修辞技法と単語学習の為の例文集
酒井小言
第1話
彼女の振り向いた姿は、刹那、哀婉な若妻に見えるわけないが、皮の弛んだ皺の多い老女だった。ふと、以前からの腹案(伏在シテイル蛮勇)を、心火を核にあけっぴろげに輻射したい気になった。 暗示的看過法
哀切な表情がわざとらしくて同情するに耐えることはないが、一分の慈愛を持って慰めてやる。全体から眉間に輻輳した欺瞞の印の皺を腹蔵なく腐して、汚れきった腹背を無様にさらけ出してやりたいが。 暗示的看過法
ふしだらな目元と引きつった口元に、阿吽の呼吸で相俟っている醜さだ。ふくふくとした下顎は──覆滅セシム脂肪ノ複葉ニ日ガ差シ込ム──ぜひ脳髄に服膺すべき愛らしさだろう。 引喩
あえかな立ち姿にルーベンスの戯画を想起させられます。お綺麗な人の姿態から眼福を得ることこそ、わたくし最大の福利とするところで(アナタタチニハ理解デキナイデショウ)、厚かましく付言させてもらいますと、「そいつはありえないだろう」と他の人に訝れる不稽なうわさも、確かめずにはいられませんね。 引喩
悪逆の限りを尽くそうと放射性の飛沫を飛ばす。彼の分限ではそれほどの力強い射出は行い得ないが、他人どころか彼自身にも誣告し慣れているから、垢抜けない無骨な作法にかき立てられて、嘘が真実を超越して下半身を迸り出たのだろう。 隠喩
厚顔無恥なあけすけ桜に勝るとも劣らない、何という不心得だ。秩序のない蕪雑な言動め(不二ノ愚民メ)。 隠喩
悪心の粒は皮膚の隙間から透写して、防ぐこと 能わず、雨漏りの浸水に身体は重くそぼ濡れる。不実の商い虜の俘囚、不祥は自らの因るところ。 隠喩
期待して当て込んだ同情は黒く染まって我が身に跳ね返る。不承不承に引き受けたことが、無精でやさぐれた心根と折り合わない(アマリニモ扶植サレテシマッタナ)。 隠喩
不潔と言われただけでなく、あまっさえ朽木の腕に頬を叩かれたのだから遣り切れない。わたしの腐心など誰も斟酌しない、けれど不尽の志──不随ノ性根ノ輩ドモ、林立スル盲ノ葦──は朽ちることはない。 隠喩
外来の美麗な男にあやなされて、女は毎晩を徹して絹布に斑模様を綾なした。近ごろは煮え切らない男の心に燻ぼりそうも(付スル恋慕ハキエナイノ、誰ニ私ノ恋詩ヲ斧正デキルモノカ)、火を絶やすことはない。ロマン・ロランは言う、真理をみるひつようのない人々にとっては、人生はなんと気楽だろう。 引用法
整然とした配列は碁盤の文目に彩られている。怒りとは短い狂気だ、浮説に浮かれる膚浅の仲間か、憮然とする理知的な私と。 引用法
女の弟は晋の宦官だ。心棒を切り落とされ、睾丸を消された性質は低く構え、皇帝に阿諛して哄笑する蛞蝓となる。都の外観及びインフラの実質性を向上させることを目的とした責任は大臣に負託され、普段から不断の発展に傾注したが、遅々として進まなかった。彼と都を象徴する符丁は膨らまない風船だった。 隠喩連鎖法
荒肝を引っこ抜かれた男は以前に召使されていたようであり、家族の激情に合わせて浮沈し、薄ら寒い深更に湯たんぽの代わりを務めたこともあれば、春風の吹き荒れる昼前に、復仇を望む気持ちを抑えながら、鬱屈した気持ちの捌け口となり、眼は腫れ、眉毛は禿げ、男の物象も崩れるほどのこともあった。種種の役割を受け持っていた並々ならぬ者だった。 迂言法
粒雨横から叩きつける吹き捲る嵐の日に、ずぶ濡れに働く道路作業員を高窓から見下ろし、ひきたてのコーヒーを片手に何の感慨も起こさず啜ったり、畳みに寝そべり、株価の暴落を中継するテレビを肩肘ついて観ながら、脇の下を摩って何気なく鼻の頭に運んだり、安逸と羨まれる生活をしていないでもない──ブッ違イニ板ヲ貼ッテ補修サレタ壁ガ彼ヲ見下ロス──。世間一般の物情には惑わされない。怫然と誰かに悪罵を吐くこともない。 迂言法
とにかく安気なものさ(不束ナ性質ガ俺ダカラウレシイネ)、ふっつりと金は入らなくなったが──食料ノスッカリ払底シタ台所──。 転位修飾法
この四字熟語が表すのは、表面の潮流に踊らされることもなく、じわじわ迫りくる暗潮に足をすくわれることのない生活といえるだろう。実際に送るにはどうすべきか。連綿と湧く欲望に対し健全を向かい合わせてふつふつと断ち切る。不逞な挙措をしない為には。日頃から普天を見上げて感謝を忘れない。 問答法
おお、わたしの知らないところで、金を工面する為にあの女は身を削る暗闘をしていたのか! ふとやって来る、情緒を揺すぶる真実は(アア! ナンテ不撓ナ性根ノ人ダロウ!)、わたしを浮動させて恨めしい。 詠嘆法
なんと静かな安寧の日々! どうして厭うことができるだろうか? 不得要領の得ない不安──懐手シテ火事場ヲ見物スル呆ケ、不如意ナ生活ヘ突入シタ者ヲ見下ロス安穏雲──はあるが……。 詠嘆法
道に転がった愛する人の動かなくなったそれを見て、女は表情を変えることはなかったが、体の端々から暗涙の気配を窺わせた。不抜な気組みが支え、俯伏して眼を逸らすことはしない。彼女を材料に諧謔的な舞文をすることはいまさら許されない。 婉曲法
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