夢町4丁目の何でも屋(仮)

黒瀬 蓮麻

#1 夏の始まり

 7月に入ったばかりだと言うのに、今日はもう本格的な夏のような暑さだ。ちらほらと夏を告げるように鳴き始めた蝉の声が、妙に鬱陶しい。アスファルトに垂れたペットボトルの水滴も直ぐに染みていった。

 夏が、始まる。

 別に、だからと言って自身の状況は何も変わらないので、季節の変わり目をゆったりと風流に感じていなくても良い。再びせっせと足を動かし始める。汗も滴り落ちる。様々な水も染みたアスファルトにはローファーの音は鈍くて、響かなかった。

 照り付ける太陽から逃げるようにようやく見つけた木陰にそそくさと入る。真っ黒になるのは、女子高生としてタブーだ。そんな心地良い木陰も終わり、築2年半の大きなマンションがすぐ右手側に見えてきた。学校を出てすぐに買ったはずのなまぬるい緑茶を飲みほして、手前の自販機のごみ箱に投げ入れる。何かがどうしようもなく気になり、ガコンと音を立てたごみ箱をしばらくの間見つめていた。

 自分もいつか、こうなるのだろうか。

 もう、使用価値がなくなって、存在価値もなくなって、空っぽになって、ぽいっと小さい子が飽きたおもちゃをしまうように——ああ、だめだ。もう今しばらくは平気だろう。嫌なネガティブ思考を奥へ奥へと閉じ込めて、何事もなかったように鞄からカード状の鍵を取り出す。小さく電子音を鳴って空いた自動ドアをくぐる。

 このマンションはロビーを中心に2館に分割されている。なので、左右にエレベーターがあるのは当然だ。しかし、中央にもエレベーターが存在する。住民は誰も使わないし、使おうとも思わないだろう。どこへも行けないのだから。ならば、何故あるのか。答えは今出さなくてもいいだろう。

 綺麗に掃除されたロビーの真ん中をローファーの踵で音を気持ちよく鳴らせながら歩いていく。そして、謎の中央のエレベーターの上下の三角ボタンを無視し、その上に鍵をかざす。しばらくしてチンと軽快な音が鳴り、扉が開いた。

「どうぞ、お乗りください」

 エレベーターガールが、微笑みながら告げた。

 そして、何も言わずに乗り込んだ。

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