第20話 回収
「……ふむ、私も防衛システムとしてはその箱は解析してもらいたくないものだが、如何せんプログラムがそのように入力されていないのでね。……ここはおとなしく逃げることにしようか。どうせ君ならば、私が何者かというところまで辿り着いてくれることだろう」
そして、防衛システムと自らを名乗った影に、少しずつノイズが混じり始める。
こいつ、戦いじゃ敵わないから逃げるつもりか――!
「逃げる? 違うね。これは戦略的撤退だ。はっきり言わせてもらえば、君なんか簡単に倒すことができる。しかし今はそのときではない、ということだよ」
そうして――完全に影は姿を消した。
『……あいつはいったい何だったんだ……』
空気を読んで語りかけてこなかったワトソンが、ようやく口を開いた。
ワトソンに分かるはずもない。私にも見当がつかないことなのだから。
「……取敢えずはこの箱をどうにかしないとね」
箱の解析にようやく取りかかることが出来る。邪魔があったとは言え、それを言い訳に時間を長引かせるわけにはいかない。記憶の海に干渉し続けることは、同時にその人間の内面に影響を与えることにもなりかねない。
はっきり言ってそれは厄介だ。だから大急ぎで解析――ともいきたいのだけれど、急に爆発なんてされたら溜まったもんじゃない。なので先ずは箱の解析から入る。
箱の解析はこのタブレットで行う。記憶の海――とどのつまり脳内でタブレットを操るというのはどうにも面倒なことだけれど(もっと他に上手いやり方はないのか? と思うことぐらい私にだってある)、開発者がそれ以上フォルムチェンジさせたがらないから致し方ない。まったく、ほんとうにユーザーに優しくない開発者だよ。
カメラを通して、タブレットの画面で中を見る。どうやら箱の中は空洞になっているようだった。
というか、何も入っていない。
……何も入っていない?
「何も入っていないのに、どうして記憶に干渉出来る……?」
逆に考えれば、あの影が消えたから箱の干渉が止まった、ということも考えられる。
もし連動しているシステムだというならば、追い詰めることは非常に難しい。それこそ、袋小路に追い詰めるくらいじゃないと……。
記憶探偵として一番厄介なことは、記憶の海で起きた事件を現実で立証することが非常に難しい、というポイントだ。例えば私の使うHCHのようなBMI端子を介して記憶の海へダイブ出来る装置を持っているとして、誰かの記憶の海へダイブした記録が確実に残っているか、と言われるとそうではない。簡単にプログラムなんて書き換えできてしまう。未だに電子データが裁判の証拠として確実的なものではないということに近いだろうか。
だから、記憶探偵としては現行犯逮捕、或いは確固たる証拠を掴んでおきたい。
そうするためには相手のデータに干渉すれば、相手は否が応でも嫌悪感を示す。それは現実世界で起きる話であり、仮に平静を装っても私と出会うことで『勝手に脳が嫌悪感を示すような信号を送る』。
脳の仕組みとは意外と単純なもので、それでいて嘘を吐くことが出来ない。
あとは相手と近いところでダイブして、こちらから屈服させてしまえばいい。
屈服、とは簡単に言うがそれは要するに精神的に追い詰めることを意味する。記憶の海を干からびさせる、とは表現が違うが、こちらの意識を相手の記憶に植え付けることで、追い詰めることを可能とする。
「ま。それは、またアイツに頼むことにしますか……」
案外早くそういう装置が必要になるぞ、ということを後でアイツに話しておこう。アイツ、というのは私の協力者の一人。私が記憶探偵として活動していく上で重要な存在となる相手だ。ま、ただのエンジニアなんだけれど。
「取敢えず、この箱は問題なし。ならさっさと回収してしまいましょう」
ひょいと箱を持ち上げて――一応言っておくと記憶の海の物体は基本的に質量が無い――、私は鞄にしまう。これで任務完了。後はここからログアウトするだけだ。
そして、私の意識はケーブルを伝って――現実世界へと戻っていく。
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