ステラ・ラガッザ

音近

1話 遺跡と因縁

 また、あの夢を見てしまった。親友の最後。俺の人生最初で最後の後悔。


 『ステラの遺跡』第一の遺跡 ――灼熱の大地ロヴェンテ―― 


 灼熱に焙られ続けるその遺跡の最深部に、俺は親友を抱えて叫ばずにはいられなかった。


「神様!すべてが許されるのならば、俺は何だってやるっ だからどうか、どうか親友の、シスイの命だけは助けてくれぃ!……俺が、悪かったから……!」


 何を間違えたのか。


 俺たち探検隊は夢を追いかけてここまでやってきただけなのに。


 夢はおろかすべてを今失おうとしている。


 この遺跡が他の遺跡と比べても少々歪だということはわかっていた。遺跡の名前に旧文明の文字ではなく、現代のステラ文字を使っていたから。つまりこの遺跡は黎明期に誕生したものだということになる。


 そして何より、機械兵がおらず、モンスターだけしか生息していなかったのもおかしなことだった。


 でもそれだけ。


 たったそれだけの違いを俺たちは違和感だけで済ませて奥へ進んでしまったこと。


 目の前の青年は俺を庇い、重傷を負って今にも絶えてしまいそうなほど浅く呼吸をしている。


「ジ、オ……」

「っ しゃべるな!まだ血が、」


 震える手で、シスイはジオルガの頬に手を添えた。その手はこの灼熱の中でさえもはっきりとわかるほどに冷え切っていた。


「そんな、顔をするな。俺たち、探検家には、ハァ、……死は最も身近だって、いつも、お前が言ってたじゃないか……」

「そんなことは関係ねぇ!!お前は黙って俺に助けられてればいいんだよ!」

「困った、やつ、だな…… これじゃあ、別れが、言えなくなってしまうじゃないか……」

「言わせねぇぞっ 絶対にお前は俺が助けて見せる!」

「……」


 最後に微笑んだシスイは、最後に何かを言おうとして口をパクパクと動かしたが、声が出せないとわかると、困った表情を浮かべた。


「おい!起きろシスイ!シスイ……?」


 それが彼の、探検隊”ラビリント”の隊長の最後。



 30年前のあの日以来、あの悪夢が俺からついて離れない。


 シスイが死んでから探検隊は自然と解散し、あの日の記憶から目を背けるように散り散りとなった。


 "ラビリント"が解散した噂は身内の中だけに留められ、もちろんシスイの死も隠された。今まで大々的に活動していただけに、しばらくすれば陰謀論だったり、裏切りがあったなどと出所の知れない噂が立ち始めたが、それでも俺たちは口を開くことはなかった。


 目を覚まし、顔を洗ってから近くにあるオリエント聖堂に赴くのがあの日以来からのジオルガの日課となっている。


 聖堂に入り、一番後ろの席に腰を下ろして正面のステンドグラスを見上げると、そこにはいつもと変わらない天使の少女が朝日を浴びて輝いていた。


「今日も懺悔に来たのかい」

「ああ」


 不意に後ろから声をかけられたが、そのまま正面を見つめながら空返事を返す。声の主はこの聖堂で司祭をしている女だ。名をジャンナといい、本名はリオネだ。


「リオネは相変わらず元気そうだ」

「ここにいるときはジャンナだよ、すっとこどっこい」

「教会に魂を売った名前はごめんだぜ」


 彼女がなぜジャンナと言われているのかは、簡単だ。教会である程度の地位まで行くと”真の名”というものを授けられる。この名前をもらえば、それ以降は以前の名を名乗ってはならない。


「好きで、こうしてるんじゃないよ。……あんたや、シスイのためさ」

「……」


 彼女は”ラビリント”の元隊員だ。役職は”治癒師”。傷を癒せる貴重な能力の持ち主だ。


 あの後バラバラになった隊員たちだが、彼女はあれ以来ここの司祭として働いていた。教会はジオルガにとっても彼女にとってもあまり好ましい印象はないが、隠れて暮らすよりは堂々と暮らしていたいという彼女の意思で教徒となった。


 ジオルガがこうして聖堂に入ってこれるのも彼女がいることが大きい。


 ”ラビリント”解散以降、教会は俺たちを指名手配した。だがそもそも”ラビリント”は自営業として基本的に秘密裏に活動していたため、幸いにして顔が割れている者はいない。


 遺跡の調査は基本的に教会が仕切ることとなっている。しかし、そうすると自分たちが知ることのできる情報は限られてきてしまう。そこで自営業として裏社会でずっと活動していた。


 やがて教会にばれ指名手配とはなっているが、それがなされたのは解散後だった。”ラビリント”はもはや都市伝説となっていた。


 だからこそ、リオネはジャンナとして教会に入ることが出来たし、そのおかげでジオルガも教会の聖堂に入ることが出来ていた。


「もう根に持つのは辞めなよ。あれはあんたのせいじゃないってみんな思ってるんだ」

「……」


 彼女の慰めの言葉を、ジオルガは聞いていないという態度でその場を去った。


「はぁ……」


 友人の背中を見送ったジャンナは、彼がどれほど後悔しているのかよく分かっていた。シスイの最後を見届けたのは彼だけだから。


 だから尚更、彼にはもう前を向いて生きて欲しいと強く思っていた。


「ジャンナ司祭」

「ん、ジュリオか」


 ジオルガと入れ替わりで入ってきたのはこの聖堂で働く教徒の一人のジュリオだ。彼はジオルガの背中を怪訝そうに見つめる。


「あの人、毎日来てますけど、信者じゃないですよね?」

「ああ、あれは懺悔をしに来ているだけで神なんていないと思っている輩だよ」

「やっぱり、なぜあのような者をここに入ることをお許しになっているのですか」

「さあ、なんでろう」


 責めるような物言いのジュリオにジャンナは困った表情を浮かべるだけだった。



 家に帰ってから、ジオルガは探検に出る支度をする。あれ以来一人で遺跡探検に行くが、やはり集団でいる時よりも危険は大幅に増す。


 遺跡は旧時代の文明が作り上げたものだが、その中には罠や機械兵と呼ばれる危険な敵も存在する。遺跡に入ってからそれらに遭遇しないということなんてありえない。


 一度遺跡に入り、奥深くで重傷を負ってしまおうものなら、もう戻ってくることは絶対に叶わないだろう。


 故に万全な装備を整えてから、遺跡へと向かう。


 そしてもう一つの大きな障害は、指名手配されていることである。


 遺跡の探検には教会の許可証がなければならないが、それを発行するわけにはいかない。発行する際、何やら特殊な機械に通され、そこですべてがばれるのだそうだ。だからそこでばれてしまう危険があるために簡単には発行できない。


 ではなぜジャンナが出来たのかといえば、彼女が”ラビリント”に入る条件として、教会に籍を入れることだったからだ。そのころにはすでに指名手配されていたため新しく入るのなら、つかまったときの保険をということで教会に籍を前もって入れていた。


 探検隊になるための手続きをしてしまうと、どうもそこでばれてしまうらしい。


 だから彼女には籍に入ってもらった後に隊員となった。


 では探検が出来ないかといえば、そういうわけでもない。正規の手続きを踏めないのなら別のアプローチをしてやればいい。まだ教会が見つけていない、遺跡を探すもしくは、


 許可証を裏で売っている者から買うのだ。


 毎日何十人と遺跡から帰ってこれなくなる者たちの遺体から許可証だけを抜き取り、その者の存在を抹消する回収屋がいる。そこで許可証を売ってもらえれば、それで晴れて遺跡の中に入れるわけである。


 教会が見つけていない遺跡は山のようにあると言われているが、それを見つけるのは至難の業だ。なら都合のいい遺跡が見つからなかった保険として許可証が必要なのである。


 探検家の収入源は、遺跡内で見つけた旧時代の技術に関するもの、いわゆる”遺物”を売ることで生計を立てている。


「オッズ、いるか?」


 ジオルガはメインストリートから遠く離れたスラム街の一角に足を運んでいた。例の回収屋に会うためだ。


「いるぞ」

「今日はいいの入ってるのか」

「あるぞ、2000ケールだ」

「ちっ ぼったくりめ」


 オッズはこのあたりでは有名な回収屋だ。そして情報やでもあるため、彼が新しい遺跡の情報を売ってくれることもあるのだ。ただかなりの値段を吹っ掛けられる。この場合で言えば2000ケールはだいたい高級リゾートホテル10泊分くらいだ。ケールはこの世界の最大通貨単位を現している。


 ジオルガが携帯端末を無造作に手渡すと、そこに表示されたコードをオッズが取り出した携帯端末にかざす。


「まいど」

「じゃあ教えてくれ」

「ここから南西に向かったところにガラノ村がある。明日の日没、そこのはずれの墓地に案内役の男が待っている。」

「わかった」

「6割だぞ」

「ふんっ」


 紹介料として、オッズには売り上げの6割を渡すという決まりがある。それでもこちらが基本的に赤字になることはないが、情報屋からしたらそれだけでは赤字になる危険がある。だからこそまず前金として2000ケール要求した。この前金に関しては変動が激しい。最低10ケールは下らないが、その情報を手にするためにかかった浪費を換算する。つまり2000ケールは相当な苦労を掛けて手に入れた情報なのだろう。


 探検家として期待しないわけにはいかない。


 ジオルガはその日のうちに街を出た。

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