第28話 心の前髪─5
「なっ……何言ってるのよネロ!」
突然の爆弾発言に、慌ててネロの口を塞ぐ。けれどネロは鬱陶しそうに私の手をほどいた。
「何を言うって……言葉通りの意味だよ。あの写真の中の子どもは誰なのか。単純に気になったんだ」
「だからって『誰の子だ?』って何よ! ルソーさんが抱いてるんだから、ルソーさんの子に違いないじゃない!」
「いや──それはあり得ない」
「──!」
ネロがあまりにも力強く言うもんだから、私も思わず手の力を抜いてしまった。
「どういう……こと?」
「確かにあの子どもを抱いているのはルソーさんだ。でも子どもはルソーさんの子じゃ無い。もしルソーさんの子だとしたら、明らかにおかしい点がある」
そこでネロはルソーさんの方をチラッと見る。
ルソーさんは黙って後ろを向き、その表情は見えなかった。
「……その写真をよく見てみろ」
私の方に視線を戻したネロが指示する。
そこでもう一度写真を見るが、ネロが何故そんな事を言うのか、やはりよく分からない。
色褪せた写真の中で、赤ちゃんを抱いているルソーさん。その隣にいる狐の顔をした人は、亡くなったルソーさんの旦那さんだろうか。
「彼女の抱いている子どもをよく見ろ。何か気づくことは無いか?」
「子ども?」
言われてルソーさんが抱く子どもをよく見る。
まだ小さな赤ん坊で、毛布にくるまられた子どもは、少しの髪を生やしてこちらを見ている……。
…………
……髪の毛?
そこで思わずハッとした。ネロの方を向くと、「やっと気づいたか」と言いたげな顔でこちらを見ていた。
「分かったか?」
ネロが求めているであろう答えを、コクンと頷いて呟く。
「狐じゃ……ない!」
私と同じように頷くネロ。すると目を鋭くして、ルソーさんの方を向いた。
ルソーさんは、何も言わなかった……
「今舞が指摘した通り、この写真の中の子どもは明らかに狐じゃない」
ルソーさんは相変わらず私達に背中を向けて、食器を洗っている。
「恐らくこの子は舞と同じ人間──すなわち、ルソーさんから産まれてくることは有り得ない。この子は──ルソーさんの子じゃ無い」
「…………」
「だから僕は『誰の子だ?』と聞いたんだ。この子が純粋に誰なのか気になってね」
「…………」
淡々と話すネロに、少し苛立ちを覚える。
探偵としての性か知らないが、ネロが気になった事は無遠慮に追求したがる性格だということを、ここしばらくで私は知った。
ネロにとっては、目の前の謎を解くのが当たり前の事なのだろう。今この状況もその一つで、ルソーさんに問いかけるのも、ネロにとっては当然の行いなんだ。
でもそれが、ネロ以外の人にとっての当たり前という訳では無い。私にとっても、ルソーさんにとっても。
「良ければ教えてくれないか。何故あなたが自分の産んでいない子どもの写真を、そんな色褪せるまで後生大事に──」
「ネロ──!」
構わず続けようとするネロに思わず大声が出る。ハッとして口元を抑えるけど、既に遅かった。
「──良いのよ、舞ちゃん」
水道の水を止め、ルソーさんが口を開いた。
振り向くルソーさんの顔には、まだ笑みが浮かんでいる。でもその顔がどこか寂しげに見えたのは、私の気のせいだろうか……
「ネロちゃんが気になるのは仕方ないわ。というよりよく気づいたわね。この写真見たの、初めてでしょう?」
「そうだな。でも、僅かな違和感くらいならすぐに気づく。探偵稼業を行う上で、それは一番大切な事だからな」
「あら、すごいのね。探偵って」
ネロと親しげに話すルソーさん。怒ったりしてないのか? あんな失礼な事を言われたのに。
「さて──じゃあ真相が気になってるネロちゃんのために、教えてあげましょうかね」
食器を置いて、ルソーさんは席に座る。
その後天を仰いでいたのは、どこから話すべきかと悩んでいたからかもしれない。
「そうねぇ……やっぱり、出会った頃から話すべきかしらね」
チラリと写真の方へ目を向ける。
「誰にも話したこと無かったから、上手く話せると良いんだけど──」
そう言ってルソーさんは話してくれた。
人間の子どもとの、辛く、悲しい過去を──
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