第6話 水たまり

・・・あの日は確か、やけに暑い日だった。


HR後の教室掃除も終わり、そろそろ

帰ろうかと思っていた頃。


―事件は起きた。


校舎の西側に、河谷のクラス、1-Aの教室がある。

その教室の反対側、東階段が、急に騒がしくなったのだ。


すると、その階段の方から走ってきた男子-中野が、震える声で言った。


「ヤ、ヤバいよ。

菅谷が血を流して倒れた・・・。」


―その場に、沈黙が流れる。


菅谷って、あの菅谷だろうか。

ケンカ常習犯で、たいていのことは

努力なしでこなすのに、性格が反吐が出るほど悪いと言われる、あの・・・。


「マジかよ・・・!?」


近くにいた男子が、驚いて声をあげる。

河谷も、声こそあげなかったが衝撃を受けた。


中野が、興奮した様子で話を続ける。


「俺、現場にいたんだけどな?

アイツ、殴られて階段に頭ぶつけて、

そのまま気絶したんだ・・・!」


「殴られた、って誰にだよ!?」


その次の言葉を、河谷は受け入れる

ことができなかった。


「―長谷川に、だ。」


それを聞くと、河谷は一目散に駆け出した。


―なぜだかは知らないが、長谷川絡みだと、じっとしていてはいけない気がするのだ。


「待て、河谷っ!!」


中野の声に、もどかしさを感じながらも急停止する。


「なんですか!!」


中野は言いにくそうに、でも、嘘ではないことを証明するかのように、

きっぱりと言った。


「・・・あのな。

長谷川は、菅谷が河谷の悪口を言ったことにキレて殴ったんだ。」


「え・・・っ!?」


あまりに驚きすぎて、表情が固まってしまった。


「・・・本当か。」

少しの間はあったが、中野は確かに

そう言った。

「ああ。」


―長谷川が、僕のせいで・・・。


「引き留めて、悪かったな。

言っておいた方がいいかな、って思って。」


「・・・ありがとう。」

震える声を必死に抑え、平静を装いながらも走る。


そうして、自分がいた三階を、西から東へ走っていき、二階へと駆け降りていく。


・・・しかし。

そこまで来て、足が止まってしまった。


階段の一段目と、その下に広がる、鉄くさくて赤い血。

洗面器をひっくりかえしたような、

信じられないほど大量の血。

その血に、菅谷が髪を濡らしている。


―そんな菅谷を、長谷川が怒りに身を震わせながらも、青い顔で見下ろしていた。

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