吠えるホエール

おイモ

吠えるホエール

寂しいことに理由を求めると、どうしてもただの平凡な欲求不満に辿り着いてしまう。それは誰かがいないからだとか、目指したい夢が見えないからだとかそんな子供地味た文句に他ならなくて、なんだそんなことで悩んでいるのかって、心に住みついた妙に大人びた自分の分身のような妄想の塊に一蹴される。君はそんなことで悩んでいるのか。君というやつは見定めるべき現実から逃げて、当たり前に与えられると思っていたものがいつまでたっても降ってこないからって悲しみの海を彷徨っているような顔をしているんだろう。悲劇の演者になったつもりでいるんだろう。彼は僕に背を向けたまま偉そうに言う。結局自分の納得出来る最高かつ最低の言い訳を探しているだけだ。そんなものは何の役にも立たないことも分かっているのだろう?

 疲れ果てたクジラみたいな大人たちをたくさん見てきた。多分彼らは明日もその無痛覚と化したヒレで社会を泳ぐのだろう。どこへ向かうわけでもなく、ただ仕方なく背負った運命とともに生きる。仕方なかったんだ。そうするしかなかったんだ。苦しくなると空に目がけて潮を吹く。私たちはこうやって強く生きています。ブシュー!

 やたら鬱陶しい中国人の家族はいっぱいのカゴを二つ持ってレジに並ぶ。ゴムと麦茶を買う若い男。シャネルの財布と携帯しか入らない小さなバッグに用途のしれないまりものようなアクセサリーを付けている香水のきつい女。生ゴミよりひどい匂いのするツナギのおっさん。誰もが寂しさを抱えて生きているのだろうか。僕のように寂しくて夜眠れない思いをするのだろうか。夜がとても長くてとても冷たいことを切々と感じて生きているのだろうか。僕は目を閉じて、瞼の裏のユートピアのような世界を探していた。彼らは違うよ。君は君だけの感性で以って君としていられるんだよ。だから君の寂しさは君のものでしかない。彼らには持ち合わせていないものなんだよ。君はスペシャルだ。だからこれからもその素晴らしきセンスを抱きしめて生きるべきだ。君はわかっているはずだよ。共感を求める時点で自分が特別だとわかっている。

「愚かだよ。最高かつ最低な阿呆だな」

 いつからかビールは出費が嵩むからウイスキーに切り替えて、グラスを洗うのが面倒だからボトルのまま口をつけて飲むようになってしまった。ドウデモイイ心配事をバカみたいに抱えては眠れなくなる僕は布団にくるまってウイスキーをちびちび飲み続けていた。「蒸留酒は虫歯にならないから大丈夫」。ジョニーウォーカーが一番持ち易いな。登る朝日を感じながら、僕は重くない瞼を閉じようとするけれど、今夜もまた妄想の扉は華奢な手首の強くもないノックで開かれる。

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吠えるホエール おイモ @hot_oimo

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