チャプター11 The Dance of Eternity(前編)
「はあ……こりゃヤバイ……フラクチャー充填処理を開始」
ノブヨのエコーが溜息混じりに脳内で響くと、わたしの粉々になった腕が即座に粒子状から修復され、無尽蔵のダイヤと真珠でコーティングされた銃という銃が、好きなだけ撃てと、ビュッフェ形式に提供される。
「ヤバイじゃない! どうしてアイツもわたしと同じものを使ってるのよ! 銃型のミネラルウェアはわたしだけじゃなかったの!」
「はあ……それも理解不能です! でも、それだけ相手側のハル……インクルージョンが、手段を問わないのは十分、伝わってくるよ。クソ! クリベージバレットに切り替え、三時方向から……嘘……速すぎ」
真上の天井を突き破り、ブレザー制服姿のわたしが、がむしゃらに、腕から無数に生えた骸晶で出来ているような銃を撃ちまくり、わたしの手足を粉砕する。
ノブヨがすかさず、わたしを修復させ、ドレスの銃を用いて、ブレザーのわたしに向かって、色とりどりのチャートバレットを撃ち込む。
プローポーショングリッドが絶え間なく警告を続けるが、わたしはそれを無視して、ありったけの銃弾を喰らわせた。
こうなれば、根比べだった。互いが銃型のミネラルウェアならば、分かりきっていた事だが、撃たれても修復される肉体を互いに持っている以上、やる事は一つしかない。
「当たって砕けろだ。ノブヨ!」
「はあ……了解、前方に火力を集中。ぶっ放せ、ハル」
全身が鉄砲水を受けた感じだった。
身体が粉々に砕けながらも、ノブヨがわたしの肉体を繋ぎ止め、鉄砲水の元に向かって、銃弾を撃ち込み続ける。ありったけの弾丸を……。
「あっ……ダメ!」
ノブヨが叫ぶ。胸にぶら下げていたハジメのペアリングが、弾幕ごと吹き飛ばされたからだ。腕を伸ばして、それを拾おうとするが、間に合わない。そういえば似たような事が、以前にもあったなと、記憶がフラッシュバックしていた。
こんな弾幕のような、雨の日だった。
「別れよハル!」
目を覚ますと、豪雨の中だった。ソウギョクとナガツキに勝った……いや、彼女たちの一〇五を同期させた後、ノブヨとの合成も解除されて、裸のまま、わたしはノブヨと一緒に横になっていた。目の前に、ハジメとのペアリングが転がっていて、わたしはそれに手を伸ばそうとした。
「わたしと別れて! ハル!」
ハジメが何かを叫んでいた。わたしに向かって何かを。
「嘘よ……そんなのウソ」
ダイヤモンドのペアリングに手を伸ばすが、ソウギョクたちとの闘いのダメージが深いのか、身体が金縛りのように動かない。
「あっ……なんで」
やっと手の中にリングを掴んだかと思うと、それはわたしがハジメにあげた真珠のリングだった。
「それは返すよ……もう、それは……わたしのものじゃない」
ハジメのその一言だった。わたしの中で何かが弾けた。こんな……こんな、クソみたいな現実を認めないわたしの中で、何かが……。
「ハル」
「はあ……ハル……その姿……」
ハジメとノブヨが唖然とした顔をしていた。ふと、わたしはわたしの身体を見渡す。
え? どうして見渡すって言ったんだろう。雷鳴の稲光が、わたしを照らした。
そこには、わたしの裸の肉体などどこにも無く、ナメクジのような柔らかそうで、光沢のある無数で巨大な虹色に輝く何かが蠢いていたのだから。
「いや……なにこれ……わたし」
「ハル……大丈夫だから」
ハジメがわたしに近付いてくる。まるで、怯えて噛みついてくる犬をなだめるかのような眼差しをわたしに向けていた。恐怖に染まったハジメの瞳が、わたしをまるで……化物を見つめているかのように。やめて……ハジメ、そんな目でわたしを……。
「わたしを見ないでえええっ!」
わたしは思わずハジメを突き飛ばした。ゴムボールを投げるように、いとも容易く。わたしの意志に反して、手が、ナメクジのような腕が勝手に……ハジメを。
ボスッと、ゴルフ場の芝生に宙を舞ったハジメが地面に叩きつけれたのと同時に。
「ハアアアアアアアアアルッ!」
ノブヨがこれまで見たことも聞いたこともない剣幕と絶叫で、わたしに襲いかかる。無数のダイヤモンドの矢の弾幕と共に、わたしを貫こうとしたが、無数のナメクジの腕が貫通する矢尻を丸ごと、水の中へと沈み込むように飲み込んだのだ。その次の瞬間、わたしのプロポーショングリッドが裏返り、次にノブヨに対して何をするのかを、わたしに掲示した。
変な広告をクリックして、無数の広告が止め処なく現れる一昔前のパソコンの現象に似ていた。わたしのプロポーショングリッドの面が幾重にも重複しながら、層を成し、どの面もノブヨを中心に捉えていた。
フェザーアロー。網膜に表記された単語を見て、わたしは思わずノブヨに叫ぶ。
「逃げて! ノブヨ!」
「は」
遅かった。雨粒が瞬時にダイヤの矢尻へと相転移し、ノブヨが一瞬にして穴だらけとなる。
「ノブヨ! どうして!」
どうして……わたしは、こんな事をしているのだろうか。下半身を失い、地面に這いつくばりながら、倒れたハジメの方向へヨロヨロと進むノブヨに向かって、銃口を向けていた。
「いやだ……」と言いながら、銃口を外そうとしても、腕や肩から粘菌のように、枝分かれした無数のわたしの腕が伸びながら、銃口を抑えつけ、禍々しく虹色に発光し、腕の中から何かを撃ち放とうとしている。
「いやだ……いやよ……いやだ」
プロ―ポーショングリッドが、ノブヨとハジメをロックしていた。わたしはなすすべもなく、駄々をこねる子供のように、泣き叫ぶ。
「やめてえええええっ!」
右腕に重い物体が衝突したと思うと、わたしの腕が虹色の閃光を放ち、射線がノブヨやハジメを逸らし、遠くの方のゴルフ場のバンカーに着弾。その瞬間、轟音を立てながら畳をひっくり返したかのように、地面がブロック状に隆起し、爆炎を起こしながら噴火した。バンカーの砂地や、芝生、森の木々をそのまま彼方へと吹き飛ばし、シトシトと泥の雨を降らす。
「まったくー……なんて力なのよー」
「ううん。こんなのまだまだ生易しいほうだよ」
振り返ると、見慣れない燕尾服のようなスーツ姿のゴマスたちがそこにいた。たちというのは、ゴマスの像がボケていたからだ。それこそ、インクルージョンたちが常に行っている上書きそのもの、ゴマスが方解石越しから覗いたかのように、幾重にも分裂していた。その分裂している中に、タマゴタケのような髪型をした見知らぬ女性が紛れ込んでいた。
「わたしが見えるのね……はじめまして、ハルちゃんって呼んでもいい?」
彼女と目線が合ったかと思うと、ウィンクをしながら、わたしに歩み寄ってくる。点滅を繰り返すプロ―ポーショングリッドが、けたたましく警告を発し、わたしの腕が無尽蔵に枝分かれし、腕という腕から、ヌメヌメとした銃口が現れ、わたしの意思とは関係なしにゴマスに向かって発砲した。弾丸は、以前のような宝飾品のような放散虫の弾丸ではなく、ひっつき虫のようなトゲトゲした星の砂……有孔虫の殻のような弾丸へと変わっていた。
「見境ないわねー」
「和嶋さんが、コントロール出来ないだけじゃない。ハジメさんにフラれたショックからか、ミネラルウェアや一〇五自体が、この世……EIを拒絶しているのかもしれないね」
「まるでメンヘラ女が、振られた腹いせに刺してくるみたいだねー」
「規模もでかすぎるし、大迷惑なメンヘラよ。まあ、わたしたちが言えた義理は無いけどさ」
まるでわたしの銃撃をものともせず、ゴマスはスタスタと近寄る。まるで、霧か幽霊に撃っているかのようで、真珠の銃弾がゴマスの身体をすり抜けていく。
「ハルちゃんさあ……ほんとは、自覚してんでしょ? その力をコントロールできるのに、できないフリをしている」
心霊写真の背後霊のように、輪郭がボケながら佇む、タマゴタケ女がニヤケ顔をしながら、両手に金槌のようなものをクルクルと回していた。
「誰がタマゴタケ女だよ」
「え」
彼女の持つ手から、手品のように金槌が消えたかと思えば、わたしの両肩に虹色のイリデッセンスを発光させた金槌が、いつのまにか打ち込まれていた。打ち込まれた亀裂から、わたしのミネラルウェアが即座に修復を開始するが、金槌が何重にもブレながら、ヴンヴンと、歪んだギターの共振を起こしながら修復を妨害し、金槌がそのまま埋没していく。
「ミネラルウェアとは、無意識的願望を強化する器でもある。そもそも無意識ってなんだろうね。その醜い姿がハルちゃんの本当に望んでいた姿なの?」
ゴマスがヒョイと、わたしの両肩に足を乗せながら、ブレた金槌をわたしの頭上目掛けて振り下ろす。
「それがどうであれー、和嶋さんはとりあえず、その
さながらダルマ落としのように、ゴマスから金槌の一撃をお見舞いされると、ブチブチと音を立てながら、わたしの肉体とミネラルウェアとが無理矢理、吹っ飛ばされ、剥がされる。テヅルモヅルのような、枝のように別れた小さな触手の腕のクラスター(わたしの腕だと考えたくない)が、わたしを離さないといわんばかりに、絡め取りながら、掴もうとする。
「往生際が悪いわねー」
「ま、ハルちゃんらしいけどね」
ゴマスと名前の知らない女が、鼻歌と口笛でハミングしながら、金槌でわたしの巨大な四肢を、マシンガンのような怒涛の連打で、交互に叩きまくる。わたしはカルシウムの粉末を噴出させながら、クレーターの溝に叩きつけられる。そこから、わたしの意識が消し飛ばされ、目を覚ますと夢が始まった。
『メリークリスマス!』
ハジメとわたしがケーキのロウソクを吹き消したのと同時に、ヴィンテージのフィリポナのシャンパンで乾杯をする。
「ぷっはぁ! この為に生きてるわね!」
「ハル、オヤジ臭いよ」
ハジメはヤレヤレといった顔で、ケーキを切り分けながらシャンパンをチビチビと飲む。
「ごめんね、ハジメ。結局、今年もクリスマスだっていうのに、社内でやる事になっちゃって……」
狭い社内にある応接間という名の物置を簡単に片づけをして、ガラステーブルの上にコンビニで買ったフライドチキンと、四号サイズの小さなホールケーキを買い、わたしとハジメは、年末の忙しい合間を縫って、ささやかなクリスマスパーティを催していた。
「別にいいよ、この時期が宝飾業界のかきいれ時だからね。それに、職場で飲む酒は格別だし」
ハジメはいつも通りのローテンションで、タブレットを操作しながら、クリスマスソングを流す。その曲がAC/DCのミストレス・フォー・クリスマスなのは、相変わらずだ。
「うーん……クリスマスイブの夜に、美味いケーキに、高いシャンパン、ハードロックを聴きながら……これ以上の贅沢はないでしょ?」
「大袈裟な」
「大袈裟なもんか、おいでハル」
ハジメがシャンパングラスを片手に、社内の喫煙スペースとなっているベランダにわたしを連れ出す。
「うーっ寒い……」
ハジメはジッポーライターを取り出し、わたしのゴールデンバットに火をつけ、そのままわたしのタバコとでシガーキスをし、ハジメも火を灯す。
宝飾店などが閉まるのが早い御徒町は、都内でも比較的暗くなるのが早い。そんな薄闇の街をタバコを吹かし、二人で見下ろしていたら、ハジメは突然フフフと笑った。
「なにが可笑しいの?」
「ううん……昔の事を思い出したんだよ。わたしハルの至福点になりたいって話したよね?」
そのハジメの言葉を忘れる訳がない。わたしはゆっくりと、首を縦に振った。
「こうやってさ、別々の大学に進んで、就職したけど、なんだかんだ辞めて、一緒に会社を興して、イブの夜に二人っきりで街を見下ろしている。それでね、わたし気付いたんだよ」
ハジメがポケットから、小さな箱を取り出すと、それをわたしの目の前でゆっくりと開いた。
「っ!」
わたしは驚きのあまり声を失った。ハジメはダイヤを並べたベゼルセッティングのエタニティリングをわたしの前に差し出した。
「わたしがハルのじゃなくて、ハルもわたしにとっての至福点だった事にね……いや、点どころじゃないな……ハルはわたしの半分みたいなものなの。だからさハル……結婚しようよ。ハルもわたしの半分になってよ」
ハジメはいつものドライでクールな顔をどこかに捨てていて、顔を真っ赤にしながら、震える手でリングを握りながら、目をギューッと閉じていた。まるで、わたしがそのプロポーズを断る事を恐れるように。いつも、大きいなと思っていたハジメが、今日ばかりは、怯えている子犬のように小さく見えていた。そんな様のハジメを見ていたら、わたしは我慢できずに……。
「ぷっはは!」と、タバコの煙を一気に吐きだす。
「なに笑ってんだよ!」
ハジメは更に顔を真っ赤にしながら、わたしのに怒鳴る。
「ご、ごめんハジメ! 違うの……嬉しいのよ。わたしたちってさ、何も変わっていなんだよね」
そう……わたしたちは何も変わっていなかった。学生の頃から。ハジメと一緒にいれば何でも出来て、何でも産み出せる気がした。何を躊躇う必要があるのだろうか。だから、わたしはハジメのその告白の返事は勿論……。
「なによこれ」
わたしというか、二十七歳の和嶋治の中へ紛れ込んでいる意識である十七歳のわたし自身が、そんな事を言った。
「見せているのよ奴らが……インクルージョンがね、いずれこの時間も、この空間も、この光や色でさえも消失してしまうのだから」
空間がいつのまにか、結晶化されていた。婚約指輪を顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに差し出すハジメも、彫像のようにそのまま固まっていて動かない。
「あれを見て」
わたしが空に向かって指をさすと、満月の隣にポッカリと、黒い月のようなものが浮かんでいた。血走った瞳のように、黒い円の中心から、枝分かれした割れ目が浮き出ている。ルネ・マグリットの描く抽象的で非現実的な夜空のようだった。
「LDH……保守派のインクルージョンたちはレーザードリルホールと呼ばれる、EI内での不純物でありバグであるわたし、和嶋治を強制的に上書きを行う最後の処置を実行したわ。光……五次元光記録であるわたしたちを、フェムト秒レーザーで、一気に漂白しようとしているの。それは、過去、未来、そして現在のあなた、ハジメと過ごしたこの記憶でさえも、真っ白にしようとしている。EIそのものの
「ハーフ&ハーフ……ハードロック?」
わたしは嗤った。内なるわたしに向かって。
「ねえ、わたし……これは未来のわたしからの警告よ。ハジメを決して、諦めちゃ駄目だからね」
LDHからプウウウウウウウンッ! と、けたたましい汽笛のような音が鳴り出すと、割れ目の中から、長い……珊瑚のような枝分かれした長いスカートをはためかせながら、いや……あれはスカートというより、尾に近いものあろう。ほとんど、一〇五に飲み込まれた、裸となったわたしが、こちらへ信じられない速度で向かってくる。
「そんで、あれが、わたしの成れの果てであり、遥かな未来のわたしたち自身のクラスターよ! 覚悟は良い? 相転移を開始!」
プロポーショングリッドが一斉に起動した。ミネラルキーを脇腹に差し込み、肌の表皮が緑色に発光し、そのまま裏返ると、緑柱石状の肉体へと相転移し、巨大なエメラルドの大剣がわたしを貫いた瞬間、剣先から甲冑のような部位が飛び出て、そのまま、磁石のように装着される。
「ハル……その恰好」
いつのまにか、時間の結晶化が解除されていて、ハジメが大袈裟なコスプレめいたわたしの恰好を見て呆然としている。
「ハジメ……その返事はイエスよ。すべてが済んだら結婚しようね」
わたしはハジメをハグして、そのままキスをした。
わたしのクラスターは、一〇五によって禍々しく発光させながらチャージし、わたしとハジメに向かって発砲した。
プロポーショングリッドが瞬時に判断した。わたしは蜂の盾を羽ばたかせ、その光線に向かって放り投げ、光線を拡散させる。四方八方に飛散した光の筋が、東京の街に降り注ぎ、ビルや電車と道路をマグマのように融解させ、閃光が瞬くのと同時に爆発炎上した。
「マジかよ……」
夏のブロックバスターか、怪獣映画さながらの、冗談みたいな光景だった。いや……冗談みたいな光景など、いくらでも見てきたし、これからも反吐が出るくらい見ていくのであろう。
盾を呼び戻し、二射目のチャージに盾を構えたら、裸のわたしが瞬時に、ダイヤの矢によって、穴だらけとなる。
NNだ。
「NNだって?」と、何も知らない、(現在の)わたしは一人で突っ込む。
「ミチの粋な計らいよ。すべてのEIに派遣されているNNユニットは、こちらの味方になったわ。すべては、あなたの為にね」
一人のノブヨ……NNユニットが、わたしに近づく。
「ハジメが嫉妬しちゃうから、ライトにね」
そのままわたしとキスをして、NNのフラクチャーが同期され、エメラルドとダイヤモンドとのバイカラーユニットとなった。鎧の隅々に、幾何学模様のダイヤモンドの刺繍が編み込まれたシルクインクルージョンが施され、ルネサンス期の技巧的芸術品のような鎧へと変化した。
「毎度、一方的にやられている訳じゃないからね! アラサーをなめんな!」
第二射が放たれた。ダイヤとエメラルドの盾が扇状に展開され分離される。光線をそのまま受け止め、そのまま乱反射された光線を屈折させたまま、盾が折り紙のように折りたんでいき、光線を集束させた。
「わたしからのクリスマスプレゼントよ! 熱いうちに召し上がりな!」
折り紙となった盾の谷折り部分に、エメラルドの剣を差し込み、それを思いっきりぶん回し、光線を放つわたし自身にそのまま、光線を反射させた。
裸のわたしが甲高い悲鳴を発し、別の射出口から、三射、四射の光線がわたしに続けて放たれる。さすがに、二射同時は避けられない。
「遅いよ!」
わたしが怒鳴ると、複数のNNたちが、空間の裂け目から蝶の羽を広げながら現れ、ダイヤモンドの盾を複数に展開し、放たれた光線を一気に受け止める。
光線が幾重にも拡散され続け、光の荒波のようだった。眼下の東京の街も光の洪水に巻き込まれ、流され、燃えて、砕けて、舞って、散った。プロポーズをしていたハジメは大丈夫だろうかと、光線に耐えながら、そのことばかり気にしている。
「ハジメは大丈夫。ゴマス……こちら側のインクルージョンたちが、わたし同士の小競り合い程度だったら、とっくに処理しているらしい」
「程度って、この状況でどうしてそんな悠長な事言っているのよ!」
光線の圧と熱が強すぎて、鉄筋コンクリートの床を貫き、オフィスビルを破壊し、首都高速を薙ぎ払いながら、わたしとNNたちは、その光を何とかして抑え込もうと必死だった。光の壁にこのまま圧し潰されそうだ。
「さすがにやられるだけっていうのも、わたしの性分じゃない……んだよっと!」
わたしの背中から、ダイヤモンドとエメラルドが幾何学模様に編み込まれた巨大な蜂の羽が展開される。受け止めている光線に匹敵するくらいに、まばゆい光を放っていた。
「トムフォードのサングラスが欲しくなっちゃったよ」
受け止めいた盾をNNと同時に股下へと受け流し、光線の外側に飛び出す。わたしたちは一気に、そのまま飛翔しながら、裸のわたしの元へと飛んでいく。すかさず、無尽蔵の光線が放たれるが、一人のNNがドロリと黄色のような液体にへと溶け出し、光線を受け止めたかと思うと、液体がそのまま光線を屈折させた。液体へと相転移したNNは、宝石を鑑別するときに用いる屈折計の液体のようだ。
「おい! ゲーミングPC野郎! 下品な色しやがって! そのままお返しするぞ!」
再び反射させた光線の剣を裸のわたしに浴びせ続ける。互いの光線を押し続ける……相撲の様相を呈していた。
別のNNたちが巨大なダイヤの弓による長距離射撃を行うと、光線を吐き続けた裸のわたしがグラつく。
「そっこだあああなああっ!」
その隙を見て、わたしが絶叫した。反射させているダイヤの盾を切り離しそのまま、一点突破を図る。光線の熱によって、剣が溶けだすが、それでもわたしは……。
「それでも、構わうものかっ!」
光線を放つ触手ごと貫き、わたしは裸のわたしから虹色に輝く、鉱物……一〇五を奪われた。
……奪われただって? じゃあ、わたしは……。
「おいおい……やっと気が付いたのかよ」
一〇五を手に持つわたしは、わたしに向かって話しかけている。光線を放ち続けていたのはわたし自身だったのだ。
「なに、パーティは始まったばかりよ。これが最後だと思わないでよね」
突然、わたしの視界が宙を舞う。十年後のわたしが、エメラルドの剣でわたしの首をはねたのだろう。ハジメの足元へわたしの首が転がり、ハジメと目が合ってしまう。
どうしたんだろう、生首だけとなったわたしを見つめるハジメの眼差しは、さっきまでとはまるで別人のように、とても厳しく、まるで……。
「ハジメ……そんな目でわたしを見ないで」
壇上に立つ、ハジメがわたしを睨んでいた。いつもの目つきの悪さのせいだけじゃなく、本気でわたしのことを「嫌い」という意思表示で、わたしの事を睨めつけていたのだ。
「わたし自身も写真部の部長を勤めながら、数少ない後輩である部員が、このような名誉ある写真の賞を頂き、大変光栄な事だと思っています」
講堂にて、月一で行われる定例全校集会。部活動で何らかの成果を表彰する場なのだが、ここまでわたしにとって、苦痛だと思える表彰式は初めてだった。
わたしが無断で公募に出した、ハジメが撮った写真が入賞し、こうして生徒会長の立場として、ハジメを表彰しているのだが、壇上に上がったハジメは、観客のほうではなく、ただただ……わたしをジーッと、怒りと呆れに満ちた眼差しで、わたしのことを、ずっと睨めつけていたのだ。
「わ、わたしも……生徒の代表である、生徒会長として……ハ……鈴木一さんを模範とし……」
「言いたいことはそれだけか」
突然、ハジメがそんな事を言い放つ。正確には、わたしのプロポーショングリッドが、強制的に起動し、ハジメがボソッと言った声をそのまま拾い上げた。
ハジメがあの時と……軽蔑に満ちた化け物を見ているような目で、わたしを。
「……ヨシミ、後はお願い」
「へっ? ちょっとハル?」
司会役をヨシミに託して、わたしは、ざわつく生徒と教職員を横目にトイレへと駆け込み、そのまま便器へ、今朝食べたフレンチトーストを吐き出す。
「……」
生徒会室がこんな重苦しい雰囲気に包まれているのは恐らく初めてかもしれない。
村雨祭……クリスマスの時期も近くなり、生徒会で請け負う仕事も伏姫祭ほどではないが、やる事も多くなり、ハジメとノブヨも手伝ってくれてはいるが、なにせハジメの態度が冷たくなり、それに対して気を使ってくれるのか気まずいのか、ノブヨとヨシミが、妙に明るく振る舞っている気がした。
「じゃあ、中島さんも村雨祭のダンスの合同練習を参加してるっていうの?」
「はあ……悪いですか? こう見えても、先生から筋は良いって誉められているんですよ」
「そっか……わたしらも、生徒会として、フリとはいえ参加が義務だからね、いっそのことわたしも鈴木さんとペアで参加しようかなー……なんてね、ハル」
ヨシミが、冗談半分でわたしに話を振ってくるが、とてもじゃないが、そんな気分ではなかった。
「いいじゃないの? ハジメは運動音痴だから、ヨシミがちゃんと、サポートしてあげないと、ドレスの裾を踏んじゃうから気を付けなさい……よ」
わたしは、チラッとハジメを見た。
「上舘先輩、ここの箇所、集計間違えてますよ。修正をお願いします」
「……」
ハジメはわたしを無視して、ノートパソコンのキーボードを打ち続ける。エンターとスペースキーを強く叩く音が、生徒会室に響き渡る。
ガタン! と、大げさにヨシミが立ち上がり、「ちょっと、喉が渇かない?」と、眉間にシワを寄せながら、わたしを生徒会室から少し離れた進路相談室に連れ出す。
「鈴木さんと、なにがあったのか説明して」
部屋のドアを閉めた瞬間、ヨシミは開口一番わたしに詰め寄る。隠してもしょうがないので、インクルージョン以外の事を、わたしが勝手にハジメの写真を公募に出した事など、洗いざらいヨシミに告白した。
「はあっ……」
ノブヨの口調のような溜息を吐いたヨシミは、パイプ椅子に座り、うなだれる。
「要は、このくっっっだらない! 喧嘩は、ハル、あんたが原因って訳なんだな」
もちろん、それだけじゃないのだが、ハジメがわたしと別れたいといった引き金の一つには間違いないであろう。
「すぐに謝れ」
「……分かってる」
それは分かっていた。謝れば済めばだ。写真の事だけではない、わたしの中で眠る一○五の恐ろしい可能性。ゴマス側のインクルージョンたちの本当の目的、わたしの本性……これ以上、ハジメを巻き込みたくない。という引け目が、わたしに躊躇いを生んでいたのだ。
「また別の事、考えていたんだな? ……ハルと鈴木さんが何か、わたしに隠しごとをしているのは知ってるけどさ」
「えっ?」
思わず、インクルージョンたちの上書きが完全じゃないのが意外だと思ったが、よくよく考えてみたらノブヨとハジメたちと一緒にいて、それを察しないほど、ヨシミはそんなに鈍くはないだろう。
「なんの事情があるのかは知らないけどハル、喧嘩とか別れるきっかけっていうのは、いきなりじゃなくて、どんどん積み重なった結果なの。自分の行いを省みない悪循環の積み重ね……ひとつずつ消していかないと、それに生き埋めにされるよ」
「それは、経験で言っているの?」
ヨシミは真っ直ぐな瞳で、顔を縦に振った。
「そう……だから、埋もれていたわたしをハルは救ってくれたのよ。ズブズブと半身が底なし沼に沈んでいたわたしをね、ハルは引き上げてくれたの。実質わたしの半分はね、ハルによって出来ていると思ってるし、ハルと鈴木さんも、それぞれ半分で出来ていると思うんだ」
十年後のハジメも同じような事を言っていた。わたしとハジメは半分で出来ている。
けれど、わたしにとってのハジメとは何だろうか……ハジメに嫌われてる今、その答えも分からなってきた。いや……いっそこのまま、ハジメに嫌われたままのほうが、彼女にとって幸せなのかもしれない。例え他のEI、五十六億七千万のわたしの分身すべてが、ハジメを愛していてもだ。
「ねえ……ハル」
進路相談室から出る際、ヨシミが振り向き、わたしに尋ねた。
「あなた……鈴木さんを……本当に愛しているの?」
わたしはその質問に答えらず、部屋の電気を消した。
ロウソクの炎を吹き消した。ミチは一本だけ残っている炎を中々、吹き消すことができず、わたしとミチは一緒にそれを吹き消す。
「クリスマスおめでとう! ハル!」
「メリークリスマス! ミチ!」
部屋を明るくしようと思ったが、電気が通っていない事を思い出して、ペットボトルの側に置いたLEDのライトを灯す。
互いの顔が認識できるくらいの明るさになったら、わたしは恥ずかしながら、ミチの顔へ微笑み、ミチもはにかんだ笑顔で答える。
崩落した業務用スーパーから何とか、原型を留めていたスポンジケーキを救出し、ギリギリ使えそうな生クリームと果物の缶詰で、ミチと一緒に作った即席かつ、不格好なクリスマスケーキであったが、これまでわたしが食べたケーキの中で、もっとも、この世で一番美味しく、幸福になれる甘さだった。
プレゼント交換をしようと、派手な包装紙でラッピングした箱を互いに渡して、そのまま開けると中から、フェルトで作られたお手製の熊のぬいぐるみが出てきた。見た目といい、以前ミチがくれたプルートという名の、テディベアにソックリだ。ぬいぐるみにチェーンが通されていて、いつでも首からぶら下げれるようになっていた。
「……ありがとうミチ。これでいつでも、プルートと一緒にいられるよ」
エヘヘと照れながら、ミチもわたしが渡したプレゼントを開封すると、シルバー製の小熊がチョコンと座っている髪留めが出てきて、ミチはすぐにそれを自分の髪に付けてみせた。
「すごく似合うよ、ミチ」
「ほんと、嬉しいな! 同じ熊のプレゼントなのも、もっと嬉しいけどね!」
わたしたちは、薄暗い部屋の中で、お互いに望んでいた瞬間を享受していた。ひとつ屋根の下……たとえそれがかりそめのクリスマスだとしても、わたしとミチはそれで充分だった。
どこからか、汽笛が鳴り出したかと思えば、いつのまにか月にポッカリと
「どうやら、ケーキはお預けのようね」
ミチはプロポーショングリッドの瞳をギラギラさせながら、ダイヤのマントを広げる。
「せっかく二人だけで楽しんでいたのに、こういうのって、馬に蹴られて死ねっていうんだよな……相転移を開始」
わたしも、ミネラルキー差し込み、ルビーの着物のフラクチャー姿となる。
「蹴ってやろうよ」と、ミチ。
「うん、蹴り壊してやるよ」と、わたし。
わたしとミチはキスをした。何度もこれを繰り返しているが、わたしとミチが一つになる瞬間や至副感は病みつきになりそうだ。
「バイカラーユニットへの相転移を完了……って、ハル!」
わたしは我慢できずに、ケーキをルビーの斧でヒョイとすくい上げて、口に放り込もうとした。二人で一つのケーキを食べれば、実質、独り占めじゃんと思いながら。
業を煮やした裸のわたしが、触手から光線を機銃のように連射し、わたしとミチがつつましく祝っていた二十階建てのマンションを瞬時に、粉々に吹き飛ばす。
ケーキと一緒に吹き飛ばされながら、空中でそれを何としても、食べようとジタバタしていたら、ミチがダイヤの羽織でわたしの頭を殴りつける。
「いいかげんにしてよハル!」
「だって、もったいじゃない!」
目の前に禍々しい輝きを放つプロポーショングリッドの瞳が突然現れた。
「えっと、ちょっと……タンマ?」
虹色の触手から無尽蔵の光線が放たれる。視界が一瞬で真っ白になり、プロポーショングリッドが警告を発する暇もないほどだ。
やはり、たいしたことないなと、肩をすくめていた裸のわたしは、その場を後にしようとしたら、妙な違和感に気が付いた。当たり前だ。今さっき灰にしたわたしの亡骸から一○五が無いのだから。
「タンマって言ったでしょ?」
裸のわたしの肉体が、穴だらけとなり、粉々になる。一○五が修復をすぐさま開始するが、間髪入れずに、十歳のわたしは発砲を続けた。アンスラックス……キモノフラクチャーの無尽蔵に伸び続けている菌糸が、瓦礫の隙間や建物の窓側に配置された数々の対戦車ライフルに繋がれていて、それをミチと合成されたハルが、一人でそれを全て操りながら、引き金を引き続けた。
無尽蔵の弾丸が、絶え間なく裸のわたしを貫き続け、弾丸の光跡がレーザービームのようになりながら、色とりどりの光のショーのようだ。
キイインという悲鳴にも似たチャージ音、枝分かれしたわたしの形成物が、触手の先端から、数々の光線を放ち、対戦車ライフルたちを薙ぎ払う。
「リクエストクリアランス。量子並列性プロポーショングリッドの同期を完了。視覚野のピントチェック良好。ミネラルウェア、オールチェンバーの一斉開放を確認。重火器全てオンライン。チェック……チェック&オールクリア。
「了解! これより
何度も言うし、これから何度も言うと思うが、冗談みたいな光景だった。瓦礫の中から巨大な人の手のようなものが突き出し、その掌に十歳のハルが、腕を組みながらせり上がってきた。頭にはテントウムシの丸い羽を模したヘルメット状のヘッドギアのようなものを被り、斑紋が絶え間なく動き続け、数えきれない目玉のようにも見える。
「うへぇ……気持ち悪いなコレ……背中やお尻に目玉が付いてるみたい……」
「わがまま言わないでよハル。それでも大分、わたしのほうでフィードバックさせたんだからね」
腕はグングン上昇しながら、その本体をコンクリートの衣を脱ぎ落とし、その正体を露にさせた。
それは、全身に巨大な、様々な種の花を咲かせた……いや、狂い咲いた顔の無い……花束の巨像だった。花の弁は、戦闘機の翼と戦艦の底と戦車のキャタピラによって彩られ、花柱と雄しべと雌しべは、軍艦の巨大な砲塔と多種多様な銃器がギュウギュウに密集していて、趣味の悪いスクラップアートのような仰々しい巨大ロボットのようだ。
「……おい、わたし。笑え……笑えよ! この化物」
即座に、裸のわたしから閃光を放ち続け、一瞬で巨大ロボが、光に飲み込まれた……が。
『ガン・ホー!』
金属同士が軋み合い、巨像の咆哮が空間を震わせた。光の中から巨大な花の蕾がヌッと飛び出し、花が開いた瞬間、巨大な戦艦の砲塔が、裸のわたしを撃ち抜く、一発だけじゃない、数百の同時砲火によって、瞬く間に406ミリの巨大な砲弾が、裸のわたしに叩きつけられ、遥かな彼方に吹き飛ばされる。
「ハル!」
ミチが叫び、十歳のわたしが「わかってる!」と、応えた。
菊人形が腕を組みながら丸くなると、花の弁が無数に分割し、
爆発と爆音のイルミネーションが、瞬き、十歳のハルの周りに積み上げられていた瓦礫の上に、更に積み上げられていく。
「やったか? って言いたいところだけど、当然、これでお仕舞な訳ないよ……ね?」
大地を揺るがす、金属音の咆哮と共に、瓦礫の中から、黒く蠢くものたちが、マグマのようにドロドロと湧き出てきた。それは、分裂した1/1スケールのわたしのクラスターであり、泣き、笑い、怒り、叫び、憐れみ、絶望しながら、多種多様の年齢を伴うわたしの百面相のわたしたちが、百メートルを超える尖塔となって、そびえ立つ。
「おい……おいおいおい」
「わたしもハルと一緒に、色んなものを見てきたけどさ……あえて、言わせてもらうけど……冗談でしょ?」
粘土細工のように、わたしの集合体が服を脱ぐようにして、裏返ると、それは……巨大なわたしだった。十七歳の似姿を借りた巨大な裸のわたしだったのだ。呆然としている十歳のわたしを見下ろしながら、彼女はニチャアと笑い、巨大な足が、鋼鉄の菊人形を蹴り飛ばした。
「この野ろ……」
すぐさま巨大な体躯を踏ん張らせながら、砲弾を発射しようと構えた瞬間、目の前が眩い閃光に包まれた。追い討ちをかけるように、裸のわたしの口から、全てを焼き尽くさんばかりの光線が放たれる。歪な形と色を放つ一〇五同士が、軋み合い、甲高い笑い声に似た絶叫と共に菊人形に浴びせ続ける。
「臭えビーム吐いてんじゃねえよ!」
艦船の装甲を両腕に纏いながらガードをし、光線に耐えながら一気に裸のわたしの懐に入ると、右腕を思いっきり顔面目掛けてアッパーカットを繰り出す。それを左腕でガードをして、右腕でフックを仕掛ける。菊人形は、左膝と左肘でその右腕を挟み込んで、それを阻止した。それから……。
「いつかのお礼をしないと、ね!」
それから次に、わたしが何をするのか瞬時に判断した裸のわたしは、口を開き、光線を解き放とうとする。
「頭を使うんだよ!」
菊人形の顔の無い頭部を思いっきり、裸のわたしに向かって、思いっきり頭突きを喰らわせた。後方へ仰け反った瞬間、虚空へ巨大な光線を放つ。その光線を放つ喉元に向かって、巨大な砲塔の山々が、零距離で砲弾が射出された。
喉元が吹き飛び、放っていた光線が逆流しながら、巨大な裸のわたし諸共、誘爆し、ヒステリックな金属音と共に、粉々に吹き飛んだ。
「勝ったの……わたし?」
灰燼に帰したわたしの亡骸の雨が降りしきり、十歳のわたしと、ミチは呆然とそれを眺め続けた。
「ええ……やっと、やっと! わたしたち! 勝てたのよ!」
プロポーショングリッドが警告。瓦礫の山から、巨大なわたしの晒し首が、最後の足掻きで微弱な光線をチャージしていた。
「哀れな姿ね……せめて、引導を渡してあげる」
砲塔を向けた刹那、いきなり巨大なわたしの首が跳躍した。首から下が、ムカデのような長い胴体から無数の手足を生やし躍動させ、菊人形の腕から這い上がり、巨大な口で、十歳のわたしを嚙み砕きながら、そのまま光線を浴びせようとしていた。
「きゅ……窮鼠猫を噛むっていうけど……ほんとに噛まれれるなんてね……ミチ!」
「マジで……いいの?」
「構わない! やって!」
菊人形の手が変形し、両手でムカデの胴体を掴み、腹に手繰り寄せた。厳重そうに守られた花の弁がパージされて、一気に散るとその正体が、ヒマワリの種のようにギッシリと敷き詰められた小型核弾頭だった。
「いつか……インクルージョンは、ゴマスは一〇五を破壊したけりゃ、核爆弾でもぶつけないと駄目っていっていたよね?」
「止めろ!」と、聞き取れるような悲鳴を、十歳のわたしを咥えたまま絶叫した。
「いやだね。仮に、わたしからのお願いなんて死んでも御免よ」
一瞬で辺りの空間がドス白い閃光に包まれる。太陽の表面温度に近い、6000℃を超す熱線に当てられ、ダイヤモンドでコーティングされたミネラルウェアといえども、一瞬で炭となり、ボロボロに崩れ出す。一〇五で作られたわたしも一緒だ。ガワが消え失せ、巨大な一〇五を露にさせた。灰となり、肉体を失った十歳のわたしとミチは、もはや小さな一〇五だけとなっていたが、二人の魂による執念がそうさせたのか、一〇五ごと相転移を開始し、十歳のわたしの似姿となって、巨大な一〇五にしがみ付き……。
「やっと……やっと! 手に入れたぞ! わたし!」
衝撃波が一気に襲い掛かかり、わたしたちは一気に消し飛んだ。まるで、ロウソクの火を吹き消すように。
ロウソクの火がフッと消え去った。地震による停電で、村雨祭の準備に追われたわたしたち生徒会も、一時的に作業を中断していた。仕方なく、生徒会のメンバー全員で、防災用のロウソクを見つめるしかやる事が無くなっていたのだ。
「確か……ゴマスがライター持って行ったよな……ったく、あの重喫煙者」
「わ、わたしも探そうか?」
「いい」と、やけに強い語調でわたしに返答して、教室の扉を閉める。わたしは、唇を噛み、両手を思いっきりギュッと握りしめた。
「わたしも……後藤先生を探してくる」
ヨシミが、ハジメの後を追うように、教室から出ていく。……なんか、嫌な予感がする。
「一体、どういうつもり!」
案の定だった。ハジメとヨシミが口論していた。わたしは少し離れたところから、プロ―ポーショングリッドを用いて、可聴域を拡大化し、聞き耳を立てていた。
「だったら逆に聞きますけど、先輩は、本人の無許可で勝手に公募に出されて、それで出した人物が、わたしのお陰だと言わんばかりの態度だったらどうしますか?」
ああ……耳が痛い。
「そ、それは……分からない。けど……」
「けど?」
「わたしは嬉しいと思うよ。好きな人のお節介でさ……そういう事をして貰ったんだから」
「本人が出すなと言ってもですか?」
「そ、それは……」
「ふふ……優しんですね、先輩は」
「はあ? ……って、中島さんみたいな事を言っちゃったけど、わたしは別に優しくなんて……」
「ううん……上舘先輩はわたしなんかよりずっと優しいですよ。あの写真の件はきっかけに過ぎないんです。最悪、わたしはハル自身の為に、余計な気遣いをしているのかも。むしろ、わたしなんかいない方が、ハルの為になるんじゃないかなって思っている」
「……鈴木さん、あなた何を言っているの?」
ハジメは一体、何を言っているのだろう。
「先輩……好きな人の為に、その人の為に、その人を救う為に、本気を見せろって言われて、あえてその人を捨てるという事になったら、先輩はどうしますか?」
「えっ?」
え?
「優しくないわたしは、あえて彼女を捨てる選択をしたんです。これ以上、苦しむ彼女の顔を見たくないから……ねえ、そうでしょ? ハル?」
一瞬、盗み聞きをしているわたし自身に向けて言っていたのかと思った。しかし、ハジメが向けた声の先は、わたしとはまったく正反対の方角からだった。
プロポーショングリッドをリロードさせた。ハジメの目の前に、わたしがいた。別の学校の制服……ブレザー姿のわたしが……。
「ハル……どうして……その恰好……ひっ」
「さすが、先輩ですね……やっぱり、あれはハルじゃないって分かるんですね」
わたしは、ハジメの元へと駆け寄った。廊下の突き当りに、わたしと瓜二つ……まるで、同い年のわたしが、ラウンドブリリアントの瞳をキラキラさせながら、こっちへ歩み寄ってきた。
「あれが……最後の……最期の倒すべきわたし!」
「ハルが……ハルが二人?」
困惑しているヨシミは、首を左右に振りながら、ハジメに寄りかかる。
「これって……現実?」
「ええ……悪い夢ですよ。ごめんなさい! 先輩!」
ハジメが思いっきり、無人の教室の入り口に、ヨシミを押し飛ばし、扉を閉める。扉が完全に閉まるコンマ五秒の間、時間が停滞化し、ノブヨとゴマスが、わたしの傍に現れた。
「ノブヨを借りるけど……いいの?」
「いいわよー、どうせアイツは、保守派共が寄越した、最後の手段みたいなものだからねー。何を出してくるか分からない以上、こちらも手段をどうこう問う必要はないわー」
「はあ……ハル」
ノブヨがそっと、わたしの右手に手を添えた。まるで、社交ダンスにでも誘うかのように。
「いくよ……ノブヨ!」
「了解……相転移を開……あっ」
ノブヨの腕を思いっきり引っ張り、キスをした。刺し違えるような形で、ノブヨもキスをしながら、わたしの脇腹にミネラルキーを差し込み、相転移と合成化を音の速さで行う。相転移の途中から、彼女に向かって、ダイヤモンドでコーティングされた放散虫の弾丸を連射した。
威力が強すぎたのか、弾丸は彼女ごと貫き、背後のコンクリートの壁を貫き、破壊し、破片を撒き散らした。
「はあ? そんな……」
これまでの闘いなら、想定範囲だ。五十発以上もの着弾を確認しているが、彼女は傷一つもなく、笑っているのか怒っているのか分からない顔をしながら、制服のポケットに手を入れたまま、ジーっとこちらを眺めていた。ポケットに手を入れたまま?
「相転移して……いない? フラクチャーじゃないのに」
プロポーショングリッドがけたたましく警告を発した。スロットマシンのように、もう一人のわたしは、交互に多種多様な光と色を発しながら、瞳の模様を切り替えていく。
「はあ……はあ? あいつ……自分のミネラルウェアを自由に切り替えて……」
キラッと閃光が瞬く。後方へ跳躍し、ソレを避けるが、隣の校舎に巨大な大穴が開いたかと思えば、校舎の窓ガラスを割る程の爆発音が襲い掛かった。
「ハジメ!」
ガラス片にハジメが刺さると心配したわたしとノブヨは、ハジメの元へ向かおうとするが。
「駄目よぉ。よそ見なんかしちゃ」
ゾッとするくらいに、わたしと同じ声がしたかと思えば、目の前に見慣れた銃口がヌッと現れた。
「はあ……銃型のフラクチャー……銃弾は……まさか?」
「ソリタリーシェル?」
プロポーショングリッドがバーストした。発砲音一回だけなのにも関わらず、彼女から放たれた無秩序で無尽蔵の銃弾が、わたしの顔面目掛けて、貫こうとした。
「ノブヨ!」
「はあ……かってるよ!」
数千もの銃弾すべてをマルチロックさせた。腕が幾重にも枝分かれし、銃口が伸びる。文字通り、全身全霊を込めて、その弾を撃ち落とすが……あのクソったれ……間髪入れずに、銃弾を追加で連射していた。
右の脇腹がそのままえぐれたかと思えば、そのまま校舎の外へと吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされ、落ちながら、何となく……長い夜になりそうな気がした。長い夜に……。
「長い夜になりそうだな……」
いくら今日がクリスマスとはいえ、浮かれすぎたのかもしれない。なぜなら、こんな状況にも関わらず、ナガツキはサンタクロースの存在を未だに信じていたからだ。
一応、孫くらいの歳の差である年長者のわたしがどうするかといえば、幼いわたしが信じるサンタクロースになるしかなかった。
「ホッ……ホッホホッー! 君が和嶋治ちゃんだねー! クリスマスまでに良い子にしていたかなー?」
当たり前なのだが、幼い頃の自分に対して、自分がサンタクロースをやるというのは妙な気分になるものだ。まさかこんな形で、「クリスマス・キャロル」の未来の精霊役をやるようなハメになるとは思わなかった。
急場しのぎで、近くのディスカウントショップで手に入れた安っぽいサンタクロースの衣装であるが、ナガツキは嬉しそうにわたしにへと抱きつく。
「いい子にしていたハルちゃんのお願いを聞かせておくれ」
「ハル」の方の名前が嫌なのか、首を横に振るナガツキ。わたしはナガツキの頭を撫でる。
「ごめんね、ナガツキ……願いは何だい?」
ナガツキは虚空を指さす。プロポーショングリッドがけたたましく警告を発し、ラッパが鳴り響き、月に照らされたケルビン・ヘルムホルツ不安定性の雲の裂け目から、ドロドロの液体を垂れ流し、ヌッと一〇五の、イルミネーションを輝かせたわたしが現れた。
万単位の多層化した虚数空間まで追い込んで、上手くまいたと思ったが、さすがはわたしって訳、執念深いのは筋金入りか。点だったわたしの反応が、次々と増殖し続け、一気に面になっていく。おめおめ、ナガツキとクリスマスを祝う余裕すらない。
「まあ、言わずもがな……か、あいつらを残らず」
ナガツキは静かに頷いた。
「ああっ! ぶっ飛ばす!」
閃光が瞬き、わたしたちをドーム状に囲んでいたわたしの傀儡が、一斉に砲火を放つ。プロポーショングリッドが、真っ黒に染まる程の集中線がわたしとナガツキを突き刺そうとしていた。
「まったく……避ける暇もありゃしないな……NN」
ポツンとNNが、わたしたちの目の前に現れ、わたしと、ナガツキの手を交互に繋ぎ、ほっぺにキスをする。キスをした瞬間、四方八方を取り囲む光線がわたしたちを……貫く事を止めた。
「何が起きてるのか、分からないって顔してるな? お前たちもそんな顔ができるんだな」
光線が空間にそのまま停滞していた。蛍光管のように、無尽蔵のわたしたちが放った光線が、光のオブジェのようにそのまま漂っていたのだ。
「綺麗だなナガツキ」
まばゆい光線に照らされて、そこに現れたのは、ソウギョクとナガツキ、それにNNとが、合成された、見た事も無いミネラルウェアであった。
「
ナガツキたちの姿はまるで仏像のようだ。正面にソウギョク。左右にナガツキとNNの顔が配置されたその姿は、阿修羅像のようであり、薄いベールで被われた法衣のようなものを身に纏い、深い海の底から抽出したような深い蒼色の光を放ちながら、六つの腕から渦巻模様の槍を持ちこちらを見渡す。
「ババアのウンチクだ。阿修羅っていうのは、古代インドの梵語
ソウギョクたちがパチパチと瞬きをしたと思えば、周りを取り囲んでいた光線たちが、フッと消え去った。両腕に持った六本の槍ごと……。
「でもね、インド神話やバラモン教では、
各々のハルの目の前に、あの槍が現れた。数万もいる各々のハルの首元にだ。
「両方だよ。わたしは己を救い、己を否定する存在だ」
槍が同時にわたしたちの首を貫き、そのまま一気に粉砕させた。わたしの集合体が鳥の群れのように、散り散りになる。
「おいおい……人の話は最後まで聞けよ」
ソウギョクたちの足元から、十メートルを越すであろう……槍を積載させた
「せっかくプレゼントもあるんだからさ」
発射された槍たちが、グニャリと、そのまま細胞分裂のように倍々に増え続け、さっきのわたしじゃないけれど、一気に点が面へと広がっていく。逃げ惑うわたしたちの集合体が、そのまま槍に貫かれ、串刺しになり、一〇五をえぐり出され、粉々に砕けるまで、槍がわたしたちを貫くを止めなかった。
「我々は終わりの無い犠牲の中で、成り立っている。それを身を持って思い知れ」
わたしたちを、くまなく全て、屠るにはそうそう時間は掛からなかったが、暇を持て余したわたしは、踊り、舞い続けた。己の鎮魂の為、せめての、手向けとして、ミチとNNと共に、わたしは踊り続ける。終わりの無いダンスを。死の舞踏を。永遠のように。
「ハル」
背後から、わたしを呼ぶ声がした。懐かしい呼び声が。
「ハジメ……一緒に踊ってくれるかい?」
わたしは、銛を構えた。
「ええ……喜んで。……でもさ」
ハジメから刀を抜く音がしたと思えば……。
「もうパーティはおしまいだよ……ハル」
「ハル!」
ノブヨの絶叫によって、わたしは意識を取り戻す。右手に握ったハジメのペアリングの無事を確認した後、状況を確認したら、わたしは自分の目を疑った。ノイズまみれの自らのプロポーショングリッドをだ。
「なんの……ミネラルかが判別できない……」
学校の屋上に立つブレザー姿のわたしが、腕からありえないほど巨大で、虹色に発光させたイメージが一定しない禍々しい抽象絵画調の巨砲を生成させたかと思えば、あたり構わず、それを連射した。
光線、光線、光線。閃光が瞬き、雷の衝撃音、虹光のイルミネーション、バキンという金属音と共に、空間が裂け、割れ、砕け、校舎ごと……サトジョが、わたしの住む街……市川市ごとひび割れ、バラバラになる。
「ハジメ……」
わたしは、ハジメの事を考えていた。多分、これでお終いだと思ったからだ。わたしという存在がいなくなったEIのハジメは、幸せになっているだろうかと思いを馳せていた。
「消えろ」
虹色の銃口が向けられた瞬間だった。
「ちょっとおいたが過ぎるんじゃないのー」
わたしの目の前に、ゴマスと、背後霊のようにくっ付いている、タマゴタケの髪型の女が、ブレた金槌を振りかざせば、銃口から放たれた光線を屈折させ、明後日の方向に空間ごとバキバキに割った。
「人様のEIを勝手に荒らさないでくれるかしらね」
フッと、ブレザー姿のわたしが、跳躍したかと思えば、ゴマスの懐に現れる。両手から、虹色の銃口のチャージ音。
「やれやれ……」
ゴマスの背中から、千手観音のように、数え切れないほどの腕が生成され、ブレザーのわたしを完膚無きまでに粉々に砕きまくる。
「ハードロッカーに早さで勝負するとはねー」
「十万年早いんだよ」
ブレザーのわたしの首元に金槌がめり込み、首がぶるんぶるんとぶっ飛び出し、生身の脊椎が芋づるのように、引きずり出された。生身の……脊椎?
「いくらあなたが、万能の一〇五で出来ていても、本当の痛みに耐えられるかしら?」
脊椎がグルリと相転移して、フラクタル状のイルミネーションを放ちながら、瞬時に自己修復を開始した。
『ブラストビート』
光のフラクタルが一気に、肉塊の前衛芸術へと相転移していく。プロポーショングリッドでは認識できない数の金槌が飛び出し、ハードシェル、ソフトシェル、ハードシェル、ソフトシェル……を繰り返しながら、鉱物と血液のしぶきを交互にぶちまけていた。
「ひヒひヒ」
わたしは、笑っていた。そもそも、今の現状で口や首があるのかよく分からなかったが、確かに笑っていたのだ。
「畜生! こいつ笑っていやがる!」
「和嶋さんの一〇五を倒すのは同じ一○五だという事を知っているのねー、だったらー!」
ゴマスたちは金槌の速度を更に早める。インクルージョンとしての権限をフル活用しながら、三次元から二次元へと……わたしを平面へと、叩きつけ、折り畳む。まるで、逆バージョンの一寸法師のようだ。打出の小槌で大きくするのではなく、段々と、縮小していく。
「今よっ! ゴマス!」
「わぁかってるーヨッ!」
やがて、点になるまで小さくなったわたしを、ゴマスは、幽霊水晶状にへと相転移させた足で思いっきり、かかと落としをお見舞いした。パンッと、何かが弾けた音がしたと思えば、さっきまで、怪物のような力を放っていたわたしが、跡形もなく消失していた。
「……倒したの? ゴマス」
「いいえ、あくまで今のは和嶋さんのパケット容量を無理矢理圧縮しただけよ」
「その代わりに―、遥か彼方の外縁のEIまで飛んで行って貰ったからねー、時間はだいぶ稼げたはずよー……少なくてもあんたを尋問する時間はなー!」
わたし目掛けて、水晶の金槌が飛んでくるが、わたしにではなく、わたしの背後に立っていたインクルージョンの頭部を破壊した。さっきの、ブレザー姿のわたしの
側のほうのインクルージョンだろうか。
「さてとー……三者面談といきましょうかー……いえ、六者面談かしらねー」
ゴマスが、パンッと手を叩くと、空間に亀裂が入り、その裂け目が大きく裏返り、わたしを取り囲むように、広がったと思えば、見覚えのある空間に辿り着く。
「はあ……ここは……」
気付けば、ノブヨとの合成化が解除されていて、ゴマスとその背後にいた名を知らぬタマゴタケの女性、ノブヨ、そして、ハジメがそこにいた。
「ハルのIR……」
ハジメは、こちらに向かってくる巨大なエンジンを眺めながら、状況を理解したようだ。
「どうして……ハジメをここに呼んだの?」
わたしは、ゴマスを問い詰めるが、ゴマスはラッキーストライクを取り出し、わたしのカルシウムの肩を借りてタバコを擦り、火を灯した。
「そうねー……それは、こいつに聞いた方がいいんじゃないのー」
ゴマスはダイニングテーブルに置かれたボロボロに崩れた石英の結晶のオブジェに煙を吹きかける。この奇怪なオブジェは……インクルージョン?
「……どういうこと? あなたたちインクルージョン同士って、こんな仁義なき戦いを殺り合う関係だっけ?」
「ちょっと、待ってね、可聴域を調整するから」
タマゴタケの女が、結晶のオブジェに触れて指先をグルンと回す。
「がガがガッ!」
チューニングを外したラジオのようなノイズを発したかと思えば、オブジェから合成じみた、口のようなものが現れた。
「ガがガ……貴様らは、我々が悠久の時を経て、築き上げたものを破壊しようとている」
「ええ、そうよー……手段を問わず、わたしは……いえ、わたしたちは、このEIすべてをデグレードしようと思っているのー。和嶋さんを使ってねー。あなたたちが、邪魔をするなら、わたしたちはしかるべき対処を行うわー……で」
ゴマスは金槌を振り下ろし、口が飛び出している箇所を残しながら、器用に砕き割る。砕かれた衝撃で、口が宙を舞い、その欠片をタマゴタケの女が、キャッチした。
「さっき、こちらの和嶋さんを襲ったあの……一〇五で出来ている和嶋さんは何なの?」
体から分離された、インクルージョンの鋭利な指が、ハジメを指した。
「……え、わたし?」と、ハジメはキョトンとした顔をした。
「貴様らドーパントも薄々、承知しているのだろう? 五十六億七千万……膨大な数のEIの中、和嶋治、そして、鈴木一と呼ばれる存在が、必ず対となって存在している異常なる事象に。和嶋治と鈴木一……まるで、一種の巨大な共生生命体のようにだ。だから、我々は、現在のイレギュラーを改善する為に、一つの
「それで……彼女なのねー」
ゴマスとタマゴタケの女が、一緒にハジメを見た。
「……我々はついに見つけ出した。抽出と言っていいかもしれない。砂漠の中にある一粒の砂金の如く、和嶋治が鈴木一と干渉していない、もしくは、鈴木一が存在しないEIの希少な和嶋治の抽出に成功したのだ。ああ……アレは実に美しいモノだ。恐ろしいほどの因果律を持ち、狂おしいほどの光芒を放ち、破滅的な色彩を焼き付け、破壊を嗜む。人間の生存本能を体現する純粋にして至高なる存在。我々の絶対的な想像主たる上位者……幻色へ最も相応しい供物……マスターストーンを我々は発見した。きっと彼女なら、我々のEIをより良いクラリティにへとアップグレードしてくれるであろう。遥かな高みへと、我々を導いてくれる」
「わたしが……」
「はあ……ハジメが」
「存在しないEIのわたし……だって?」
「我々は、鈴木一と干渉していない、唯一無二の和嶋治を『ザ・ワン』と呼称している」
ゴマスは、インクルージョンの口をリビングの壁に叩きつけた。
「あんたらはーっ! 一体、自分たちが何をやっているのか、理解しているのー?」
「理解だと? 我々は十分理解しているよ。これは、一種の自己破壊……自殺行為だという事に。それも、貴様らドーパントが望んでいた事でもあるのだろう? だが、たった一つの一〇五によって、全てをデグレード出来るなら、全てのEIの
バキバキとインクルージョンの欠片たちが、リビングを覆いつくさんばかりの巨大な、石英の人型にへと相転移した。全身がヒマラヤ水晶のクラスターのように、歪なまでにトゲトゲした外観からは、こちらの敵意と殺意を受け付けるには、十分なデザインだった。
「最後に聞きたいんだけどさー、あんたら保守派共が守っている、クラリティってやつー、要はEIの内包情報の透明性……いわば、
「我々は和嶋治の存在を、和嶋治が生まれたこのEIを認める訳にはいかない。例え、それが模造品のEIとはいえ、我々は手段を選ぶ余裕などない。全ては幻色、そして、ザ・ワンが我々を導くだろう」
「それで? その後はどうするの?」と、タマゴタケの女が、金槌を両手から生成させた。
「それは、貴様らドーパント共を処理してから考える事にしよう」
インクルージョンがフラクチャーを抜いた次の瞬間、各自、即座にフラクチャーを展開させ、ノブヨのダイヤの矢が、ゴマスたちの石英の金槌が、わたしの真珠の弾丸が、豪雨のように、インクルージョンの巨人に撃ち込まれた。貫き、割り、裂き、破断し、砕き、潰し、徹底的に破壊した。マンションのガラスを突き破り、粉末となったインクルージョンが、漆黒の闇の中へと、線香の煙のように、淡く消え失せたのを見送ってから、わたしはゴマスたちを睨む。
「……どういう状況なのか、説明してもらうわよ先生」
ゴマスと名も無きタマゴタケの女は、猿でも分かるように、洗いざらい説明した。つまり、わたしたちの、人類の未来の成り行きを。
わたしとハジメの死後、石英のメディア「EI」にデータへと転写された事。
そのメディアがボイジャーのゴールデンレコードのように、深宇宙へ飛ばされた事。
そのメディアを偶然「幻色」と呼ばれる外宇宙からの異種なる存在に偶然、拾われた事。
幻色が地球人類とコンタクトを試み、異種なる存在だったせいで失敗した事。
それでも人類を諦めない幻色が、EIの複製を試み、地球人類を再現しようとした事。
その結果が、わたしとハジメが生きている五十六億七千万個もの並列化されたEIが生まれた事。
そのシステムのバグである因果律……わたしである事。バグであるわたしを使って、巨大な実験を試みようとした事。
それが、現在過去未来のわたしを巻き込んだ、鉱物の肉体、ミネラルウェア・フラクチャーを駆使した魂の鉱物、一〇五を奪い合う、果てしない闘争の正体である事。
そのせいで、EIの管理を務めるインクルージョン内で、EIの
わたしのバグを止めるために、さっきの保守派のインクルージョンが言っていた、ハジメと出会っていない、存在していないわたしが暴走し、他のEIを破壊している存在となっている事……すべては、わたしのせいで……。
「ううん、違うの……むしろ、わたしたちインクルージョンのせいでもあるのよ。巻き込んでいるのは、むしろわたしたちなのかもしれない……」
「わたしたちわねー、和嶋さんを使ったこの愚かな負のスパイラルに楔を打ち込みたいだけなのー……っていうのは、あくまで建前であってー、ただ単にわたしは、この子を取り戻す為に、このEIたちをデグレード……やり直しさせるの」
ゴマスはタマゴタケの女と見つめ合う。
「そして、和嶋さんは鈴木さんを、鈴木さんは和嶋さんを取り戻す為に……あなたたちの日常を取り戻す為でもあるのよ……こんな地獄のような、所業を止めるためにも……」
「じゃあ、ゴマス、お願いがあるんだけどさ。わたし自体を、ハルの記憶から消したらいいんじゃないの、例えば……わたしが死んだりとか」
ハジメは、そんな事を言いながら、割れたガラス窓へ、地上百四十メートルの高さから一気に飛び降りた。
『ハジメ!』
わたしと、ノブヨが、落下したハジメを救いに行こうとするが、ゴマスがわたしたちを制止した。
「気持ちは分かるわよー、その覚悟はいいんだけどさー……その程度の死の因果律では、まだまだ足りないわ」
「ふぎゃあっ!」
リビングの天井に裂け目が現れて、そこから飛び降りたハジメが情けない声を上げながらソファーに落下してきた。タマゴタケの女が、ひっくり返ったハジメを介抱する。
「つめたっ! あなた……」
「頭と目は覚めた? 別に和嶋さんの記憶から、ハジメちゃんの記憶を消して、上書きすることも容易だけどさ、他の膨大なEIの和嶋さんや、鈴木さんの一〇五がそれを許さないのよ。さっきの、保守派のインクルージョンも言っていたけどさ、あなたたちは一種の共生生命体、互いに一緒になり過ぎたの。簡単に切っても切り離せないくらいにね……」
「……わたしも、持っているというの? ハルのように、一〇五を……」
「ううんー、みんな持っているのよ。わたしやー、このキノコ頭」
「誰がキノコ頭だっ!」
「……人工生命であるNNのノブヨでさえも、
「意思って……そんな曖昧なもの」
「曖昧なものなのよ、意思っていうのはー」
わたしはハジメと、ゴマスたちの会話を眺めながら唖然としていた。一〇五の事ではなく、今やった、ハジメの行動だ。やがて、その唖然は怒りへと変わり、それに関しては、ノブヨも同じ気持ちだったらしい。
「はあ……ハードシェルを解除、ハル……お願い」
お腹から、ミネラルキーが飛び出し、それをキャッチするノブヨ。元の肉体へとなったわたしは、渾身の怒りと力を込めて、ハジメの頬へ思いっきり、ビンタをした。
力が強過ぎたのか、再びソファーへとダイブするハジメ。
「こっ……このっ! 大馬鹿野郎っ! ハジメ、あんた今、何をしたか分かってんの!」
「分かってるよ!」
「分かってない!」
「あー……やっぱり始まっちゃったか」
「なんとやらは犬も食わないってやつねー……ノブヨ、ちょっとわたしたちは、出ていきましょー」
「はあ……ですが」
「いいのよー、せっかくだから、この二人は思いっきり喧嘩しておいたほうがいいのよー」
「手遅れになる前にね。わたしたちのようにさ」
「はあ……」
ゴマスとタマゴタケの女は、ノブヨの手を引っ張り、わたしのIRから消え去る。
気まずく、嫌な沈黙が流れている中、その沈黙を破ったのは、ハジメだった。彼女はわたしの頬を思いっきり、叩き返したのだ。今まで、信じられない痛みを経験してきたが、ここまで苦痛を感じたのは、初めてだった。
「前にも、言ったけどさ……わたしはハルのものじゃないの。わたしには、わたしだけにも、選ぶ自由があるのよ」
「……だからといって、ここから、飛び降りる理由にはならないでしょ」
「なるよ」
「どうして?」
「それは……」
ハジメは次の言葉を言うのをためらっていたのか、両手をギュッと握りしめている。
「それは……何なのよ?」
「……わ、わたしがいなくなれば、わたしなんかがいなければ、ハルは少しでも……楽になるんじゃないかと」
その言葉にわたしも、カチンときて、再びハジメの頬をビンタした。
「二度と……二度と! ……そんな事言わないで!」
「いや! 言うね!」
ハジメも、ビンタをし返してきた。頬ではなく耳に当たり、キーンとなって、すごく痛い。
「わたしはハルの重荷……枷に過ぎないの! 聞いたでしょ? どのEIでも、五十何億もの、わたしやハルが……常に一緒って……そんなの……ありえないでしょ!」
「ありえないですって? ありえないだって! そんなことない!」
わたしも、耳の痛みにカッとなって、更に強くハジメをビンタした。
「いっっっっっっっっ! ってえなぁ!」
ハジメの、その華奢で長い腕、その巨大で綺麗な掌が、野球のバットで例えると、芯の辺りだろうか。指尖玉と母指球の間の部分が、わたしの左頬のど真ん中にクリーンヒットした。
首がそのまま、もげるかと思った。自分が生身である事を忘れていたのかもしれない。ぐるん、とバレエのように一回転しながら、ダイニングテーブルへ頭から突っ込んだ。
「ざぁ! まぁ! みぃ! ろぉ! っだッ!」
まさか、ハジメがわたしにそんな事を言うなんて。今度こそグーで殴ろうと、振り向いてから、ハジメを睨んだ……睨むと、ハジメの頬から、涙が溢れていた。あの、ノブヨ並にドライなハジメが……。
「そんなの……ズルい……よ……ハジメ」
わたしは、強く拳を握りしめた。
「なぁにぃがっ! ズルいんだよ……ハル」
「泣くなんて……そんな……」
「ああっ? べ、別に泣いてなんか……」
「泣いてるよ!」
「ハルだって……」
「え?」
ポタポタとフローリングに、わたしの眼球から、わたしの涙がポタポタと滴り落ちていた。
「ハル……この場所を覚えてる? わたしが、今、飛び降りた場所。ここはね、わたしたちが初めて、キスをした場所なんだよ。あれから……どうして、こんな事になっちゃったんだろう……どうして……わたしたち……こんな遠くに来ちゃったんだろう。変だよね……ココが同じ場所なのに、わたしには……とても、遠い場所に感じるのは、どうして……どうして!」
「わたし……ハジメ……」
「ハルが自分自身を犠牲にしてまで、わたしと一緒にいたいのが耐えられない。五十六億七千万ものわたしたちが、同じようにずっと一緒にいるのが信じられない。だって……だってわたしは、そんな優しい人間じゃないから。そんな、価値のある存在に到底思えないし、ぶっちゃけありえない……一途に一人の人間を好きであり続けるなんて、そんなわたしは、立派なもんじゃない」
ハジメがボロボロと涙を流しながら、ジリジリとわたしに近付いてきた。
「面倒くさい事言うけどさ、わたし、なんでハルに怒っていたと思う?」
「……それは、ハジメが……」
「例の公募に出すな、とハジメが言ったから」と、答えそうになったとき、わたしはハッとした。
「……ハジメは、あの写真をわたしたちだけの思い出にしたかったのね」
「……そう。そして、わたしは、ハルと一緒に写真を撮りたかった。一緒に撮った写真を誰かに認めてもらいたかった。わたしだけじゃない。わたしとハルでね……だから」
ハジメが腕を上げた。それで、ハジメの気が済むのなら、わたしは何度でも、ハジメに殴られて良かった。その覚悟はあった。その痛みを受け入れる覚悟は……。
「ごめんね、ハル」
ハジメはわたしをギュッと抱きしめた。どうして……。
「どうしてなの……ハジメ……どうして、あなたはそんなに優しいの?」
「だから、優しくないって……わたしは、ハルにだけ優しいだけなのかも」
「それでも……それでも!」
わたしは強く、ハジメを抱きしめた。
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