魔王使いノア

ぽん

第一章 不思議な夢

第1話 弓塚ノアとアイル=オズワルド


 誰にでも『忘れられない一日』ってのがあると思う。

 どうしようもなく強烈で衝撃的で――俺の場合よく夢にも出てくるんだ。

 何度も何度も……つーか今現在もあの時の夢を見ている。


 あれはたしか六年前の冬――俺は母ちゃんに殺されかけていた。


 まだ小学生だった頃……台所で母ちゃんのヘソクリを見つけた俺は、何の迷いもなくその金を使って友人たちと豪遊したんだ。駄菓子やゲームを買いまくって、バカ笑いしながらはしゃぎまわって……それはもう有頂天になっていた。


 この世の全てが自分の思うがまま……あの時の俺はまさに神であった。

 しかし、何事にも終わりは訪れる。


 母ちゃんにバレたのだ。


 夜……仕事から帰ってきて三十秒後に詰問された。

 友人たちはもう帰宅しており、一人でこの危機を脱しなければならなかった。


 最初はがんばってシラを切っていた。俺はやっていない、愛息子を信じてくれと涙ながらに訴えかけたりもした。

 しかし数分後……ベットの下に隠していた新作ゲーム機を発見され、無言でそれを突きつけられる。動かぬ証拠を前に俺は何の言い訳もできなくなる。

 

 殺人鬼のような不敵な笑みで一歩ずつ俺に近づいてくる母。

 いかん、このままではヤラれる……死にたくない……まだ生きたい……生きて色々なことをしてアホみたいに遊びたい…… 


 そんな無垢なる想いを胸に抱き、俺は最後の手段を選ぶ。

 鬼と化した母ちゃんから逃げ出すため、全力で家を飛び出したのだ。

 

「こんのバカ息子がぁああ!! 待てゴルアぁああ!!!」


「誰が待つかクソババァああ!!!」


「エステ代どうすんだああぁああ!!! 私のアンチエイジングがぁあああ!!!」


「キレイになっても見せる相手父ちゃんしかいねえだろうが!!!」


「別にいいでしょ~!!? パパにさえ褒めてもらえればいいの!! 私をじっくり見つめて『いつまでもキレイだね』って言ってもらいたいの!!!」


「無駄なんだよ無駄!! 父ちゃん乱視と近眼と老眼で視力終わってんじゃねーか!! つーか怒ると更にシワ増えんぞ!!」


「くぉんのクソがきゃあぁあぁあああ!!!」


 住宅街に魔獣の咆哮がこだまする。 

 悪魔のような表情で追ってくる母の姿を見て、とても同じ血が繋がっているとは思えなかった。ただの兼業主婦であるはずなのだが、あの時の母になら素手で全身を引き裂かれる自信があった。

 普通ならご近所さんからの助け舟(通報)があるもんだが、こんな騒ぎは日常茶飯事なので完全にスルーされていた。『ああ、また弓塚さんの所か』みたいな感じで。


 ……あ、そういやあの日は珍しく雪が降っていたな……逃走中は余裕なくてじっくり見る暇なかったけど……




「……はあ、はあ、何とか撒いたか」


 駅まで逃げて一息付く。足の速さには自信があったので、何とかこのリアル版鬼ごっこを制することができた。ただ残念なことに帰る家を失ったので、これからどうするか考えなければならなかった。

 友だちの……ひまりか勇介の家に潜伏するか……いやダメだ、確実にバレる。

 妙案を思いつくことが出来ず、俺は思わず天を仰ぐ。


「しばらくは野宿だな……ん?」

 

 冬山で一晩明かそうと決意した所で、俺は目にしてしまう。


「ううっ……ひっく……ぐすっ……」


 厚手のコートを着た女の子が泣いていた。

 俺と同い年くらいだろうか。サラサラの銀髪に雪みたいにキレイな白肌と紅い瞳……上手いこと表現できないが、とにかく可愛いの塊みたいな容姿だった。

 遠目からでも外国人だとハッキリわかったため一瞬迷ったが、とりあえず少女の方へと駆け寄った。


「おいおい、何泣いてんだお前。迷子か?」


「え……? うん。あなた、誰?」


 おっ、よかった日本語通じるな。


「俺はノア。弓塚ゆみづか希空のあだ。変な名前だろ? だから笑え。な?」


「ノア……え、そう? すごくいい名前だと思うけど」


「マジか。よくキラキラネームってからかわれるんだけどな……それで、お前の名前は?」


「私は……アイル……アイル=オズワルド」


「ふーん、アイルか……いい響きの名前だな」


「! ……えへへ、私の国の言葉で『翼』っていう意味があるの。パパとママからもらった大切な名前なんだよ」


 ひとまず褒めて泣き止ませることに成功する。

 不審者扱いされて叫ばれでもしたら終わっていたが、同じ背丈の子供同士ということで、警戒心はそれほどない様子だった。


「つーかアイルって外国人だろ? 日本語上手いな」


「ほんと? 私ね、日本大好きだからいっぱい勉強したの」


「そっかー……それでアイル、お前はどこから来たんだ?」


「んーとね……魔界」


「マカイ?」


 マカイ……魔界? 

 なんか暗黒世界みたいな名前の場所だけどまさかな。

 多分日本語を間違えて使ったんだろう。


「ふむ……親とこの街に来たのか?」


「ううん、従者のエリシアと来たの」


「じゅーしゃ?」


「お手伝いさんというか……家族というか……大切な人?」


「ふーん。で、エリシアって人はどこ行ったんだ?」


「わからないの……電気街を観光してて、魔界に帰ろうと思って歩いていたら『ここで待ってて下さい』って……それから突然消えちゃって……」


「マジか……」


「夕方からずっと待ってるんだけど、全然来なくて……ううっ」


 さっきまで笑っていたと思ったら、もう涙を目に浮かべている。


「だー泣くな。んーどうすっかなぁ。下手に探してエリシアって人とすれ違ったら困るし……一緒に待つか?」


「いいの?」


「おう、俺も丁度暇つぶししたかったんだ。テキトーにだべろうぜ」


「うん!」


 少し話していてわかったこと──それはアイルが大の日本アニメ好きということだった。

 うちの街の電気街には、アニメやゲームショップがたくさんある。わざわざ外国からこの街へ観光に来たってことは、それはもう筋金入りのヲタということだった。

 にわかではあるが俺もアニメやゲーム好きなので、とりあえず話は盛り上がった。


「アハハ、マジかよ……それで、アイルは何のアニメが一番好きなんだ?」


「そうだなあ……やっぱり『魔法ロボ☆マキアノギア』が面白かったかな!」


「おーマキノギな。まさか1話でヒロインが爆発して死ぬとは思わなかったな」


「こっぱみじんだったよね~。中々の衝撃映像だったよ」


「んですぐ巨大ロボに転生してさ……目からビーム出して敵を全滅させてさ……とんでもない展開だったな」


「でも感動する所もあったよ? 『こんな姿になっても私を愛してくれますか?』って機械のヒロインが恋人の主人公に」


「ありゃ正直無理だろって思ったぞ……ヒロイン思いっきり可愛さゼロのメカになってたしな」


「そうかな? 心が繋がってるなら姿形なんて関係ないと思うけどな」


「いやー、見た目って重要だと思うぞ?」


 現にアイルが小汚いおっさんだったら話しかけてなかったしな。

 アニメ話も程々に、今度は俺の近況について尋ねられる。


「ところでノアはどうしてこんな所にいるの? 子どもは夜になったらお家に帰るものじゃないの?」


「うーむ……普通はそうなんだけど、俺は今家出中だからな」


「い、家出!? 何で!?」


「おう、ちょっとしたお茶目で母ちゃんを怒らせちゃってな……今家に帰ったら拷問されたあげく殺されちまうんだ」


「ち、地上のお母さんって怒りで息子を殺しちゃうの? 魔界でもそんなこと滅多にないのに」


「ちじょう……? んーまあさすがにマジでぶっ殺されることはないと思うけど……それにしたって母ちゃんてうるさいよなぁ。アイルの所もそうだろ?」


「私の所? うーん……」


 少し考え込むアイル。

 言葉を選んでいる様子だったが、いい案を思いつくことができず正直に……少し困った表情で言葉を紡いでいく。


「えっと、私ね……ママいないんだ……」


「……は?」


「パパもいなくて……二人とも、私が生まれてすぐに死んじゃったから」


「……」


「だからママがうるさいってよくわかんないけど……やっぱり家族は仲良くするのが一番かなって思うよ」


 笑顔でそう答えるアイル。

 その表情は無理に作られたものだとすぐにわかった。

 いたたまれなくなった俺は目をそらし、下をうつむく。


「……なんか、ゴメンな」


「あ、謝らないでよ! ノアは私の家の事情なんて知ってるはずないんだし。気にしないでね?」


「……おう」


「それに私にはおじいちゃんとエリシアがいるから……パパとママの分も含めて私を優しく育ててくれたの」


「そっか……」


 少しの間沈黙が続く。

 言葉が出なかった。

 両親なんて、誰にでも当たり前のようにいるものだと思っていた。

 悪気はなかったとはいえ傷つけてしまったのではないかと、頭の中が混乱していた。


「フフッ、もしノアが悪いことしたんだったら、ちゃんとママさんに謝った方が良いと思うな」


「……ああ、そうだな。そうするよ」


「うん!」


 アイルの満面の笑みに俺も思わず笑ってしまう。

 俺は確信した。


 ――あ、こいつは良いやつだ――と。




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