第22話 最後に笑えれば─1

 翌日、朝ごはんをネロと食べた後、私は一人で商店街を歩いていた。

 最近、私は商店街やその周りを散歩するのが日課になっている。色んな店が立ち並び、様々な商品を置いているのを見るのは、とても楽しい。


 いつもなら適当に歩いた後、事務所に帰ってきてはネロと雑談したりして時間を過ごしている。しかし今日は、とある目的があった。


「あら舞ちゃん。朝早いのね?」

「おはようございます、ルソーさん」

 開いているかが少し不安だったが、朝の早いルソーさんは、既に店の前の掃除をしていた。

「どう? 色々考えてくれたかしら?」

「えぇ、まぁ……現在絶賛考え中です」

 嘘では無い。ただ、考えているのはもっぱらネロの方だ。

 私も色々提案したいが、よくよく考えれば私はここに来て日が浅い。ネロとは違って、ルソーさんの事などよく知らない。


 だからルソーさんの事を知るためにもと思い、ここへ訪れたというわけだ。


 ルソーさんの店は、どこかの絵本に出てきそうなレンガ造りの家だった。床屋でよく見かける三色のポールこそ無かったが、ガラスを木枠で囲んだドアからは、私の世界の床屋とさほど変わりの無い光景が目に入った。


「このお店……ホントに辞めちゃうの?」

 私の問いかけに、ルソーさんは困ったような顔をする。

「やっぱり……辞めてほしくないの?」

「…………」

 私は黙って頷く。

「そっか……でもごめんね。もう決めちゃった事だから……」

「いや……私こそ、気を使わせちゃって、ごめん……」

 お互いに沈黙してしまった私達の間を、暖かい風が通り抜ける。

 マズイ、最初はこんな暗い雰囲気出すつもりは無かったのに。あっという間に会話が続かなくなってしまった 。



 どうしようかと困り果てていた私に助け船を出したのは、意外にもルソーさんだった。

「ねぇ舞ちゃん。良かったら上がって? お茶菓子くらいならご馳走するから」

「え?」

 ルソーさんからの思わぬ誘いに私は少し困惑したが、断るのもアレだと思い快諾した。



「何年ぶりかしらねぇ。若い子と一緒にお茶会なんて」

 お店の二階に上がった私は、キッチンでウキウキと準備をするルソーさんの背中を眺めていた。

 そうか、ルソーさんはガールズトークと言わずにお茶会と言うのか。もっぱら、この場に『ガール』がいるか定かでは無いが……


「はい、お待ちどおさま」

 四角いトレイに乗せられたお茶は、少し薄桃色をして湯気を点てていた。

「お口に合うと嬉しいんだけど……」

 そう言いながら、ルソーさんは少し照れたように笑う。間違いない、この場で『ガール』を指すなら、それはルソーさんの事だ。


 そんなルソーさんの、期待と不安が入り交じった瞳で見つめられながら、私はお茶を口に運んだ。

 口の中に、仄かな甘味が広がる。その上少し酸味も……この味、私知ってる。

「……さくらんぼ?」

 私の呟きにルソーさんは目を見開いて、「大正解!」と嬉しそうに言った。


「フレーバーティーと言ってね、色々な果物の風味をお茶にしているの。今飲んだのは、さくらんぼを使った『チェリー・ラブ』。私も大好きなの」

「へぇ~……にしてもこれとても美味しいですよ。私今までお茶って、麦茶か緑茶くらいしか飲んだ事無かったです」

「それは勿体ないわ。まだ若いんだから、お茶に限らず色々食べたり飲んだりしないと」



 そんな話から、私達のささやかな女子会は始まった。

 一緒に出されたマドレーヌやフィナンシェと言った焼き菓子も、会話を弾ませる最強のアイテムになった。

 つくづく、『甘いお菓子は女性の口を滑らかにする』という言葉は本当だと思う。出会って間もないのに、私はルソーさんとなら何でも話せた。


 次第に話題は、お互いの家族の事となった。

「ねぇ舞ちゃん。舞ちゃんはご両親は何されてるの?」

「え?」

 思わぬ質問に私はギクリとした。

「舞ちゃんみたいな若い子が、ネロちゃんの所に一人でいるのは不思議だなって思って……もしかして聞いちゃいけなかった?」

「あーいえいえ! 全っ然そんな事無いです! 少し離れて暮らしてるだけで……」

 嘘はついてない。私は既に、両親と異世界一つ分離れて暮らしてる。


「そうなの? じゃあ……なんでネロちゃんの所にいるの?」

「そ、それは……」

 気がついたらネロの事務所にいました──と言ったら怪しまれるに決まってる。


「じ……実は私、探偵になりたくてですね! それで、風の噂で『パルーシブ商店街には狼の探偵がいる』と聞きまして! それで、事務所に助手として雇ってもらった次第なんですよ!」

「あらそうだったの?」

「はいそうなんです!」


 あぁ……思わず嘘をついてしまった……

 普通に『依頼人です』と言えば良かったかと思ったのは、もう少し後の事だ。


「じ、じゃあルソーさんはどうなんですか?」

「わたし?」

「ルソーさんの家族って、どんな人なんですか?」

 話題を変えようとルソーさんに話を振るが、その顔は少し複雑なものになった。

 どことなく寂しそうな……困ったような……振る話を間違えたか?


「あ、あの……もし答えたくないなら……」

「いえいえ、そんな事無いのよ。でもねぇ……家族の話なんて、久しぶりだったからちょっと迷っちゃっただけ」

 そう言ってルソーさんは、私の真正面の壁に掛けられた写真を取ってきた。


 写真の中には、店の前に立つ二人の狐が写っていた。

 向かって右に立つ狐は、少し緊張したような顔で隣の狐に寄り添っている。対照的に、左に立つ狐は微笑んでいた。


 その時気づいたが、左の狐の腕の中には、小さな赤ん坊が収まっている。

「この子は……?」

 思わず呟いた私に、ルソーさんは答えてくれた。


「その子はね、私と主人の子どもなの」

 ルソーさんの声は優しい──でも、




「もう──かれこれ十年も会えてないわ」

 

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