第21話 意地悪

「疲れているようだから、外に食べに行こう。今から作っても遅くなるだろう」

「すみません。そうします」

 私はバスローブから着替えて、二人で駅前のファミリーレストランに行く。

「明日は、用事があるので、来る事はできません」

 早紀ちゃんと真利子ちゃんに買い物に誘われている。前から約束をしていたので、今更断れないから仕方ない。

「ああ、いいよ。毎週来るのは大変だろう」

 ううん、そんな事ない。

 杉山さんと一緒に居ると楽しい。ずっと、一緒に居たい。

 駅に着いたら、杉山さんはいつもの通り、改札で見送ってくれた。


 帰りの電車のシートに腰掛けて、自分の唇を触ってみる。

 さっき、口付けをしたよね。ここのところにまだ、彼の唇が残っている感触がする。

 彼はどんな思いで、口付けをしてくれたのだろう。

 私の事を愛してくれているよね。

 気まぐれではないよね。

 明日もしてくれるかな?

 でも、その先は?

 彼が口付けより先を求めてきたら、どうする?

 応じる方がいいの?それとも、このままの関係の方がいい?

 彼は何を考えているの?私の事をどう思っているの?

 今、私の頭の中は、杉山さんの事で、いっぱいになっている。

 「恋はするものじゃなく、落ちるもの」キザな言い方と思ったけど、今ならその言葉が良く分かる。


 そう考えると、居ても立っても居られない。

 スマホを取り出して、SNSでメッセージを送ってみる。

「今日もありがとうございました。ブレスレット大切にします」

 メッセージは既読になったが、返事はなかった。


 日曜日、新宿で早紀ちゃんたちと落ち合って、デパート巡りをする。

 女子が3人寄れば、あーだこーだと騒がしいけど、今の私は杉山さんに会えない寂しさがあって何だか、心が弾まない。

 休憩で入ったカフェで、早紀ちゃんが合コンの話をしてきた。


「それで、早慶大学から合コンを申し込まれているんだけど、行かない?」

「私はパスかな」

「えー、彩が来てくれると花があるのに」

「彩ちゃんが行かないなら、私もパスかな」

 真利子ちゃんもパスみたい。

「ねえ、彩って付き合っている人が居るの?」

 真利子ちゃんが、聞いてくる。

「えっ、ええ、まあね」

「そー、それってどんな人?」

「ねえ、どこで知り合ったの?

「ちょっと待って、私、昼から用があるから帰るね」

「あら、そう。彼氏によろしく」

 早紀ちゃんが、いたずらっぽく聞いてくる。

「そ、そんなんじゃないから」

 私はバッグを掴むと、自分の分の代金をテーブルに置いて、店を出た。

 ところで、この店って内税で良いんだよね。


「ピンポーン」

 早く、早く出て。

「はい、どちらさまでしょうか」

「彩です」

 開錠されたマンションの自動ドアを通ってエレベータに乗る。

「ピンポーン」

 今度は玄関の呼び鈴を押すと、玄関が開いて、杉山さんが顔を出した。


「遅くなりました」

「今日は来れないって、言ってなかったっけ?」

「ええ、友だちに買い物に誘われてたんですけど、お昼から別の約束があるからと、さよならして来ちゃいました」

「いいのか、友だちに悪いだろう」

「学校で謝るから大丈夫です。それより、昨日、夕食を作れなかったので、今日は作りますね」

「ああ、何を作るつもりなんだい?」

「ちらし寿司にしようかと思います」

「ちらし寿司って、ご飯にちらし寿司のタネを加えるやつ?」

「違います。ちゃんと作ります」

 私はそんな手抜きはしません。


「あっ、エプロンを持って来なかった」

「じゃ、材料を買うついでにエプロンも買おうか」

「えっ、いいんですか?」

「作って貰うんだ。それぐらいは必要経費だろう」

 二人で駅前のスーパーに出かけるけど、二人で歩くのが、こんなに楽しいなんて。

 駅前のスーパーに着くと、衣料品を売っているフロアに行く。


 衣料品売り場の中の、エプロンのコーナーに来た。

「これが可愛いいんじゃないか?」

 杉山さんが手にしているのは、見るからにフリルがついた、ゴージャス系の代表みたいなエプロン。

「それは実用性がないですよ。こっちの方がいいと思います」

 私が選んだのはシンプルなエプロンだった。


 エプロンを買って、階下の食料品売り場に行く。

 杉山さんが押しているカートを先導するように、私はカートの前を歩き、ちらし寿司の材料を入れていく。

 レジで杉山さんが代金を支払い、そのままスーパーの袋を持ってくれた。


 家に着くまで、今日の買い物の時や有名大学との合コンに誘われたけど、断った話をした。

「行ってくれば良かったのに」

「だって、合コンに行く必要性はないですから」

「その友だちからすれば、残念だったろうな」

「『彩が来てくれると花があるのに』と言ってましたけど。それと『彩って付き合っている人が居るの?』とも聞かれました」

「それで何と答えたの」

「『まあね』って答えました。そしたら、根掘り葉掘り聞くので、うっとうしくなって『他に用があるから』と言って帰ってきました」

「そりゃ、彩ちゃんの彼氏なら、俺だって聞きたいな」

「私の彼氏は大人だけど、すごい意地悪な人です」

「えー、意地悪か?」

「今だって、そんな事聞くじゃないですか」

「……」

「いいんです、私だって意地悪してやりますから」

「どんな意地悪をするんだい?」

「今日は帰りません」

「ええっー、それはまずいよ」

「嘘です」

「ああ、びっくりした。それはほんとに意地悪だな」

「もし、本当に帰らないと言ったらどうします?」

「君の親御さんに対して申し訳が立たない」

「また、人の事を先に考える」

「だってそうだ。みんなが自分の事だけ考え始めたら、窮屈な世界になってしまう」

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