絶対無敵のアホウ

昆布 海胆

第1話 絶対無敵のアホウ

「君達は我が国の兵士としてこれから働いてもらう」


数名の学生が異世界に召喚され絶望の表情を浮かべている。

その前には見せしめに逆らった不良が首を跳ねられ転がっている。

そう、この国の異世界召喚によって広場に呼び出された彼等はこの国の兵士として強制的に今後支配下におかれるのである。


「で…でも私達にそんな…」

「君達には召喚時に特殊なスキルが付与されている筈だ。まずそれを把握してもらおう」


そう言って僧侶らしき人が水晶玉を差し出す。

順番にそれに手を置いて各々のスキルを確認している時にそいつはやってきた。


「ちわーっす、お邪魔するよ~」


誰もが唖然とそいつを見て固まった。

今さっきまでそこには誰も居なかった筈なのに突如現れたそいつは『酒井酒店』という酒屋の前掛けをした配達員がそこに居たのだ。

男は召喚された学生達を見て話し掛ける。


「ねぇ?ねぇ?最強のブレスレットって知ってる?」


その男の意味不明な台詞に国の兵隊が剣を抜刀した。


「き、貴様何者だ?!」


だが男はこの国の人間に興味がないようで無視をした。

それがいけなかった、目にも止まらぬ素早い剣が男の背中を斬り付けた!


「…へっ?」


兵士の口から戸惑いの声が出る。

それは仕方無いだろう斬り付けたはずの剣がいつの間にか消え去っていたのだ。

兵士が自らの手を見詰めていた視線を上げると男はこちらを見ていた。


「お前五月蝿い」


男がそう伝えると突如兵士の頭上から大量の液体が降ってきた。

叫ぶ間もなく兵士はその液体を浴びて凍り付く。

不思議なことに液体は周囲に飛び散ることなくその兵士から離れた瞬間に消えてなくなっていた。

そして、後に残るのは氷の彫刻と化した兵士の姿であった。


「え…液体窒素…」

「をっ少年よく知ってるな」


まるで映画のワンシーンのようなその光景を産み出した男は人を殺しているにも関わらず、何事も無かったように平然としていた。

そして、男は学生達の中に自分の探している人物が居ないことを知り少し残念がって最後に伝える。


「それじゃあ、帰りたい人はこのドア潜ってね。あっ元の世界にはスキルとかないから帰ったらもうその力は使えないからね」


そう言って男の前に出現した光のドアが開く。

誰もが帰れる事に笑顔を浮かべた時であった。


「動くな化け物め!」


いつの間にか逃げていたこの国の奴等が仲間を引き連れてやって来たのだ。

その数70人は居るだろう。

だが男は気にせずに学生達をドアへと誘導し始める。

それに慌てたのか突如魔導師から火の玉が放たれる!


「あっ危ない?!」


学生の一人が男の背中めがけて飛んでくる火の玉に危険を知らせるが男に触れる直前に火の玉は消失した。

一瞬の静寂の中、叫び声が響いた。


「こ、殺せ!殺せぇぇえええ!!!!」


一斉に放たれる様々な魔法に弓矢、投石に投槍!!

男はそれに溜め息を吐いて向きを変える。


「お前ら…死んどけ…」


そう口にすると同時に男に向かって放たれた魔法や武器が着弾する。

ドゴゴゴゴゴ!!!!

と爆発や衝撃が周囲に飛び散り誰もがその中で生きている筈がないと考えた。

だが風で砂埃が飛散してその場に居た全員が絶句する…


男は無事であった。

その男の目の前に光の穴が空いておりそこからトカゲの頭部が出ており全ての攻撃がそれに当たっていたのが見てとれた。

そして、目を瞑って顔面に受けた攻撃に対し怒りの表情を浮かべ目を開く。

誰もが恐怖で固まり何人か失禁しながら意識を失う者まで出る中、そんな事はお構い無しにトカゲは空間の境目を割るように飛び出し兵士達の頭上を通過して空へと舞い上がる。

誰もがそれを見て理解する、ドラゴンだ。


「あーあ、竜王バハムートを怒らせちゃったね。しーらないっと」


そう言いながら最後の学生を光の扉の中へ誘導して男は光の扉を閉める。

そして、バハムートに向かって親指を下にした拳を突きだし手を下へ下ろす。

それを見たバハムートは上空で体を広げ停止する。

そして口を開くと共にその口の中へ光の粒子が集まりだしエネルギーの塊が生成されていく。


「あ…あぁ…」


この国の国王と思われる老人が震えながら後退りする…

その目は圧倒的な存在に殺されるのを待つだけの哀れな老人にしか見えなかった。

そして、バハムートからエネルギーの塊が放たれる!


『メガフレア!』


放たれたエネルギーの塊が空から地上へ飛んでくる。

誰もが死を覚悟して立ち尽くす中、一人だけ動いている者が居た。

その少女は国王の前に両手を広げて立ち国王を庇おうとする。

それを見た男は「チッ」と舌打ちをして手を向ける。

するとバハムートから放たれたエネルギーの塊は地上数メートルの所で突如消え去った。

それと共にいつの間にか空に浮かんでいたバハムートもその姿を消していた。


「はぁ…そこの女に感謝するんだな」


そう言い残して男は振り向いて歩いて去ろうとする。

それを見た兵士の一人が叫ぶ。


「げ、幻術だ!今のは幻だ!」


その言葉を聞いた兵士達は納得して武器を手に男に再び攻撃を仕掛けようとする。

先程全ての攻撃が防がれたのも空に浮かんでいたバハムートも幻だと考えた愚かな者達は怒りで我を忘れていたのだろう。


「やっやめっ…」


国王の前に立っていた少女が兵士を止めようとするが既に遅かった。

兵士達の後方で突如光が差したと同時に物凄い爆音と共に爆発が真上へ向かって上がりその衝撃で人々は吹き飛ばされる。

その中には少女の姿もあり宙を舞う兵士と共に自らの体が宙を舞うのを目を瞑って耐えていた。

だが少女は自身の体に来る筈の衝撃がいつまで経っても来ないのを不思議に思い目を開くと…


「怪我はない?」


男に抱き抱えられていた。

本来なら王族である自分に触れることすら禁忌とされている筈の自分、それを受け止めて助けてくれた規格外のその男の腕の中で少女は思考が混乱し何も言えずそのまま頷く。

笑顔で「良かった」とだけ口にして降ろしてくれた男に少女は尋ねる。


「あ、貴方のその力は…何なのですか?!」

「ん?俺の力?単なる『亜空間連結次元魔法」…通称アホウだよ』

「あ…アホウ…」


そう言って少女に手渡された一本の瓶。

それを開けるように言われた少女はそれの蓋を開ける。

すると瓶から光が広がり周囲一帯を包み込む。

すると驚くことが起きた。

光の中に居る人の傷が次々と消え去り意識を取り戻して起き上がる。

中には召喚され見せしめに首を跳ねて殺された学生も居た。

それこそ幻の回復アイテム『ラストエリクサー』であった。

その効果は一定範囲内全ての生命体の完全回復と状態異常解除、更に死者すらも死んでから10分以内なら生き返る物であった。

そして、生き返ったその学生も光のドアが移動してそれに飲み込まれその姿を消す。


「じゃあね」

「まっ待ちなさ…」


男も出現した光のドアに入り少女の言葉は最後まで届かずに消え去る。

後に残されたのは怪我一つない人間だけであった。

今までのは幻だと考えたかったが後ろを振り替えるとバハムートのメガフレアで消失した城があった場所が更地になっている…

その後、この国で異世界召喚は行われる事はなかった…









「なぁ~んだ、更新忙しくて出来なかっただけかよ~」


スマホでお気に入りの小説の続きが更新されているのにご機嫌になりながら読み始める酒井酒店の前掛けをした男は公園のベンチに座っていた。

彼はお気に入りの作家さんである『にゃ~やん』が毎日更新している時間に更新していなかったので異世界召喚に巻き飲まれたと勘違いし、24時間以内に行われた異世界召喚の召喚先へ出向いて助けに行っていたのだ。


「ん?げっ?!」


そこでスマホから着信音が鳴り響く。

着信画面には『親父』と表示されていた。

恐る恐る電話を繋ぐと…


「ごるぁヒロシ!お前何処で配達サボってるんだ?!」

「ちっ違うよ親父!配達はもう終わらせ…」

「だったら早く戻ってこんかい!」


そう怒鳴られて通話は終了した。

溜め息を一つして小説の続きは後で読もうとスマホをポケットに入れて自宅へ向かって歩き出す。

彼の名は『酒井ヒロシ』

亜空間連結次元魔法、通称アホウを使える絶対無敵の男で酒井酒店の息子である。

これは彼が様々な異世界を自由に出掛け好き放題する物語である…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る