ボクらは人間になりたい
@yasairengou
第1話 エルピスは花畑にて
────そこは、どんな世界だろう?
そう、外の人は口にする。実際のところは中に入った僕達にだってわかりはしない。なんの世界なのか、どんな世界なのか、考えても答えは出ない。
だけど一つだけわかることはある。
ここは僕達の世界だ。僕達のために作られた、僕達のための世界。
「ユナ、君はどう思う?」
「────うー?」
麻色の髪を揺らし、寝ぼけて蕩けた眼を擦りながら彼女は身を起こす。
「どう思うって、この世界のことです?」
「よく分かったね、ほとんど僕の独白だったのに」
「推理するまでもねーですよ、僕達がここに来て1週間……何をするでもなく寝て過ごしてるのに、考えが分かれるわけねーです」
つまりは彼女にも何もわからないということだ。まったくもってつれない。もう少し話に花を咲かせてもいいだろうに。花の女子高生と言うからには、何でもかんでも花を咲かせるものだろう。
「いやいや、女子高生なんてやつらは花を咲かせる以上に摘み取る方に必死ですよ。お花を摘みながら花を縊り殺す話に花を咲かせるようなモンスターですから」
「……君の女子高生観は偏ってるね」
先程は一週間前に一緒にここに来たことを匂わせたが、実際のところ僕と彼女の面識はそこから始まっている。つまり、たまたまここに入ったタイミングが一緒だったと言うだけで、それ以前のつながりは何も無いのだ。だから彼女が外でどんな経験をして、どんな気持ちで生きてきたのかはわからないし、知らない。
ただまぁ、想像はできるけどもね。
「まぁ、そういうお遊びがしたいヤツらはほっとけばいーです。害がないって分かれば別の花を毟りに行きますから。男とちがって楽しさじゃなくて利益でやりやがるんですよ、あーいうの」
「寝起きそうそう機嫌が悪いね。気持ちよさそうに寝てたけど、実は夢見でも悪かった?」
「ユナは夢を見ねーです。機嫌が悪く映るなら、それはさっさんの話が下手なだけです」
これは手厳しいな、これでも話がうまいと評判なのだが。
「さっさんのは話がうまいと言うより言葉がうまいだけですね。人を瞞す類の良くねーなにかですよ。話自体に悪意が見えねー分、よりタチの悪い
「伴天連と呼び称えられることはあるけど?」
「今すぐポルトガル人に謝るべきです。神父は称えられる側ではなく賛美する側でしょーが」
うむ、どーにもやはり今日のユナは気が立っている様だ。いつにも増して言葉が鋭く感じる。
「いやいや、神父っていうのは尊敬される人のことを指すんだよ。知らなかっただろう?」
「それは敬称の神父の事じゃなくて、代名詞としての神父です。ついでにさっさんは人という意味でもノーカンです。知識のねー人をだまくらかすのはもう立派な詐欺師の証です」
……ご存知でしたか。
「ユナに知識量で挑むとはいい度胸です。伊達に書物と会話できる女という頓珍漢なあだ名は受けてねーですよ」
「降参だよ、ユナの勝ちだ」
「当然です、次からは喧嘩を売る相手を選ぶといーですね」
……ちなみにこれは余談だが、こうして勝負事として結論づけると初期の主旨を忘れてしまうのが人間の性である。結局のところ、僕は詐欺師でも伴天連でもやることは変わらない。こうした可憐な少女を弄んで暇を潰すだけなのさ。
そういう意味では実質僕の勝ちである。
「……えぇ、そういう事が顔に出る性格じゃなければ、実質勝利おめでとうと讃えてやれるところですが、その豊かな表情筋を恨むことです」
「……その貧相な表情筋が羨ましい────ッ!?」
唐突な眼窩を貫く強烈な痛み。視界がどろりと溶けていくような、むしろ脳が眼の穴から流れ出るような不快感。
「花の女子高生に、貧相はねーでしょうよ」
コイツ容赦無く目潰しをかます女子高生がいてたまるかと!花は花でも彼岸花でも背負ってそうな女子高生ですね全く!
「おーおー、痛みに苦しみながらでも手に取るように考えてることわかるです。そこまで来たら逆に感心ですよ、まったくどうして讃えたくはなりませんが」
「俺もまったく何も見えなくても手に取るようにわかるよ、どうせ君このバイオレンスな状況でも表情一つ動いてないだろ……!」
「彼岸花の女子高生らしく、多少バイオレンスな方が似合うかと思ったです。まぁ正直彼岸花と言えば黒髪ロングの大和撫子だろうとは思いますが」
……まぁ、それは正直僕も同感だけれど。
「そもそも思うんですが、実際のところどうなんです?」
「どうって、表現としては不適当だって事?」
「ですです。よく分かりましたね、ほぼユナの妄想だったというに」
「そりゃまぁここに来てからはずっといっしょだからね。なんとなく分かるさ」
そして今気持ち悪いと言わんばかりに一歩下がったのも良くわかるとも。
「まぁ実際、女子を花で例えた人は凄まじい度胸だな、とは思うよ。いずれは枯れる、それは真実だとしても、口説き文句としては不適当だ。それに一輪の花にときめくのは往々にして女の子だけ、男ってのは基本的に大は小を兼ねるシンキングな生き物だっていうのに」
「だから、男が仮に“君はまるで向日葵のように笑うね”と言ってきても、男は全く一輪の向日葵には興味を示して無いんです?」
そうは言わないけれど、少なくとも真実はそれに近いのではないだろうか。少なくともお花と話せるのは女子の特権だ。花すら恥じらう乙女というのだから筋金入り。男にとって花は生きていたとしてもモノに過ぎない。花に例えられた時点で、そこには色恋なんてなく、ただの芸術に対する賛美でしかない。
「まぁ、逆に言わんとしてることはわからないでもないこともあるよ。枯れない花、造花に例える事をしないのはそういう事さ」
「永遠では無い、生故の美しさ……ってことです?」
まぁそれもあるのだろうけど、それはやはり男心ではなく女心の考え方だ。
恐らく正解はもっと欲望的なものだろう。
「男ってのは単純だからね、願いたいんだよ」
「……?よくわかんねーです。結局どんな話です?」
「まぁ、ユナならほっといても分かりそうなもんだけど。造花は“美しいままであれ”と生み出されたもので、それに大してさらに“美しいままであれ”とか“より美しくあれ”と望むことは出来ないだろう?」
だから、ある意味でいえばやはり適当なのだろう。なにか言葉を発する動物でなく、かと言って変化の無い物でもない。
「だからきっと女性が花に例えられるのは、女性が花が好きだからじゃなくて、男が花になら願えるからだと思うね」
そう締めくくった僕に、しかしてユナは微妙な面持ちで口を開いた。
「でもそれ、どっちが乙女がわかったもんじゃねーですね。それにそれじゃあ女は男のエゴに晒されるだけです?」
「それが人間の面白いところさ。女子はね、そうしたエゴに晒されることをよしとする……つまりは男が喜ぶから、花に例えられた事を喜ぶんだよ」
女が喜ぶから花に例えるのではなく、自分のために花にたとえているのが男。
自身が嬉しいのではなく、受け入れることで男が嬉しくなるから例えられるのが女。
あぁ、何とも歪な関係だ。想像したら愉快だろうよ、この場合の主導はどちらなのだろうね。
型にはめ込む男か、あるいは大人しくはまって差し上げる女か。
どちらにせよ本当に理解不能で笑いがこみ上げてくる。
「───じ、じゃあ!」
「うん?」
思わずニヤついてしまった所で、張り上げられたユナの声に現実へと帰される。正直もう少し浸っていたかったけれど、まぁ一緒に話していた彼女をおいてけぼりというのも良くないだろう。
「さっさんはユナに彼岸花のようであって欲しいです?」
……これは一本取られた。どうにも僕の仮説は間違えていたらしい。
「いいや、僕が女子に望むなら、それはきっとユリ科の植物だろうね」
何やらまた一歩後ずさる音が聞こえたがほっておこう。
しかしなるほど、僕の話で行けば男が女を花に例えるのは比喩では無く願望である。それは確かに遠回しなれど愛情の表現だ。
であればこのちんまい少女に僕は少しなりとも愛情を抱いているのだろうか。出会って1週間、お互いに欠点こそ見つめあい続けた自信はあるが、美点は生憎と一つもない。あぁしかし、納得はした。
「ユナ、少し変に考えすぎたから、僕達は前提を忘れているよ」
そこでハッと思い出したという表情をする彼女。頭はいい癖に、融通が利かないのが彼女の欠点のその殆どだ。またそこがどうにも憎らしい。
しかし、ここまで言えば彼女もわかる。思い出す。
なぜならそれはここに来るための大前提。このエルピスと呼ばれる仮想空間の住民は、総じてその選別から残ったもの達。
忘れている方がおかしいのだろう。
「────僕らはヒトじゃない」
───だからさっきの話は僕達とは無関係なのだと、そう口にした。
ユナもつっかえが取れた様に晴れやかに笑って繰り返す。
「───ユナ達は、ヒトじゃない!」
あぁ、スッキリした。一時は焦ったけれど、そうであれば納得だとも。仮に僕がユナを彼岸花に例えようと、そこに愛情はない。願いもない。
彼岸花、それは赤と白で彩られる最果ての花。それに願いをなんて言うのは、人間にしてもくさすぎる。
「あぁ、そうそうさっさん。ついでにひとついいです?」
「あぁ、いいよ。なにせ僕は伴天連、懺悔も告解もなんでもしてごらん」
そうして両腕を広げた僕に、彼女はさながら彼岸花の如く笑って告げる。残酷に、冷酷に、ヒトの形をしたヒトならざるものは、そうして笑う。
「彼岸花は、ユリ科の植物です?」
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