11-4

 誰もが、聞きたいこと、話したいことを山ほど抱えていた。

 そして誰もが我先にしゃべろうとしたので居間の中は騒然とし、ガートルードは何度も立ち上がって厳しい声で場を収めねばならなかった。

 ミレイユはほとんど口を開けたままで聞いていた。無理もない。これまで魔法など頭から否定し、まして竜人など存在すら知らずにいたというのに、この場に飛び交う言葉のほとんどは彼女が誇る『常識』の範疇はんちゅうを超えているのだから。 


 そんな母を半ば気の毒に思いながらも、にぎやかな部屋の中でステファンは幸福だった。

 暖かい部屋とふかふか毛布。熱いお茶とミルクの匂い。焼きたてスコーンに、マーシャが奮発したジャムとクロテッドクリーム。テーブルの上には魔女や「ソロフの兄弟」たちから届けられたお見舞いのお菓子が山のよう。

 オーリの隣にはエレイン。

 ユーリアン夫妻と、昼寝から覚めたばかりの小さなアーニャ。

 最初は怖いと思っていたけど、治療を懸命にしてくれた、あんがい人の好い魔女たち。

 そしてなによりも、今は傍に両親がいる。

 父と母の真ん中に座るステファンは、満ち足りた思いで代わる代わる2人を見上げた。

 そう、満ち足りている。けれど心の隅にほんの1点、まだ忘れ物をしているような気がしてそれが何だか分からず、ステファンは毛布からはみ出した足をぶらぶらさせた。 


「さて、では」

 両手をパン、と叩いてユーリアンが立ち上がった。

「謎解きの答え合わせをしようぜ。オスカー、吊るし上げにされる覚悟はできてるか?」

 悪い顔で笑うユーリアンにオスカーは苦笑してうなずいた。

「まずは君自身のことだ。オーリが言ってたんだ、君には過去へ自由に旅をする能力があるんじゃないかってね。それは本当か?」

「本当だ」

 おお、とかムゥ、とかいう声が部屋に広がった。

「証明できるか?」

「できないね」

 あっさりと降参の仕草をして、オスカーは手を広げてみせた。

「証拠の品がない。いくら過去をつぶさに観ることができても、その時代の物に触れたり手を加えたりするのはタブーだからね。木の葉1枚、石ころ1個、持ち帰れやしないんだ」

「そうじゃ。というもんがある」

 老魔女のひとり、リンマがぼそりとつぶやいてうなずいた。


「まあ、時間を遡るなんて自然の理に反することだわ。不真面目です!」

 ミレイユに叱られて、オスカーは鼻を掻いた。

「うん、ミレイユに信じてもらいたくて、なんとか証拠を撮ろうとカメラを持って行ったこともあるんだがね。フィルムには何も写ってはいなかったよ。遺跡の発掘チームに参加した時には定説を否定するようなことばかり主張するから、よく仲間に言われたよ。オスカー・ペリエリ、お前の説は面白いが荒唐無稽だってね。悔しいが、貴重な遺跡が埋もれているはずの場所が地雷原になっていて、歯がゆい思いをしたこともあったな……」


「証明なんかできなくても、オスカーに力があることは信じるよ。だが忘却の辞書を使った事情やあんな手紙を残したいきさつは説明してもらいたいね」

 オーリが水色の目をじろりと向けた。まだ少し怒っているようだ。

「こいつは拗ねているのさ。そんな面白い魔法を使うんならなぜ事前に教えてくれなかったのかってね」

 ユーリアンは茶化すようにオーリを見やり、それから真顔になってオスカーに向き直った。


「で、どうなんだ。やっぱり覚悟の上であの辞書を使ったのか?」

「そうだ。あの紙を切り取った時点で辞書の魔力が溢れ出すのは知っていた。だから11月の聖花火祭の夜に辞書を使い、ガーゴイルに手紙を託して、僕は旅立ったんだ」

「旅立ったって、あのトランクの中から? もう、お行儀の悪い」

 ミレイユが細い眉をしかめた。

「誰もお父さんが出て行ったのに気付かなかったはずだ……」

 ステファンは今さらのように、自分があの古いトランクを持っていきたい、と言い張った時のことを思い出して複雑な気分になった。


「でもガーゴイルが手紙を届けたのは12月。なぜ1ヶ月も空白があった?」

「ひとつには、隠しておく為。世界中を回らせたんだ。なにせこっちは魔法道具の使い手としてはルール違反をしてるんだから。『魔法監理機構』にでも知られたら、手紙まで取り上げられかねない。それじゃ困るんだよ」

 すらすらと答えながらオスカーはジャムつきスコーンを齧り、美味そうにお茶を飲んでいる。

「カンリなんとかって、前に先生が言ってたとこ?」

「そうだ。魔法使いや魔女にだってね、秩序はあるんだよステフ。いろいろ禁則を設けてるし、違反すれば罰も受けなきゃいけない」

 ステファンに簡単な説明をして、オーリは難しい顔をした。


「ルール違反って。何をやらかした、オスカー」

「うん、まあ。正直に言うとね、辞書を使ったのは1度だけじゃない。何度か過去に戻って、書き込んではやり直し、を繰り返したんだ」

 唖然とする一同の前で、オスカーは悪戯を告白する子どものような顔をした。

「なんと、オスカー・ペリエリ! わかっとるのかえ? 忘却の辞書に書き込めるのは、ひとりにつき1項目だけじゃぞい」

「それなのに過去に戻って何度も書き直した? なんたることよ、辞書の禁則と時間の禁則、両方を破ったことになるわえ。監理機構に知られずとも懲罰もんじゃ!」

 タマーラとゾーヤが皺に埋もれた目をひんむいて非難がましい声をあげた。


「わかってますよ魔女さん。だから罰は甘んじて受けたんだ」

「罰って……2年間、この世界から消えちゃうってこと?」

 父と再会した場所――灰色の濃い霧に閉じ込められたような世界を思い出しながら、ステファンは恐る恐る口を開いた。

「島流しのようなもんよの。『シムルゥの間隙かんげき』というてな、この世とあの世の境にある世界よ」

「そこではあらゆる時間を行き来することができるが、自分の時間は流れぬ。意識はあるが、誰とも言葉を交わせず、働きかけることもできぬ。と言うて死ぬこともできず、まあ生きながら幽霊になるようなもんだわ。普通は1年と待たず精神こころが壊れてしまうもんだがの。まともに生きて帰る者は稀じゃわえ」


 魔女たちが歯の無い口で説明するのに割り込んで、オーリが身を乗り出した。

「そうだ、どうやって帰ってこれたんだ? あの12本の罫線は、やはり何かの時限魔法なのか?」

「条件付き時限魔法、ってやつかな。古書の中で偶然見つけた、まあ抜け道のような方法だ。『外なる鍵と内なる鍵、12の魔の目といまだ開かざる魔の目、5つの12』これらの条件がすべて揃わなければ時は満ちないんだから、賭けのようなものだな」

「まてまて、この謎かけは僕も解こうとしたんだ。まだ答えを明かすなよ、オスカー」

 新しい遊びでもみつけたように目を輝かせて、ユーリアンがメモを取り出した。


「まず最初の一節。いきなり難題だ。『外なる鍵と内なる鍵』なんだろうな……」

「ねえトランクの鍵はどうなってた?」

「いや関係ないでしょ、オーリが解錠魔法でバチッと開けちゃったし」

「何かキーワードでもあったのか」

「この上まだ謎を増やすなよオーリ。開けゴマ、ってか?」


 大人たちの迷推理を聞きながら、ステファンは落ち着いて答えた。

「ぼく解るよ、それ。お母さんと僕で同じ夢を見て辞書の魔法を解いちゃったことだ」

 一同が顔を見合わせた。

「正解」

 オスカーが満足そうに手を叩く音が響く。

「なぁる……魔力の無いミレイユさんは『外なる鍵』、ステファンが『内なる鍵』というわけか」

「冗談じゃありませんわ。勝手に人を鍵扱いしないでちょうだい」

 ミレイユがオスカーを睨んだ。


 まあまあ、と手で制してユーリアンが続ける。

「『12の魔の目』というのは多分、あの辞書と手紙の謎解きに関わった6人の魔法使いと魔女のことだ。違うか? 僕、トーニャ、オーリ、ステファン、ソロフ師匠に、大叔父様」

 指を折りながら数えるユーリアンの横で、オーリが考え込んだ。

「いまだ開かざる魔の目、とは?」

「まだ開かないってことはいずれ開く……魔力を持つ目、か。うーんなんだろうな」


「トーニャのベビー。そうでしょ?」

 こともなげにエレインが答えた。オーリが膝を打つ。

「エレイン、そうだよ! なぜ解ったんだ?」

「普通そう思うわよ。お腹の中でまだ目を開いていない、でもすでに魔力があるから魔の目、ってことでしょ」

「女性の勘ってのは、時々恐ろしくなる……」

 オーリが頭を抱える隣で、トーニャが手を挙げた。


「あら、でもちょっと待って。オスカーがいなくなったのは2年前よね? 娘のアーニャが生まれて間もなくのころよ。『いまだ開かざる魔の目』が今お腹にいるベビーだとして、2年前はこの子の存在なんて誰も知らないはず……」

 トーニャにうなずいて、ユーリアンが眉を寄せた。

「オスカー、まさか君は未来にまで飛べたんじゃないだろうな」

「いや、それはここにいる小さな魔女の力だ」

 オスカーの言葉に、皆は一斉にアーニャを見た。小さなアーニャはきょとんとして齧りかけのお菓子から口を離した。


「トーニャ、2年前に君の出産祝いに行ったことを覚えているかい? 生まれたばかりのアーニャが、まさに今、皆で集まっているこの場面を見せてくれたんだ、ほらこうして」

 オスカーは人差し指をアーニャに差し出した。アーニャは握手するようにその指を握り、なんでもないことのように

「おかえちゃーい(お帰りなさい)」

 と答えた。


「あの時、壁のカレンダーに1952の文字が見えた。そして君たち家族に新しいベビーが仲間入りするらしいこともわかった。だから未来に希望を託して時限魔法を使うことができたんだ」

 ステファンは壁の赤いアドベントカレンダーを見た。毎日ひとつずつ数字の窓を開けていくやつだ。残り少なくなった窓の上には、確かに1952と今年を示す数字が書かれている。

「アーニャ!この子ったらそんな力があったの?」

「でかした、さすが我が娘!」

 トーニャとユーリアンは両側から愛娘を抱きしめて頬ずりし、皆は口々に歓声をあげて小さな魔女を褒めたたえた。


「そういうことか……」

「お前は理屈で考えすぎるんだよオーリ。『5つの12』これなんて、単純に今日の日付と時間のことだったんじゃないか」

 ユーリアンが再びメモを手にした。

「12月12日、12時12分か。ええと、秒数まで指定してたとすれば……」

「いや、まさかそこまではね。トランクから出るまでだって何秒かかかるんだから」


「12回目」

 ミレイユが小声でつぶやいた。

「なにがです?」

「今日は……その、12回目の記念日、なんですわ。オスカーと、あたくしの……」

「あ、結婚記念日だ! そうだよね、お父さん」

 オスカーはうなずき、拗ねたようにそっぽを向いているミレイユを見つめた。

「覚えていてくれたとはね、ミレイユ」

「あ、当たり前ですわ! あなたこそ、とうに忘れてらしたんじゃなくて?」

 落ち着きなく手元でハンケチをくしゃくしゃしながら、ミレイユは怒ったような困ったような顔をしている。


「でも、おかしいな」

 ステファンは首を傾げた。

「なぜぼくは簡単にお父さんに会えたんだろう。誰とも言葉を交わせない場所だったんでしょう? でもぼくは普通にお父さんと話せたよ。それに……」

 怒りに任せて父をさんざん叩いた、とは言わず口の中でゴニョゴニョとごまかした。

「どこでオスカーに会ったって?」

「あの、さっき目が覚める前に、夢の中で」


 答えながらステファンは自分の言葉の矛盾に気付いた。そう、『夢の中』だったのだ。実際に父と会話したり、触れたりしたわけではない。

「お父さん。お父さんからぼくはどんな風に見えてたの? 声は聞こえてたよね?」

「ちゃんと聞こえてたよ。姿も見えたし、ポカポカ叩かれた時は痛かった」

「まああっ、お父さんにそんなことをしたの?」

 咎められてステファンは首をすくめたが、ミレイユはそれ以上叱るわけでもなく、気持ちは分かるわ、とつぶやいて頭を撫でてくれた。


「先生、あれって同調魔法みたいなもの?」

「いや。君は慣れない魔法に集中するあまり、意識が深く沈んでしまって、ほとんど死に近い場所に居たんだ。同じような意識は呼び合う。だからオスカーの居た生と死のはざま『シムルゥの間隙』に入り込んでしまったんだと思うよ。でもそれは、同調魔法とは似て非なるものだ。前に君は、ソロフ師匠の童心に会って声や触感まで現実のように感じ取っただろう。今回はおそらくその逆のことが起こったんだと思う。――まあ、勝手な推論だが」

 ふーっとため息をついて、ユーリアンが呆れたように椅子にもたれた。

「なんともはや、君ら親子ときたら、とてつもないな!」


「まあまあ、難しいお話だこと。それよりお茶のお代わりはいかが」

 マーシャが熱いお茶を勧めて回った。

「親子なんてね、そんなものでございますよ。魔法なんて使わなくても、心を通わせようと強く思えばちゃあんと繋がるもんです。そうでございましょ、ミレイユ様」

 突然話をふられて、ミレイユは慌てて咳払いをした。

「そ、そうですわね。前にステファンが手紙で教えてくれましたわ。あたくしが夢で見たのと同じ光景を見たと。そのおかげであたくしは、ウルリク兄さんのことを思い出し……そうだわ、オスカー!」

 厳しい声で呼ばれて、オスカーは姿勢を正した。


「ステファンが教えてくれましたわ。あなたって人はよくもまあ、無断で人の記憶を消すなんて失礼なことを! そもそもあなたがそんな勝手なことをするから、こんな騒動が起きたんじゃありません? 反省なさってるの?」

「お、お母さん。だってそれは、お母さんのために」

「お黙りなさい、ステファン。だいたいねオスカー、あたくしはそんなに弱い人間ではありません。ウルリク兄さんのことだって、ちゃんと実家に行って話し合って……話し合って……」

 まくし立てていた声が急にしぼみ、ミレイユは膝の上に視線を落とした。


「あたくし、生まれ変わりなんて信じませんけど。でもどうしても、ステファンを見る度に、ウルリクの小さい頃と重ねずにはいられなくて、それが恐くて。けどこの前実家に行って久しぶりに写真を見たら、思っていたほどふたりは似ていなかったわ。そうよね、もともと違う人間なのだし。あたくしが勝手に息子と兄のイメージを結び付けてただけだと気付きましたの。だから……」

 おろおろしているステファンの顔をなでて、ミレイユは苦い微笑を浮かべた。

「あたくし、やっと分かりましたの。この子はステファン。ウルリクとは違う男の子。オーリ先生からの電報で意識が戻らないと知ったときは、また同じ悪夢を繰り返すのかと心臓が止まりそうだったけど、ちゃんと戻ってきてくれましたもの」


「そのことに関しては申し訳なく思っています。貴女がた夫婦のだいじな一人息子を危険にさらしてしまった」

 オーリは立ち上がると、右手を胸に、ジグラーシ流に頭を下げた。ガートルードも、3人の治療の魔女たちも、ユーリアン夫妻までも膝を折り、それに続く。

「あら……あら、あら」

 ミレイユは恐縮してしまい、両手を口元で合わせて、どうしましょうというようにオスカーを見た。オスカーはうなずきながら微笑む。

「大丈夫、この子は力があるって言っただろう」

「そうね、あたくしには理解できない力ですけど。そういうことなら、そういうことなんでしょうね」

 ミレイユはちょっと拗ねたように言い、お茶を口に運んだ。

 

わたくしからも言っておかねばならないことがあります。ステファン・ペリエリ」

 ガートルードに名を呼ばれてステファンは緊張したが、魔女の水色の瞳は優しく微笑んでいた。

「よくに帰ってきてくれました。ラジオ局での行動はいささか無謀であったとはいえ、結果的に多くの者を救ったのですよ。その勇気はどれだけ称えても足りないのです。我々は感謝せねばなりません」

 そんな大げさな、とステファンは毛布の中で肩をすぼめた。実際のところ、自分が何をやったのかあまり覚えてないのだ。

「聞きなさい、小さな魔法使い。あの日のブラスゼムで何が起きていたか? ただ空が汚れていただけではないのですよ」


 ガートルードによると、12月5日の首都の空に満ちていたのは、単なるスモッグだけではなかった。

 竜人を街から追い出し管理区に追いやってから、首都ブラスゼムには目に見えない邪気や微細な魔物たちが簡単に入り込むようになっていた。人の希望を奪い、生きる力を奪おうとするそれらは年月とともに澱のように溜まり、汚れたスモッグと撚り合わさり、街全体を喰おうとしていたのだ。


 竜人は魔法使いの守護をするだけではなく、彼らが住む「場」を護る働きをしていたのではないか?


 人間たちは今回の「スモッグ事件」でようやくそれに気づき、だから大慌てで竜人を呼び戻し、管理区の廃止を決めたのだという。


「それだったら感謝しなくちゃいけないのは、ぼくに、じゃなくて竜人たちに、じゃない?」

「もちろんですよ。彼らへの感謝と償いも、急いでせねばなりません。間に合ううちに」

「じゃあ…じゃあ」

 エレインが緑色の目を大きく見開いて立ち上がった。

「あたしたちはもう野蛮な怪物じゃないのね? 人間と一緒に居ていいのね?」

 よーかったあ! とエレインが両眼から涙を散らせながらガートルードに飛びついた。大柄な魔女は突然のことに戸惑いながら、よしよしとその背中をさすって言った。


「竜人と共に生きる意味を、人間に気づかせたひとつのきっかけがオーレグ、いえオーリローリの絵。そしてこのフィスス族の娘が語った話。その声をラジオの電波に乗せたのがステファンなのですよ。皆、自分の力を誇りなさい」


 部屋に拍手の音が満ちた。

 エレインはステファンとミレイユにもハグしてきた。怪力ハグではない、人間流にちゃんと手加減したハグだった。オーリ、ユーリアン、オスカーは握手を交わし、誰彼となく健闘を称え合った。

 ミレイユはわけがわからない、という風に目をぱちぱちさせながら、なんなのこの人たちは、と呟いた。

「でもまあ、みんな幸せそうだから良かったのでしょ。あたくしもこれでようやく、時計が動き始めた気がするわ……」

 お茶に映るミレイユの顔が、小さく微笑んだ。


* * *


 それから数日間、ステファンが歩けるようになるまで、ペリエリ夫妻はガルバイヤン家に滞在した。


 ミレイユはマーシャとすっかり意気投合してなにやら毎日楽しげだったし、ずっと子ども部屋に泊まりこんで息子の世話を焼いた。この国の子どもの例に漏れず、赤ん坊の頃からずっと独り部屋で寝かされて怖い思いをしてきたステファンにとって、母が常に傍に居るなんて今さら気恥ずかしいような、困るような。

 けれど身体が思うようにならないんだから仕方ない、と言い訳して、ステファンは生まれて初めてワガママというものをあれこれ言ってみた。ミレイユの小言は相変わらずだったが、「いけません」がだんだん「仕方ないわね」に変わっていくのが愉快だった。


 オスカーはオーリたちと『保管庫No.5』のコレクション整理に精を出しながら、毎日ステファンに遺跡発掘の話を面白おかしく語り、ミレイユには古典的な愛の詩をそらんじてみせた。対するミレイユは「その発音は正しくない」とか「文法がおかしい」などと容赦ない感想を述べながら、一方ではヘソ出しエレインの姿を見て「あたくしも鍛えればあんな筋肉がつくかしら」と大真面目に呟き、オスカーを慌てさせた。

 

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