第43話 婚約指輪
ホテルの窓から差し込む光が、左手の薬指の指輪に反射してキラキラ輝く。
まさか、貰えるとは思っていなかったので、嬉しい。
だけど、今度は涙が出てくる。
「うっ、うっ」
「どうしたの?」
「だって、貰えると思ってなかったし……」
「それで、ひとつお願いがあるんだが…」
「えっ、何、何?」
「俺と結婚してくれないか?」
「もう結婚してるわ」
「こういう事はちゃんとしないと、後から『プロポーズされていない』なんて言われると何と言っていいものか分からないしね。
それに、『成り行きで結婚した』なんて、言われるのも嫌だろう」
「ホホホ、お義父さまみたい」
「それで、結婚してくれるのかい?」
「もちろんです。末永くよろしくお願いします」
私の目から涙が一筋零れ落ちるのが、自分でも分かった。
「あっ、折角お化粧したのに」
智さんのせいなのに。
「ほんとだ、もう『あなた』のせいですからね」
私はわざと「あなた」という言葉を強調する。
お化粧を直して、貰った指輪を左手にして結納会場に行く。
「彩、あなたどうしたの?」
母は私が泣いた事が分かったみたい。
私は黙って、左手の指輪を母に見せた。
「あら、良かったわね」
母も私が、婚約指輪を貰っていない事を気にかけてくれていたのかもしれない。
結納が終わったら、智さんのご両親が三鷹の家に泊まると言う。
でも、布団がないわ。
「では、私の家に泊まれば、いいじゃないかしら」
母が言ってくれた。
「いや、それはあまりにも迷惑な…」
「ううん、お布団もあるし大丈夫よ、でもあなたたちの分のお布団まではないわ」
智さんのご両親は、母の家に泊まる事になったので、私と智さんは翌朝、母の家に行く事にする。
翌朝、母の家に着くと、智さんのご両親はすっかり馴染んでいる。
「あらあら、朝は済ませたの?」
私は既にこの人の妻ですから、そこはしっかりやってます。
「ええ、彩が必ず作ってくれるので」
智さんが、ちゃんと言ってくれる。
「父さんたち、陽子さんに迷惑をかけていないだろうな」
「大丈夫よ。それに私もお父さん、お母さんが出来たみたいで楽しかった」
母が智さんのご両親に替わって答える。
母さんも普段はこの家で一人暮らしなので、話し相手が出来て、嬉しかったのかもしれない。
「それでね、今度、名古屋の家に泊まりに行く事になったから」
「「ええっ!」」
「あなたたちも一緒に行くでしょう?」
今度のお盆に帰省する時に、母も一緒に来るらしい。
智さんのご両親は、ゴールデンウィークの混まないうちに帰るらしく、二人で東京駅まで見送りに行く。
「智久、彩さんを泣かせるんじゃないぞ」
「そうよ、彩さんを泣かせると私が許しませんよ」
智さんの味方がいなくて可哀そう。
「ああ、分かっている」
「彩さん、智久が何か言ってきたら、直ぐに電話して来なさい。私の方から言ってやるから」
「そんな事はありません。主人は優しいですし」
妻だから「主人」って言うのは当たり前よね。
智さんのご両親を見送った私たちは、東京駅の地下街で食材を購入して、三鷹のマンションに戻った。
その電車の中で智さんが、結婚指輪の事を言ってきた。
結婚指輪は以前も智さんが「買おうか」と言ってくれたことがある。
でも、婚約指輪を貰ったので、直ぐでなくてもいい。結婚式の時に貰えればいい。
結納が終わると、普段の生活に戻る。
朝は、家を出るのは智さんの方が早く、私は後から出る。
帰りも私の方が早いので、私は、駅前のスーパーで食材を買ってきて、智さんが帰ってくるまでに夕食の支度をしている。
「彩、学生と主婦は大変じゃないか?」
「だって、学生の時間はあなたより短いし、最近は決められた授業だけ出ればいいから、結構自由も利くし」
「でも、友だちとか、どこか行こうって誘われるだろう」
「うん、たまに」
「そういう時は、遠慮する事なく行ってくればいい」
「ううん、いいの。家で、あなたの帰りを待っている方が、どきどきしてずっといい」
「合コンとかも誘われるんじゃないか」
「たまにね、この前なんか、医大生との合コンがあるから、来てっていうのもあったわ」
「そういう時はどうしているんだい」
「だって、結婚しているもの。ちゃんと断ってるわ」
私は女の喜びを知ってから、また変わったような気がする。
母も「お嫁に行って落ち着いてきたわ」なんて言ってくれる。
そんな日々を過ごしていたけど、既に梅雨が終わって、夏も過ぎようとしている。
今日から智さんはお盆休みになるので、東京駅で母と落ち合い、新幹線で智さんの実家に向かう。
だけど、母と智さんと私だと、どうしても両親と旅行する娘にしか見られないわ。
「三河安城を過ぎました。後10分程で名古屋に着きます」
新幹線の車内アナウンスが流れる。
「彩、起きて。もうすぐ名古屋だ」
「う、うん。あっ、こんなとこにデオンがある」
このショピングセンターを過ぎると、名古屋駅にはもう直ぐ到着する。
「ああ、こっちにもあるよ」
「ね、こっちにも来てみましょう」
「そんなの、どこも同じだよ」
「ちょっとずつ違うかもしれないわ、ね、お母さんもそう思うでしょう」
「そうね、興味はあるわね」
旦那さま、諦めなさい。
「仕方ない、親父に車を借りるか」
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