このダンジョンでのテーマは「ロムに戦闘を任せない」だったのだから。


「頼むでござる」


 短刀を恨めしそうに見つめながらサスケも絞り出すように呟く。


「任せて」


 言ったロムはあろうことか棍をジュリーに手渡し、しゅ空拳くうけんでサイクロプスの前に進み出ると胸の前で手を合わせる。中国拳法の礼の姿勢だ。


「素手でやんのか!?」


 ジュリーの叫びを合図にロムはサイクロプスに飛び込んだ。

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