海の彼方

第20話 彼氏

「さて、次はどうしようか」

　食事を済ませて、杉山さんが私に聞いてきた。

「ちょっと歩きますけど、『港の見える丘公園』に、行ってみませんか？」

　やっぱり、デートと言えばここよね。早紀ちゃんも言っていたし。

　杉山さんは、歩いて行くもんだと思っているかもしれないけど、近くからエレベータやエスカレータがあって、簡単に行けるという事を友だちから聞いて知っている。

「彩ちゃん、詳しいな」

「ええ、横浜から通っている生徒が居るので、聞いて知っていたんです」

「彼氏とかと一緒に来たんじゃないのか？」

　杉山さんが、やきもちを焼いてくれているのだろうか。

「私、彼氏いない歴21年です。でも、最近終わりましたけど」

「へー。その彼氏というのが、羨ましいな」

「もう」

　直ぐに意地悪な事を言うから、ちょっとこっちも意地悪をしてやる。

「痛い、痛い」

「そんな事を言うからです」

「あー、はいはい」

「『はい、はい』じゃありません」

　私は杉山さんを後ろから押した。

　港の見える丘公園に着くと、意外や意外、薔薇があちこちにある。

　薔薇の季節って、いつだっけ？

　なんだか、季節に関係なく咲いている花もあるけど、あれは薔薇なのだろうか。

　山下公園と同じようにカップルや観光客が多い。中には外国人もいるけど、外国人はここ横浜に似合っている。

　私はその中のひとつの花を見つめた。

「彩ちゃん、そのまま」

　杉山さんがスマホを取り出して、花と私の写真を撮って、見せてくれる。

「ほら、どう？」

「へー、私ですか。なんかいい感じです」

　これが私って感じの写真が撮れている。

　これを杉山さんの壁紙にするのかな？

　ちょっと嬉しいけど、恥ずかしい気持ちもする。

「今度は二人で撮りましょう」

　私はスマホを取り出して、左手は杉山さんに絡めて、右手で自撮りするように手を伸ばす。

「はい、チーズ」

　撮った写真を見るけど、やっぱり親子って感じが拭えないわ。

　でも、折角なので腕を組んだまま、公園内を散策しちゃおうかな。

「そろそろ帰ろうか」

　時計を見ると3時を差している。

「そうですね、このまま渋谷に出ますか？」

　このまま近くの駅から、渋谷に向かうのはどうだろう。

「そうするか」

　今日は楽しかった。だけど、その反面、帰る電車の中はしんみりとなってしまう。

「どうかした？」

「いえ、このまま帰ると土曜日も終わりかなと思って」

「次は渋谷です」

　杉山さんもあまり、話しかけてこなかった。

　杉山さんは何を考えていたのだろう。

　渋谷で、乗り換えて新宿に向かう。

「新宿で食べて行こうか？」

「でもお昼が遅かったから、お腹はまだ空いてません。夕食は私が作りますから、家で食べましょう」

「いや、彩ちゃんばかり働いて貰って悪い」

「そんな事ないです。杉山さんが美味しいってくれるので、やる気が出ますし」

「それじゃ、このまま、三鷹まで行って、近くのスーパーで食材を買って帰ろうか」

　新宿で中央線に乗り換えると、なんだかとても眠い。

　杉山さんの肩にもたれ掛かると、意識が遠くなる。

「まもなく、三鷹です」

「彩ちゃん、そろそろ着くよ」

「あっ。すいません、寝てしまって」

「お疲れのようだね。このまま帰って寝るか？」

「いえ、大丈夫です」

「家からスーパーも遠くないし、まだ早いから一旦帰ろうか」

「ええ、そうします」

　マンションに着くと、今までの疲れが出てきた。

　思えば横浜は昼食以外は、ずっと歩き通しだったから、さすがに身体は疲れているのかもしれない。

　杉山さんはバスローブを出してきて、私に渡してくれた。

「前のやつで申し訳ないが、それに着替えて眠るといい」

「はい、そうします」

　あまりにも眠かった私は、お言葉に甘えて、寝室で寝る事にした。

　意識が遠くなると、ぼんやりとした中にお父さんが見える。

　お父さんがこっちを見ているけど、顔は杉山さんの顔だ。

　お父さんが、両手を出して私を抱えてくれた。

　私も「きゃ、きゃ」と言って楽しそうで、その横にはお母さんが私たちを見ている。

「お父さん抱っこ」

　お父さんが、私を抱っこして、お母さんの所に歩いていく。

　私はお父さんの首に手を回して、しっかりと抱きついている。

　お父さんの体温が暖かい。

　でも、お父さんは私をお母さんに預けると、どこかへ行ってしまう。

「お父さん、お父さん」

　私は泣いている。

　その時、私は目を覚ました。夢だったんだ。

　目を覚ました先には、杉山さんの顔があった。

「あ、おはよう」

　杉山さんが言う。

　でも、私はそれには答えずに、布団から両手を出すと、行ってしまったお父さんの方へ伸ばしすようにした。

　伸ばした両手を杉山さんの首に巻き付けると、お父さんを行かせないように引き寄せる。

　杉山さんが私の方に近づいてきた。

　私の唇と杉山さんの唇が重なる。

　私は今、杉山さんと口付けをしている。そう、これはお父さんじゃない。杉山さんだ。

　頭では分かっている。今、すごく素敵な時間を経験している。

　どれだけの時間が過ぎたのだろう。

　杉山さんは私から離れた。

「へへ、しちゃった」

　うん、しちゃったよね。自分にも言い聞かせる。

「もう、起きなさい。夕食にしよう」

　顔が赤くなった杉山さんが、私から目を逸らしながら言う。