第七話.ガールズブラボー
「ウフフ~、ようやく、ちはやちゃんがモデルになることを了解してくれて、おばさん、うれしいわ♪」
アパレルメーカーのオーナーと言うより、むしろそのブランドの専属モデルと言ったほうがしっくりくるような美女(ククルの母)に、笑顔で手を握られて苦笑いするちはや。
「えーと、お手柔らかにお願いします……タハハ」
親友ふたりに困ったような視線を向けるが、ふたりともニコニコと無邪気(を装った人の悪そう)な笑みを浮かべるばかりだった。
土曜日の午後、学校が終わると同時にククルの迎えに来たキャデラックに、ちはやと秋枝も同乗して、田川邸に来ているのだ。
軽くサンドイッチを摘まんだのち、ちはや達は撮影を行う部屋に案内される。
ちはやとしては「身内だけの気楽な撮影会」という話だったので、てっきりククルの母が用意した何着かの服に3人が着替えて、和気あいあいとおしゃべりしつつ、その様子を適当に写真に撮られる程度だと思っていたのだが……。
確かに、そこは田川邸の一角であり、同席しているのは“彼女”と秋枝を除けばこの屋敷に住む者・働く者ばかりだ。それは認める。
しかし、まさか自宅の地下に撮影スタジオがあって、さらに執事がプロカメラマン顔負けの撮影の腕を持ち、そのままで十分テレビ局のスタイリストやメイク係が務まる技量を持つメイドさんまでいるとは思わなかったのだ!
職業柄、確かにスタジオくらいはあってもおかしくないが、使用人にそれ向きの人材まで揃えているとは……田川家、おそるべし!
まぁ、ここまで来たらグダグダ言っても仕方ないので、ククルのママ──シャミー女史の指示に、ちはやは大人しく従うことにした。
「まずは、ちはやちゃんのいつものイメージに近いカッコからいきましょう」
そう言って渡されたのは、袖が肩から分離して肩の部分がむき出しの、若草色のワンピース。スカートの部分が思い切り短いが、下にドロワーズっぽいオリーブグリーンのかぼちゃパンツを合わせているので、飛び跳ねても問題ない。
素足にシンプルなレザーのロングブーツを履き、エクステを付けて髪型をサイドポニーに仕上げているので、活発そうではあるが普段のちはやとは少し印象が異なっている。
「今度は、ちょっと可愛らしい方向ね」
ピンクのノースリーブにミディ丈の萌黄色のスカートというローティーンの女の子としてはやや地味めな服装だが、その上に七分袖の白いジャケットを羽織ると途端に華やいだ雰囲気になる。
足元は白タイツとオーキッシュブラウンのレディスモカシン。襟にかかる髪の裾を内巻き気味にブローして、頭には薄桃色のボンネットを被ると、どこかヨーロッパの民族衣装を着た娘さんにも見える装いに仕上がった。
「せっかく背が高いんだし、もう少しオトナっぽくしてみましょうか」
お次は白を主体にベージュとモスグリーンを配したふんわりした長袖のワンピース。スカートの裾はくるぶし近くまであり、パッと見は『ハ●クロ』のは〇ちゃん風。
薄手の黒いハーフストッキングとカーキ色のローファーを履き、エクステでロングにした髪を、黄色いアイリスの花を模した髪飾りふたつでツインテールにまとめると、鏡の中から15歳くらいに見える美少女がちはやを見つめ返している。
「うんうん、イイ感じ。じゃあ、今度はちょっと小悪魔路線に変更ね」
小学生にはちょっと早過ぎると思われる黒のストラップレスのミニドレスも、ちはやの背丈と顔立ちなら、さほど無理なく着こなせるようだ。
ほとんど剥き出しの肩と背中は、真紅のハーフコートとショールで隠し、足元は、いかにもゴスロリ衣装に合いそうな黒の厚底靴。
ダークブラウンのロングウィッグを、あえて奔放に背中までなびかせたまま、額に宝玉のハマったサークレットを付け、どこから見つけてきたのか乗馬用の鞭を手にポーズをとると、さながら「魔王のひとり娘」といった趣きだ。
「いいわいいわ~、じゃあ、せっかくだから真逆のスタイルも試さないとね」
白のフリルをふんだんにあしらったライトパープルのクラシカルなコルセット付きドレスを着せられる。スカート部はパニエのおかげでフワリと広がりつつ、裾は鈴蘭のようにややすぼまり気味のデザインに仕上げられていた。
僅かに見える足にはチェリーレッドのハイヒールを履いて、鮮やかなブロンドのカツラを三つ編みにしてからアップにし、銀のティアラを載せると、まるでお伽噺から飛び出して来たプリンセスそのものだった。
各衣装に合わせて、メイク係のメイドさんがお化粧やアクセもアレンジしてくれる点など、アイドルの写真集の撮影さながらだ。
スタジオの壁の1面がまるごとスクリーンになっていて、背景も草原風、浜辺風、古城の一室風など自在に変更できるとあっては、もはや笑うしかない。
「ふわぁ~、ステキですわ、ちはやさん」
「ちはやちゃん、カワイイよー」
ちはやとしても、親友ふたりの称賛が嬉しくないわけではなかったが……。
「最後のコレって、むしろコスプレじゃないかなぁ?」
お姫様風ドレス姿のちはやの呟きを聞きつけたシャミーが反論する。
「あら、でも、ちはやちゃん、実際にそういうドレスを着て出掛けるパーティーもあるのよ? ねぇ、ククル」
「ええ、わたくしも、少しデザインは違いますけど、似たようなドレスは持ってますわ」
「ねぇ~♪」と母娘が揃って頷き合う様子に、「うわ、ぶるじょあだ」とコテコテの庶民であるちはやと秋枝は苦笑いする。
もっとも、ちはや自身、鏡に映る姿を見て確かにかなりの美少女だと思う。ただ、そこにいるレディがほかならぬ自分だとは到底認識し難いのだが……。
ふと気づくと、シャミーの元にククルと秋枝が集まって何やら内緒話をしている。
「──おもしろそうね♪ いいわ、すぐに用意してらっしゃい」
いつもニコやかなシャミーが、より一層の笑みを浮かべて娘とその友人に向かって頷きかけ、ちはやにいったん休憩を告げる。
スツールに腰掛け、メイドさんから渡された冷たいレモネネードのグラスに口をつけながら、「何だろ?」と首を傾げるちはやだったが、その疑問はすぐに氷塊した。
いったん姿を消していた秋枝とククルが戻って来たからだ──しかも、片や秋枝は田川邸の使用人服とは異なるクラシカルな深緑色のメイドさん姿、片やククルは『ベ〇バラ』あたりで出てきそうな華麗な男装剣士の衣装に着替えて。
「も、もしかして……」
チラリと視線を向けても、この場を仕切るシャミーはニッコリ微笑むばかり。
──その後、ちはやが「宮廷ドラマ風アドリブ寸劇」に付き合わされたことは言うまでもない。動画もバッチリ撮影された。
その後も、ロリータ色の強いピンクのネグリジェや丈が思い切り短く随所をレースで飾られたアレンジ浴衣など、何種類もの衣装を着せ替えられ、写真をしこたま撮られたのち、ようやく「第一回ちはやちゃん撮影会」はお開きとなったのだった。
「だ、第一回って、また次があるの!?」
「わたしたちとしては、あると嬉しいわ。ね、ククル、秋枝ちゃん?」
「「はいっ!」」
「……勘弁してください」
大きく頷く親友達を見て、orzな姿勢でガックリうなだれるちはや。
「安心して。ちはやちゃんの写真は、勝手に雑誌やwebに掲載したりしないわ。仮に載せるときも、ちゃんと事前に許可はとるから。ね?」
一般公開される恐れがないのは確かに朗報だが、それ以前の問題だ。ここで下手なコトを言うと、絶対馨に怒られるだろう。
「でも、なんだかんだ言って、ちはやちゃんも結構ノってたじゃん」
「そ、それは……」
確かに、周囲の雰囲気にアテられて、いつの間にかノリノリでポーズとったりファインダーに微笑みかけたりといった真似をしていたので、ちはやとしても強く秋枝に反論できなかった。
* * *
元の私服に戻って遅めの午後のお茶と談笑を楽しんだのち、今回の訪問はお開きとなった。
帰る間際にククルの母からふたりに「今日つきあってもらったお礼」と言うことで、駅前のホテルに併設されたレジャー施設の無料利用券を多めに貰ったので、早速明日の日曜に3人で行ってみることにする。
「小学生だけだと心配」ということで、ククル付きメイドの睦月さんが付き添ってくれることになった。
家に帰って、ちはやは家族にそのことを告げた。両親は理解してくれたものの、“兄”の馨から「人が試験勉強で苦しんでる時に! 爆発しろ!!」という視線が飛んで来たのは無理もなかろう。
結局、「夏休みに千剣破が友人達と海に行く際、かおるたちも同行させる」という条件で、何とか機嫌を直してもらった。
『ふむ。水遊びか……しかし、チハヤよ。汝に水難の相が出ておるぞ?』
「えぇ~、ヤダなぁ。もしかしてプールでおぼれたりするの?」
せっかく泳げるようになったのにィ~と、しおれるちはや。
その様子は、まるっきり元気印な小六の女の子そのものだ──このコ、自分が本当は16歳の男子だという自覚は残っているのだろうか?
『よし、チハヤよ。我もつきあってやろう』
「え? ナミってウチの家から離れられるの?」
『我は家そのものではなく武内家の血筋にくくられているのだ。汝やカオルの行く場所に同行するなら、なんら問題ない』
「……で、本音は?」
『たまには我も水辺でのんびり羽を伸ばしたい……って、こりゃ、何わ言わせるか、カオル!』
「ははは、ごめんごめん。でも、まぁ、ナミには色々お世話になってるし、そのくらいはいいと思うけど」
「うん、そーだよね!」
「あいにく、僕は試験勉強で同行できないから、ちぃちゃんの面倒見るのを、お願いしていいかな?」
『ふ、ふんッ! カオルにそんな風に頼まれては断れぬから、一緒に行ってやらぬでもないぞ』
と、ツンデレ風味なナミの言葉で、その場はうまくまとまったのだった。
そして、翌朝早くに“誰か”に起こされたちはやは、眠い目をこすりながらベッドの上に起き上がり、起こしに来た人物を見て硬直する。
「もしかして……な、ナミぃ!?」
「うむ。聞くまでもなかろう」
いや、誰だって絶対聞くはずだ。なぜなら、目の前のいる今のナミは、ちはやより心持ち背が高い、18歳前後のごく普通の少女に見える姿をしていたからだ。
「ナミって人間の姿にもなれたんだ……」
「この程度、お茶の子さいさいよ。姿を隠して見守ることも考えたが、それではとっさの対処に遅れる可能性があるからの」
「え、でもお父さん達は……」
「案ずるな。認識を歪めて、我は「夏休みだからこの家に遊びに来ている親戚の娘」ということにしてある。コレで堂々と付き添いができるであろう?」
その後のナミの対応は鮮やかなものだった。
武内家の両親とごく自然に会話をこなすのはもちろん、リムジンで迎えに来た田川家の使用人たちにも礼儀正しく「ちはやの年上のイトコ・御久那美果」として対応し、信用を得る。とくに、ククルからは「美果お姉さま」と懐かれたようだ。
秋枝はすでにクルマに乗っていたので、リムジンは一路ホテルへと向かった。
ホテル・バビロンの、プールを中心とするレジャー施設は、おおむね満足のいくものであったと言ってもよいだろう。
プール自体が広く新しいうえ、高級ホテルに属する場所だけあって人の数はさほど多くなく、また周囲にはデッキチェアなどの休息場所も多めに設けられている。
「まぁ、ちはやさん、大人っぽいですね~」
「いやいや、ぼくなんかぜんぜん。ククルちゃんこそセクシーだよ」
ちはやはヘソ出しキャミソール風のトップとデニムのホットパンツ風ボトムを組み合わせたタンキニ、ククルの方は、かなり布面積を冒険した紫色のビキニだ。
「ぼくは全然胸ないからビキニは無理なんだよね。羨ましいなぁ」
そう言って、ククルの12歳とは思えぬ豊かな胸の膨らみに羨望の眼差しを向けるちはやからは、もはや自分が本当は男であるという自覚はカケラも見られない──いろいろと手遅れかも。
「ゴメーン、遅くなったぁ」
やや遅れて更衣室から出て来た秋枝を見たふたりは異口同音に呟く。
「「あら、かわいい」」
秋枝の水着は、ピンクの地に白の水玉の入ったワンピース(スカート付き)という子どもっぽい……もとい、誠に小学生らしい可愛らしい代物だった。
「あたしがフツーなの! 12歳なのにモデル体型とか、ぷち巨乳とかの方が、規格外なんだから~!」
プリプリ怒りながら地の文にツッコむ秋枝を、まぁまぁとふたりがなだめる。
シンプルな黒のワンピース水着の睦月はともかく、ナミ……じゃなくて美果が、場違いな格好(海女さん姿とか潜水服とか)で来ないか密かに心配していたちはやだが、ごく普通の白のビキニ(パレオ付き)だったため、ひと安心。
(心配するな。伊達に毎日神棚からてれびは見ておらん!)
小声で囁く美果(ナミ)に、それもそうかと、ちはやも納得する──が、神様がそんなに俗っぽくていいのだろうか?
3人娘たちは、水のかけっこをしたり、無事泳げるようになったちはやの腕前を見るべく25メートル競泳したり、ウォータースライダーを一緒に滑ったり、浮輪やエアマットで水に浮かんでのんびりしたりと、夏の休日を思い切り堪能した。
ナミが予言していた「水難」も、実際には「更衣室に向かう途中で、プールサイドを通る時に起きた地震で足を滑らせてプールに落ちる」という笑い話レベルで済んだ。
当人としてはビックリしたり水を飲んだりと確かに“災難”ではあったが、足がつって溺れたり、ひどいケガしたりすることと比べれば問題にならない。
午後3時過ぎに着替えてリムジンに乗……ろうとしたところで、不意に美果の顔が青ざめ、小声でちはやに囁きかける。
(すまぬ。どうやら、我はしくじったらしい)
「え?」と聞き返す前に、美果は「買う物があるから」と皆に告げ、リムジンに乗らず駅前商店街へと消えて行った。
狐につままれたような思いのまま、それでもリムジンで自宅まで送ってもらったちはやだったが、家の前に赤いクルマ──消防車が止まっていることにギョッとする。
慌てて家に掛け込むちはや。
家にいた両親の説明によれば、どうやら小規模なボヤが起こったらしい。幸い発見が早かったため、すぐに消し止められたので、放水も不要でたいした被害はなかったのだが……。
「え、神棚が?」
「そうなのよ。どうも買い物に行く前、ロウソクを消し忘れていたのが出火の原因みたいで……」
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