第19話

 まずいぞ! このままでは、本当に僕が犯人扱いされかねない。その前に、真犯人を取り押さえないと!

「出て来い! ケラケラ!」

 そう。ケラケラなら、この家で起きていることをすべて把握しているはず。ということは、真犯人を見ているはずだ。

 だが、応答がない。こんな時に限って、この家から離れている?

 いや。そんなはずはないと、思い直す。

 ケラケラは、たったの一度だって、この家から離れたことはないはずだ。僕が出ていたあとは、屋根裏を一人で占拠しているはずだ。同居人の僕がいなくなって、 悠々と手足を伸ばしているはずだ。

 呼んでも降りてこないなら、こっちから、捕まえに行くまでだ。

 君太は、階段を駆け上がった。

 踊り場まで来たとき、君太は息を飲んで立ち尽くしてしまった。

 ケラケラもやられている!

 胸には、槍で刺されたような深い傷があり、人間でいうところの血に相当する体液が、そこら中に散らばっていた。

 瞼がわずかに痙攣している。

 君太は、とっさに、ケラケラを揺さぶった。

「く、君太……」

「ケラケラ! 何者にやられた!」

「守れなかった……君の……」

 ケラケラの言葉はそれ以上続かなかった。一瞬、瞼が見開いたと思うと、そのまま、白目をむいてしまった。

「ケラケラ! 死ぬな!」

 突如として大地に大穴が開き、何もかもがその中に飲み込まれてゆくような途方もない空虚感を覚えた。

 ケラケラは、はっきり言って、目障りな奴だった。だけど、君太の眼にギョッとしないばかりか、唯一、君太とまともに話せる相手でもあった。

 思えば、ケラケラは、君太にとって、親代わりであり、親友というべき仲だったのかもしれない。今になって初めて、そのことに気づかされた。


 守れなかった……君の……って、一体何のこと?

 ケラケラが僕の何を守っていたというの?

 だが、ケラケラの空虚な目は、もはや、何も語ってくれない。もしかしたら、わずか数十分前までは、命が絶たれることも知らずに、僕が来たら、どんな小言を言おうか、考えていたのかもしれない。

 でも今は、何もかもが無意味になった。なんという無常。儚さか。


 暗澹たる思いに沈んでいられるのは、それまでだった。

 危機が迫っている――。君太はそう直感した。

 ケラケラがやられているということは、少なくとも、犯人は普通の人間ではない。

 僕みたいに、妖怪が見える人か……。あるいは妖怪だ。どちらだとしても、警察の手に負える相手ではない。

 君太が立ち向かうしかない。たとえ徒手空拳でも。

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