――遠く、遠く
きっと消失を目の当たりにした人間は皆、私と同じような状況に陥ったのだろう。騒ぎ立てることもできないほどの圧倒的な虚無感。あの人が消えた、だの、いなくなった、だの、言い方は山ほどあるけれど、そのどれもが言葉にしようとするだけで、あの時の記憶を掘り返し心の傷に塩を塗りこめる。
関係者以外の誰にも気に留められることなく、そして、関係者は誰もが忘れようとするほどの衝撃を与えるには、きっと「目の前で消してしまう」のが一番効率がいいのを、この世界は知っていた。
そして私は――消失に立ち会った人間は勿論ほかにもいただろうが、敢えて私だけの場合に限定して言うと――、世界の思惑通りになった。
あの日のことを思い出せるようになったのも、異様に揉まれて季節を越したからだ。人は慣れる。痛みにも、苦しみにも。それを抱えて生きていくことができないでも、それを忘れて生きていくことができる。そして、意図して忘れている事柄はいつだって、鮮明に、思い出すことができるものなのだ。
誰もいない、静まり返った街。
それはいつか夢で見た滅亡の光景と良く似ていて。
それどころか、瓜二つと言ってもいいくらいで。
むしろ、私が望んだ滅亡を、世界がかたちにしたのではないか、なんて考えるほどで。
ただ違うのは、振り返った視線の先、コンビニのケースの中で減っているのが、カフェオレではなくブラックコーヒーだということ。
私はこの状況よりも強く、妹との平穏な日々や、過去の人による変革を望んでいたのだ、なんて。
その事実だけが私の心を凪にする。
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