第45話
波濤は重畳になって船に襲いかかり、マストの近くに立つ自殺志願していた水兵は重畳だった。天罰などと言いたくないが、圧伏させるようにする船長への報いだ、悪逆に働いた幹部への応報だ。 暗示的看過法
昨晩は悵然として声を嗄らしていた男も、立つ鳥後を濁さずに似たもので、戦地に向かう今日は精悍な顔つきをして出かけて行った。依拠としていた家族を振り返らず、異見を憚らずに口に出しながら。 引喩
郊外のスーパーマーケットの駐車場で二人の男がマンホールに入ろうとしていた。山高帽子の男がロープを持って入ろうとするが、鳥打帽子の男が喋喋と話しかけるので気が散ってならなかったので、沈黙は金と言わんばかりに顔を顰めて睨んだ。一様の男二人はいっかな動こうとしない。 引喩
街通りを歩く三人の男、一人はニット帽子、一人は少年、一人はオールバック、彼らは政府から家財道具を徴発されたばかりでなく、兵士として徴発された。敵に塩を送る心組みなど一切ない。労しい兵役を思えば怠惰の一途を走りたくなるものだ。 引喩
丘の上から望む湖畔の町の朝明けは、湖面の反射した澄明な空気に満たされていて、清浄な山気に浸潤した者のみが存在できる。自然の掟から違背できるものはおらず、何れも頭を垂れるしかない。 隠喩
宿屋の軒先の籐椅子に座ってのどやかに鼎談する老人が三人いる。彼らは昔、強情な革命家として国々を跳梁していた。今は酒場の板敷を跳梁することもなく、変遷の甚だしかった国の位相を気にせず、息巻くことの終えた虎は休息を得る。 隠喩
直裁した烏賊は墨を吐き、直裁できずにいる蛸をけしかける。いざいざ、異域の魚を料理しよう。 隠喩
回転する扇風機の羽の残像が叫んで鋭く、寂れた映画館の佇まいの静かさと、木漏れ日に透ける女達の脚を直覚してしまい、サンバイザーを付ける男は上目遣いをする。疎々しい白髪男の目線と殷々と轟く太鼓の音に苛まれながら。 隠喩連鎖法
胸板の厚い男は腕を伸ばし、ベッドの上に膝立ちする女の身柱元に手を近づける。火車の回転が勢いを増して、大麦の束は鍬に叩かれ、ビードロを吹く繊細な息遣いと森閑とした木立の下の草いきれが立ち上る。水着女性の遺漏に許す心は持てずに、いみじき光線の射幸を打ち砕いた。 隠喩連鎖法
街灯同士を結びつけた縄に眠そうにぶら下がった猿がいて、干からびた鶏は怒りながら猿に知慮がないことを罵った。罠にかかった雌鶏に関心を向けずにそっぽを向く犬の慮り、積まれた白桃の芳香と甘みの憎しみ、色をはき違えた薔薇のうな垂れる姿、鬱然とした獣同士の諍いは転た盛んになる。 隠喩連鎖法
素っ裸のまま胡座をかいて子犬を股間の上に持ち上げる彼は、地球はオレンジのように青いという言葉にも優る笑顔をみせていて、沈毅でいながら快美な肌の艶やかさを湛え、拐帯の得意な男にはとても思われない。 引用法
項垂れて沈吟したり遠くを見据えて沈吟する寸暇もなく、女は手の平をつきだして、私は毎日棺に入る、見知らぬ人といっしょに、この言葉通り木枠の中へ沈んでしまった。佶屈したままの肢体は横に首が折れており、死なながらに翹望することは叶わない。 引用法
板塀に掛かる楕円の枠に収められた肖像画の隣に立ち、山高帽子の男は陳情することなどないと冷え切った目を向け、鳴き渡る雁の涙や落ちつらむ物思ふ宿の萩の上の露、という言葉を口元に携えている。慧敏に事を処置しても評価はされず、軒昂に頭は傷んで苛まれるだけだと考えているようだ。 引用法
顔を拭く織物を口に当てて、緑色のブラウスを着る女は沈滞している。食費を増やす健啖は消えてしまい、社会の不正に対する慷慨も起らない。 迂言法
店頭に赤い提灯のぶら下がった酒場では、沈着なマダムが高楼の軒並み崩れる天災に見舞われようとも、沈着として客に給仕していた。広量な人物と噂されるとおり懇篤に面倒を見る人だった。 迂言法
家事を一切せずに家の中に閉じこもっているだけで莫大な金を男からもらえる職業にあるこの女性は、肘掛け椅子に座り沈痛な顔をしている。単純な生活に錯雑した煩悶を抱えて密かに嗟嘆していた。 迂言法
ああ、その立ち姿、陳套だな。座興にもならない、自分の先潜りかもしれないが。 詠嘆法
なんであんな家に闖入してしまったんだ、忸怩たるふしだらなものに慙恚してしまったんだ。 詠嘆法
花かごを腕に下げる少女は言う、あら、おじいさん、大衆を鎮撫しちゃったわ、どうしよう、あまりにも首相を讒謗して指呼するものだから、ついつい。 詠嘆法
裸の胸を両手で隠す白粉を塗りたくった女は、酒に酔いながら互いの股間を打ちつけ合うのが好きで、沈湎して張りのなくなった肌を隠すのに必死だ。嗤笑されることも憚らないながらも、時折堪えられず潸然とすることもある。 婉曲法
腕を組んで冷厳な顔をしている彼は沈勇な男と社内で噂されるが、尻の穴から太くて大きく、非常に臭いものを出す野郎としても有名だ。その理由を揣摩したところで臭いはやわらがず、悉皆彼の臭さはその性情から来ているようだ。 婉曲法
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