Numb
hiyu
Numb
鳴け、と言ったら本当に鳴いた。
わん、とかすれた声で。
涙目で俺を見上げるその顔に、欲情する。
まるでいつも顔色を窺うように俺を見ていた。その視線に気付かないフリをする。
仲のいい友達と話しているつもりでいて、意識は完全にこっちに向いている。そんなことはバレバレだ。
お前の存在なんて、ほんの少しも気にしていない。
そんなポーズで俺はお前の視線を感じている。
もっと見ろ。
その目で。
教室の端と端。まるでタイプの違う俺たちは、いつだって交わることなくこの空間に存在する。
前の方の席で地味な連中と、俺には興味の持てないつまらない話をするお前。教室の後ろで、派手で目立つ連中と一緒に、女子生徒の視線を感じながら中身のない馬鹿な話に盛り上がる俺。
時々、俺の友人たちがお前らを小馬鹿にしたような目をして見る。
あいつらって、何が楽しくて生きてんの?
そんな風に、あざ笑う。
俺も笑う。わかんねーよ、と。
同じ教室にいる、クラスメイトというだけで、俺たちは何もかもが違った。
身長だけはでかいお前が、身を屈めるようにして人と話す。それが癖になっているのか、時々猫背になっている。その丸まった背中を見ていると、俺はいつもイライラする。
鳴け。
あの日のように、涙目で、わん、と。
そのでかい図体で、俺にひれ伏せ。
お前が俺を目で追っているのは知っていた。
だからあの日、お前を跪かせた。
お前は黙って俺の言うとおりになっていた。来いと言われれば近付き、座れと言われれば膝をつく。従順すぎておかしくなった。
気付いてるぜ、と言ったら、お前はかっと顔を赤くし、急にしおらしく頭を下げた。
別に白を切ってもいいはずなのに、あっさりと認めた。そして顔に羞恥を浮かべたまま、言った。
ごめん、もう見たりしない。
傷ついた顔をしたお前を見たとき、俺の感情がぐらりと揺れた。
お前の視線はいつだって鬱陶しいくらいに俺を追う。
今だって、目をそらそうとしながら、俺を見つめたくて仕方がないという顔をしている。
許してやってもいい、その代わり──
俺はにやりと笑って言った。
鳴け。
お前は目を丸くして、愕然とした表情をした。
カーテンを引いた部屋の中は薄暗く、ベッドに座った俺の足元に、お前が座り込んでいる。
「鳴けよ」
お前はじっと俺を見上げていた。
「前みたいに、わんって鳴け」
お前はぐっと口を噤んで首を振った。
「何で、鳴かないんだよ」
「俺は──犬じゃないから」
「犬じゃなきゃ、なんなんだよ」
「人、だから」
そんなことは百も承知だ。だからこいつは馬鹿なんだ。
「でも前は鳴いただろ?」
「あれは──」
お前が顔を上げて、それから赤くなって視線をそらした。
「あれは? 俺に脅されて、仕方なく?」
俺よりもゆうに10センチは高い身長のくせに、背中を丸めて縮こまっている。まるで怯えているように見えて、ぞくぞくした。
俺はつま先でお前の肩を押した。身体が揺れ、お前が不安そうに俺を見た。
見ろ。もっと。
「じゃ、また脅してやろうか?」
お前はまた、首を振る。さっきよりも強く。
「いいから鳴けよ、簡単だろ」
つま先が何度もお前の肩を押す。その度に身体が揺れ、お前が両拳を膝の上できつく握り締めた。
俺はつま先を下ろし、それをお前の股間に押し当てる。
「鳴けって」
あの日、同じように俺に踏みつけられ、こいつは一瞬本当に怯えた目をした。踏み潰されると思ったのか、俺に襲われるとでも思ったのか、どちらなのかは分からない。力を入れたら、その目に涙を滲ませて、ようやく鳴いた。
わん。
わずかに震える、かすれた声。
ぞくり、と肌が粟立つ。腹の奥が熱くなる。
あの日の高揚感が、忘れられない。
「嫌だ」
その声は震えていたが、はっきりと拒絶した。俺はイラつき、つま先にさっきよりも力を入れた。お前が小さくうめいて、身体を屈める。
「お前は選択できる立場じゃねーだろ」
握り締めた両手で、俺の足を払えばいいだけなのに、お前はそれをしない。俺に逆らうことが恐いのか? そのあとの報復が恐いのか?
俺はお前の髪をつかんで顔を近づけた。目は赤くなっていて、かすかに潤み始めていた。
「嫌、だ」
その目で俺を見、もう一度言った。
そのでかい身体は何のためにあるんだ?
俺は前髪をつかんだままにやりと笑う。
「鳴けって」
つま先に体重をかけたら、お前が痛みに堪えるように身体を丸めようとした。だからつかんでいた髪を強く引っ張り、顔を上げさせた。その顔を見下ろしながら、待った。じりじりとつま先に力を入れ、お前の目が涙で滲む。俺は目をそらさない。
ようやく、諦めたようにお前が鳴いた。
「わん」
背中にぞくりと快感が走る。まるでしびれるように、全で気が流れるように、頭のてっぺんまで震えた。
お前はもう泣き出していて、俺が顔を下ろせないように固定しているせいで、情けないくらいぼろぼろと涙をこぼして俺を見ていた。
ははは、と笑いがもれた。
それは止まらず、お前の泣き顔にますます身体が震える。
俺はつま先を外し、一瞬ほっとしたような顔をしたお前に噛み付くようにキスをした。つかんでいた髪から手を離し、そのまま顔をつかんだ。逃げられないように、もう片方の手も同じように頬に伸ばし、がっしりと固定した。
息は荒く、薄く目を開くと、お前が戸惑うような顔をしていた。
俺は目を閉じ、そのまま角度を変えながらお前の口内をしゃぶり尽くす。
泣いていたお前が何度も、息を吸い込むために俺から逃れようとした。膝の上で握り締めていたはずの両手が、俺の両手を外そうとした。
「逃がすかよ」
唇を離してそう言った俺を、息を切らせたお前が呆然と見ていた。
「どうして──」
涙はまだ頬を伝っていた。お前の顔をつかんでいる俺の手もびしょ濡れだ。
ぺろりとその涙を舐めると、しょっぱかった。その瞬間びくりと震えたお前に、ますます欲情する。
お前はまだ俺を見ている。
見ろ。もっと見ろ。
俺以外に何も見るな。
俺は再び顔を近づけ、薄く開いたお前の唇に舌をねじ込む。
初めから、お前のその目にやられていた。
不安そうに、怯えたように、俺の顔色を窺う、その目に。
鳴け。俺のために。
震えた声で、かすれた声で、屈辱に満ちた顔で。
「なぁ」
俺は口の端から溢れた唾液を舐める。
「もっと鳴け」
お前の表情は、まだ戸惑いを隠せない。欲情する俺をどうしていいか分からない。怯えながら、それでも昂ぶる俺を突き放せない。
俺はお前の顔をつかんでいた両手を下ろし、お前の首にからませた。
もう止まらない。
抱きつく俺に、お前が鼻をすすって、もう一度、聞いた。
「どうして」
不安そうな響きはなくなっていた。その代わり、さっきからずっと、戸惑ってばかりいる。
お前の泣き顔も、震える声も、すべてが俺の感情を揺さぶる。
ひれ伏すお前の姿に、身体中が震える。
教室の端と端。お前の視線をいつも感じる。
窺うように、俺を見る。
「もっと見ろ。もっと鳴け」
「どうして」
「死ぬほど興奮する」
お前を脅すくらい簡単だ。服従させ、泣かせることも簡単だ。
お前が俺の身体を押し倒す。
目を上げると、お前の涙で濡れた赤い目が俺を見下ろしていた。
ぞくり。また、身体が震えた。
そのでかい身体で、どうしてされるがままになっていた?
俺の視線はいつの間にかお前に釘付けだ。
「一生お前を、縛ってやりたい」
俺は手を伸ばし、お前の頬に指先を滑らせた。
お前に屈辱を与えたい。
羞恥にさらしてやりたい。
その顔をゆがませてやりたい。
めちゃくちゃに。
「なぁ、鳴けよ」
俺は笑う。それは嘲笑。それとも自嘲?
俺の身体は熱を発し、お前の手に触れてほしいと全身で訴えていた。
早く。
唇が、声を出さずに動いた。
早く。
お前は俺を見下ろして、荒い息で、一声鳴いた。
わん。
全身がしびれた。もう感覚すら麻痺していた。
さあ早く、めちゃくちゃに。
その手で俺を抱いてくれ。
了
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