第3話 探偵同好会結成(中編)
文化部部室棟の一番奥。正確に言うと校門より一番遠い場所で、行き帰りにも一苦労しそうな場所に、そこはあった。本来部活動名の看板が掛けられてあるだろう場所には、白紙の看板が掛けられており、みるみるうちに嫌な予感がしてきた。窓付のドアが設置されているが、その窓はひび割れており、しばらくこの場所が整備されていない、ということがはっきりと見えてくる。
岡崎が扉を開けると、その状況が明らかとなってきた。
そこにはどこのものとも分からない段ボールが山積みとなっており、机こそあるもののすっと指で触れてみると埃が付着するほどだった。椅子は見つからないが、部屋の片隅に何個かパイプ椅子があることから、とにかくそこに関しては問題ないだろう。
「ここは昔漫画研究会が使っていてな。だから、見て分かると思うが大量の段ボールは元々その同好会のものだ」
「中に何が入っているんですか?」
「漫画と、小説。それと漫画関係の画材の余りだったかな。一目見れば分かると思うが、壁の一部が本棚になっているだろ? まあ、それは自由に使ってもらって構わないぞ。何せ、それは学校の所有物にもなっちゃいない、空に浮いたものだからな」
「良いんですか? 図書室に寄贈すれば……」
「寄贈出来るものであるかどうか、確認したよ。図書室にも限界があるからな、入りきれないモノだからこそ、ここに入れているんだ。お察しの通り、ここは倉庫と同じ扱いだよ」
倉庫、か。
こんなところを部室にするのもちょっとどうかと思うけれど、まあ、致し方ない。寧ろ入学初日で同好会を結成出来ること自体がおかしな話であって。意外と学生規約はあっさりとしているものなのかもしれない。あっさり、というよりかは自由なもの、と言ったほうが正しいようにも思える。
「……もし活動を進めていくならば、掃除をすることが先決だろうな。いずれにせよ、この空間はまだ同好会としての活動をするにはあまりにも汚すぎる。あの段ボールは別にせよ、人を増やしていくつもりならせめてこの机だけでも綺麗にしておくと良いぞ。ああ、あとこれが同好会の決まり。ルールみたいなものだな。直接関係することは……やっぱり『報告書』かな」
「報告書?」
「簡単なこと。月報だよ。一ヶ月にその同好会はどう活動していったか。人はどれくらい増えたか、また減ったか。それについてを簡略的に記載し、同好会の責任者である御園先生に提出する。それが報告書だ。それに応じて同好会に降りる予算も変わってくるからきちんと書けよ。あと、予算を増やしたいからと言って水増しもよろしくない。最近よく話題になっているだろ? 粉飾決算とか、そういうものになってしまうからな。さすがに法律に問われることはないが、学生規約には違反することになるから、即刻同好会は解散となる。ま、せいぜい頑張ってくれ」
言いたいことだけ言って岡崎は部室を後にした。
残されたのは俺と明里の二人きり。
「取敢えず、掃除と行きますか」
パイプ椅子を一つ開くと、そこに鞄を置く明里。
それを見た俺もまたパイプ椅子に鞄を置いた。
運が良いのか悪いのか、ロッカーには雑巾とバケツ、それに箒に塵取があった。水は水道の蛇口が部室に備え付けになっているからそこから使えば良いし、案外掃除の手間も難しくないのかもしれない。
「それにしてもこの部屋、エアコンついているのね。ま、一応設定温度はこの温度までにしろ、という決まり文句が張られているけれど。過ごしやすい空間であることは間違いなさそう」
「お前は部室を私室にでもするつもりか」
「部室の半分はそんなもんでしょう?」
箒を手に取って明里は溜息を吐く。
その発言は真剣に部活動に取り組んでいる人間からすれば、文句の一つでも言われてもおかしくないような発言ではあるが、案の定ここには誰も居ないため、特段問題は無いだろう。
「……ま、いいか。で、記憶探偵部っていったい何をするんだ?」
掃除が七割方終わったところで、俺は漸く一息吐いた。部室棟の南端――とどのつまりこの部室より一番遠い位置――には自動販売機があるため、そこで飲み物を購入してきた。何を買ったかというと、スポーツドリンク。別にスポーツというスポーツをした覚えはないが、汗をかいたからこれはスポーツという扱いで何も問題は無いだろう。
明里はオレンジジュースを一口飲むと、それを綺麗になった机に置く。ちなみにオレンジジュースは俺と明里がジャンケンをした結果俺が負けたために購入してきたものだ。つまり俺のおごりというわけだが、明里はそれがさも当然と言った感じであまり感謝をしていないらしい。この女、いつか痛い目に合うぞ。感謝の気持ちを知らない人間は、いつか感謝の気持ちを知らなかったことが原因で痛い目に合う――なんてことは定石だ。
「正確には、記憶探偵同好会、ってことになるのかな。部活動じゃなくて同好会になっちゃったから。ま、名前が違うところで結局は活動内容は一緒なのだけれど」
長い前置きをした上で、明里は話を始めた。
「あなた……、『記憶』についてどれくらいの知識があるかしら?」
「記憶? そりゃ、人間が、生物が覚えることの出来るもの、という認識か? 人間で言えば脳の中にある海馬がメモリーの役割を果たしていて、脳にある電気信号で伝達するとか、それくらいしか知らないぞ。まあ、それくらいなら中学校の理科を習っていればある程度は分かる話だと思っていたが」
「その通り。記憶には幾つもの種類があるけれど、その中でも長期記憶にフォーカスを置いたのが記憶探偵」
「長期記憶?」
「例えば今ここに十桁の数字があるとして、それを五分以上覚えることは出来る?」
「出来ないだろうな。言い続けていれば、或いはどこかに書き記しておけば可能かもしれないが」
「それが短期記憶という。因みにあなたが言った『言い続けていれば可能だろう』というのは維持リハーサルという行為ね。それをしなければ人間の記憶というのは僅か数十秒ももたない。それが短期記憶というもの。長期記憶はそれに反するもの。つまり、」
「長い間覚えている記憶、ということか?」
俺の言葉に明里はゆっくりと頷いた。
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