第18話 説得
食事が終わって、テーブルを挟んで二人、コーヒーを飲んでいる。
「なあ、彩ちゃん、こんな関係は良くないと思うんだ。
男ヤモメの部屋に若い子が入り浸っていては、君にも悪い噂が立つだろうし…。
君も、もっと自分に合った人と付き合うのが、いいと思う」
「噂になっても構いません」
「俺だって、若い子を連れ込んでいると思われると、変態オヤジみたいに言われる」
「私は就職活動に来ている娘だという事に、すればいいじゃないですか?同じマンションの奥さんも言ってましたし」
「だが、やはり、他人の目は気をつけないと、それに君の親御さんだって…」
「父の事はいいです。お母さんは……」
「そうだ、お母さんを裏切ってはいけない」
「この前、泊ってから帰った時、母から『好きな人が居るの?』って聞かれました。私は『うん』とだけ答えました」
「……」
「母は『そう、素敵な人なのね』と言ってくれました」
「……」
「私じゃ、だめですか?」
「だめな訳ないだろう」
「だったらどうして」
「君のお父さんと俺は同期だ。同い年なんだ。その娘に手を出したなんて知ったら、世間が非難するだろう」
「杉山さんは世間だとか、人の目とか、自分の事はどうでもいいんですか?」
「大人になると自分の事より、世間の事を考えるようになるんだ」
「そんなの分かりません。まず、自分が幸せになる事を考えるんじゃないんですか」
「それだけじゃないと言う事だ。今日はもう帰りなさい。それとここには来ない方がいい」
「また、神宮のイチョウ並木に連れて行ってくれると、約束してくれました。それは、嘘だったんですか?」
「嘘じゃない。その時期になったら連れて行こう」
「それまでは…?それまでは、どうすればいいんですか?」
「それまでは、会わないようにしよう」
「納得できません」
私は悲しくなった。自分でも不思議なくらい泣いている。
「泣かないでくれるか。泣かれると、男として困る」
「泣かしたのは誰です」
「……」
「分かった、この問題は来週話そう。それでどうだ」
「えっ、それって来週も来ていいって事ですよね」
「いや、問題を先送りにした、という事だ」
「分かりました、その案で手を打ちます」
ちょっとは押し返したかもしれない。ここは女の意地にかけても譲れない。
ちょっと安心してきたら、何だか笑えてきた。
来週、来てもいいと言われたと解釈しよう。
泣き止んだ私を杉山さんは、駅まで送ってくれた。
来るなと言うなら、駅まで送るなんてしなきゃいいのに。
杉山さんだって、きっと心の中では来てほしいんだわ。
月曜日からは、彼のじゃまにならないように電車に乗っている時間帯を見計らって、SNSでメッセージを送る。
中身は大したことはなく、「おはようございます」だったり、「お仕事、がんばってください」だったり。
でも、既読にはなるんだけど、返事は返してくれない。
返事を返すと、別れられなくなると思っているのかな。
朝晩SNSを送っているのは私の方だけなのは、ちょっと寂しい。
そしてやっと、土曜日になった。
「ピンポーン」
ちょっと早かったかな。彼はまだ寝ているかもしれない。
玄関から顔を出した杉山さんは、部屋着のままで、髪は寝起きの格好だ。
やっぱり、寝ていたのね。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。早いな」
「えへへ、朝食を一緒に食べようと思って」
私は部屋に上がり、キッチンへ行って朝食の支度に取り掛かる。
メニューはいつもの通り、ハムエッグ、トースト、サラダにお味噌汁をつけた。
「味噌汁まで、作ったんだ」
「ええ、今日は時間があったので、作りました」
「うん、やっぱり美味いな」
「またまた~。ほんとに上手なんだから」
今日は、前から行ってみたかった横浜に誘ってみよう。
「今日は横浜に行ってみませんか」
杉山さんはちょっと思案していたけど、
「横浜…」
「ええ、中華街に行ってみたいかな」
結局、横浜に行く事になった。
移動中の電車の中で、杉山さんが聞いてきた。
「彩ちゃんは、うちの会社以外、どこを受けるつもりなんだい?」
「私はカーネル佐藤建設だけにします」
「内定は出たの?」
「ええ貰いました」
「そっか、なら再来年は、うちの新入社員か」
「杉山さんの部署を希望しようかな」
「うちは設計だから、事務職の採用はないなぁ」
「えっ、そうなんですか。なあんだ、残念」
「まあ、同じビル内ではあるけど」
「階が違うんですか?」
「違うな、総務部は2階だから、俺たち設計は5階だし」
「じゃ、なかなか顔を合わせませんね」
「そうだな、昼休みに社員食堂ぐらいかな」
「社員食堂が、あるんですか?」
「うん、9階にあるんだ。その上の10階は役員階だけど」
「お弁当とか、持って来てもいいんですか?」
「もちろんいいとも」
「じゃ、私が杉山さんの分まで作って、持って来ますね」
「いや、それは、いろんな意味で誤解になるから止めてくれ」
「ウフフ、冗談ですよ」
「本当は、持って来ようと思っていたんじゃないだろうな」
「うーん、そうしてほしければそうします」
「やっぱ、止めてくれ」
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