第20話 オロチ退治、再び
二日後。
狗奴軍のヤマタノオロチ退治に出陣することになった。
スサノオの前で千人の兵がほしいなどと、かなり大きなことを言ってのけたソシモリだったが、なんとその要望は受けいれられて、本当に千人の兵がつけられた。いつもの土蜘蛛四人とパム、丹波の兵百人のほかに出雲の兵千人だから、なかなかの大所帯だ。
ぞろぞろとつづく兵の行進をみるにつけ、ハハカラは
「いやはや、我が軍も大きくなったな、ツヌどの」
とソシモリに言いながら、感慨深く列を見つめていた。
木ノ芽峠を出てからほぼひと月、猩々を倒すために旅立った、たった六人の土蜘蛛が、今や千人を超す大軍団となったのである。一時的な軍とはいえ、この軍を率いていると思うとそれだけで胸のすく思いがする。
兵たちは国中から集められた酒を大きないくつかの壺やひょうたんに分け、車に乗せて引いてきた。そして集めた酒を門の前の広場に集め、八つの巨大な壺に入れさせていた。どの隊が運ぶかの話をキジが出雲の兵たちと打ち合わせている。そうしている間にも、町の女たちが、どんどん自前の酒を運んで来る。子どもたちもワイワイ言いながら酒を運んでは兵たちに差し出していた。
ここへ来たときの閑散とした町とは別の国のように、にぎやかな光景であった。
「だいぶ酒も揃ってきたな」とジリが舌舐めずりしながら酒壺に寄ってきた。そしてあたりを伺うと、壺の中に器をさし入れて飲んでいる。
「うまい!」
「こら、味見をするんじゃありません!」ユタが怒ってジリの手を叩く。
「いってえなあ! 叩くんじゃないよ」
門のそばでは、ハハカラは丹波のイヅツ、出雲のウズヒコとともに丹波の武具を並べて兵たちに割り振っていた。
まもなく出陣である。
ソシモリは鵺を呼び、そして鵺の上に乗りあがった。パムに指示して兵たちを並ばせると、千百人の兵を見おろしながら「てめえら!」と声をはりあげた。兵たちは、ソシモリに視線を集めた。
「てめえら、敵はすぐそこだ。ヤマタノオロチを倒す。そして狗奴国ってやつを倒す! そんで出雲をこのオレ様のものにするのだ! そのためには猩々だろうが、ナメクジだろうがヘビだろうが、片っ端からやっつけるぞ。オロチに臆する者などはいらん。そんなヤツは今すぐさっさとたち去れ!」
パムが「この出雲をオレ様のものにする」のところだけはうやむやにして、訳して伝えた。それを知ってか知らずか……いや、知らないだろうが……出雲の兵は、
「おう!」
と想像以上にソシモリに好意的である。
「いやあ、ツヌガアラシトさまの言うことには力がありますな」
ウズヒコは調子のいいことを言っている。
「いまや、ツヌガアラシトさまは、出雲の救いの神ですからね。いやあ、みんなの士気も上がるってものですよ」
そうなのだ。
この数日の間に、「ツヌガアラシトは救いの神である」という伝説がすっかりできあがってしまっていたのである。
ツヌガアラシトは、カヤナルミの託宣で下された出雲の危機を救う子どもである、なんて話が、町にすっかり広まってしまったのだ。
ツノがある海を渡ってきた異国の王子で、しかも誰よりも強いらしい。そのツヌガアラシトが、スサノオを助け、さらにヤマタノオロチを、軽く一撃で倒した……なんてところから、今じゃ「出雲の救いの神」扱いになっているのである。
あの乱暴なソシモリが、神扱いだなんて!
パムは顔をしかめて隣に立つハハカラを向いた。ハハカラは千人の兵が力強く手を振り上げ、「オウ!」と応じるのを見てニヤニヤして「いいじゃないか」と軽く返事をした。
「なんであんなガキに従わなければならない」
と、不平を言う者も当然いた。
主に丹波兵で、特にイヅツはイライラを隠せなかった。丹波という大きな国の将である自分を差し置いて、怪しげなツノのある子供が先頭に立っている。こんなことがあってなるものか。と、ずっとブツブツ文句を言っている。
拳を力強くあげている兵の顔をぐるりと見まわすと、ソシモリは一呼吸おき、ひときわ大きな声でさけんだ。
「てめえら! ククチヒコをブッ潰しにゆくぞ!」
千人の兵たちはパムが訳さずとも、それにおう、と応えた。ソシモリの言葉には力があった。意味はわからずとも彼の叫びに男たちの闘志は燃えあがり、一斉に声があがる。
兵の声が盛りあがる中、こっそりと酒の壺に近づく男がいた。ジリである。ジリは懲りずに、また酒を失敬しにきていた。
「ジリさん」
「うわ!」
パムが顔をしかめて声をかけると、ジリはひょうたんに注いだばかりの酒を、クイっとあおり、いたずら小僧のようにニッと笑った。
「これでやっと働く気が出たわ。いくぞ、
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相手の陣地がすぐそばだから、当然出雲軍はあっという間に敵地である斐川へと着いた。
出雲の町から見て斐川は東に位置する。南東から流れ来る斐川は、大きく蛇行し出雲に近い地点で東へと向きを変えて宍道湖へと流れこんでいる。狗奴軍が陣取っているのは、出雲の町から南東の、山と山の谷間である。
その斐川のど真ん中に大きなヤマタノオロチが寝そべっているのが、遠くからでも見えた。
オロチは大きかった。
もしかしたら、数日前に見たときより、さらに大きくなっているのではないか、とパムは思うほど、大きかった。
オロチの胴体は見上げるほどの大きさで、山のよう。近づくと、その背は苔むし、カズラが入り乱れて生えているところに、杉の木やヒノキが生えているのがわかる。大きすぎて確認はできないが、首がいくつもその胴体から伸びていることはわかった。この首が八つ。先日二つ斬り落としたが、ユタによると、また戻っているかもしれないとのことだった。
時折、その背が上がったり下がったり、呼吸に合わせて動く。その度に、巨大な口からブオーーーーッと嵐のような息が吐かれる。ゆっくりとしたその動きからすると、まだ寝ているのかもしれない。
その周囲の森や林に赤い猩々がチラチラと見える。あの猩々もくせ者だ。
兵たちは皆、そのこの世の様ではない光景に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ハハカラが、一度兵の進軍を止めると、指示を出した。
「今から8隊に分かれよう。それぞれ酒の入った壺を持ち、オロチの首近くに運ぶように」
まだ寝ているオロチの近くへと、酒は運ばれて行った。兵によると、やはり首は八つあるという。その八つある首の近くへ壺は運ばれた。そして、
「いけー!」と、ソシモリが怒鳴ると、兵たちが「うおお-!」と声をあげて走りはじめた。
狗奴軍がこちらの鬨の声に気づいたときにはもう遅く、突如として動きだした出雲軍にうろたえていた。猩々は突然のことに森の中に逃げこみ、ぐったりと眠っていたオロチも寝ぼけたようにゆっくりと頭をもたげた。
森のなかから笛の音が響きわたると、一度は逃げていた赤い衣の猩々が、まるで別の連中と入れ代わったかのように、今度は闘志を露わにして森の中からあらわれた。おびただしい数の猩々が手に手に棍棒をもち、森の中の木々を飛び交いながら迫ってきた。
そしてさらに。
猩々の下を、異形の人間がこちらに向かってよたよたと迫ってくるのである。どうやら噂に聞いた屍の兵とはこれのことのようである。身体のあちこちが腐ったりもげたりしているが、残った手で剣を持ち迫りくる。
鵺がその姿に怯えてひーんと泣きながら逃げようとするのをソシモリがしかりつける。
「ソシモリ、頼むから、僕を乗せてくれ」
屍の兵の恐ろしさに、身の危険を感じたパムが半泣きで鵺に乗せてもらう。
鵺の背になんとか上がり、下をのぞきこむと、頭や手足のない人間たちが剣を振るうさまだった。
その間を縫うように、巨大なナメクジが這っている。ナメクジの歩いた跡はテラテラと光り滑っているから、こちらの兵たちは滑って転んでばかりいた。
その魑魅魍魎を寄せ集めた狗奴の兵と出雲の千人の兵との衝突があちこちで始まっていた。
赤銅色に光る銅の鎧を着こんだ出雲の兵が猩々に斬りかかる。猩々はその跳躍力で木の上に飛び上がり、思いもよらない方向から攻撃を仕掛け、息を吐きかけてくる。
一方、死体の兵団は斬っても斬っても手ごたえがない。首を斬られようが、腹を斬られようが、平気でまたこちらへと向かってくるのだからこちらもタチが悪かった。
とどめにヤマタノオロチが鎌首をもたげて現れると、もうどうしようもない。その小山のような首を一振りするだけで、出雲の兵はみな吹っ飛んでしまうのだ。
出雲の兵はたちまち意気消沈していった。
「酒は? なぜ酒を飲まない!」
酒を運んでいる兵が、あっちへウロウロこっちへウロウロと、首の方へと車を押して運んでいるが、オロチは酒に気がつかないようだ。
一つ、やけに小さい首の動きが止まった。そしてじっと壺の方を見ているのだ。
「もしかしたら、こないだ味をしめた首かもしれない」ユタがいつの間にか、鵺の背に乗ってパムに言った。
「再生した首だから、小さいのかもしれませんよ」
「ナルホド」
見ていると、小さな首はゆるゆると壺の方へと近づいてくる。壺を運んでいた兵たちは、急いで壺を置いてその場から逃げた。オロチが壺の中へ顔をつっこむ。ピチャピチャと音がして、顔が上がった時にはもうオロチの目はトロンとしていた。
「よし! 一匹飲んだぞ! ツヌ!」
言われるが早いか、ソシモリは鵺を走らせて小さなオロチの首に向かって行った。そして銅剣で、ザン! と斬り落とす。
「やった!」
ソシモリの後ろでパムとユタが抱き合って喜んでいる。
よし、一匹目をやっつけた。
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