第17話

 信一郎が先に家に入り、君太は、門の前で待つことにした。

 門から豪邸を見上げると、本当に立派な家だと思う。

 田沼伯父さんは、一人で不動産会社を始めて、成り上がったというから、それだけの才覚があったのだろう。残念ながら、信一郎はその才覚の欠片さえも受け継いでいないようだ。

 やがてこの家は傾き、没落するということが、君太には見通すことができた。

 君太は、たとえ、田沼伯父さんに頼まれたとしても、田沼伯父さんの跡を継ぐつもりはないし、信一郎の補佐をするつもりもない。

 何をするかは決めていないけど、僕の仕事は自分で探す。


 それにしても、僕に渡すものって何だろう?

 何度、頭をひねっても、呼び出してまで、渡さなければならない物があるとは思えない。

 君太が使っていた屋根裏部屋は、君太が退去するときに、完全に空っぽにしたはずだし、仮にどこかに君太の持ち物が残っていたとしても、優子伯母さんが捨てるはずだ。

 君太にゆかりのあるもので残っているものと言えば……。

「もしかして、ケラケラ?」

 田沼伯父さんたちが、今更、ケラケラの存在に感づいて、こいつを引き取れ。とか言い出すのだろうか。

 仮にそうだとしても、難しいだろうなと君太は思う。なぜだか知らないが、ケラケラはこの家から離れることができないらしいのだ。あの屋根裏部屋の床にこびりついたシミのように、この家から、消えることはない。

 ケラケラがいなくなるのはこの家が取り壊されるときだろう。

 君太は、屋根裏の窓に目を向けた。

 君太が学校から帰ると、いつも、ご主人様の帰りを待つ忠実な番犬のように、ケラケラがあの窓から見下ろしていたものだ。

 今は、ケラケラの姿が見えなかった。

 君太が戻ってくるとは予想していないからか?

 いや。そんなはずはないと君太は思い直す。ケラケラは家の中の会話をすべて耳にしているはずだ。田沼伯父さんが、君太に電話をかけているところも聞いているはず。

 何か、おかしい。ということに気づいたのはその時だった。


「ぎぁああああぁっ!」

 突如として、絞め殺される鶏が発するような悲鳴が、豪邸の中から響いてきた。

 一瞬、誰の悲鳴だか分からなかった。しかし、信一郎以外にあり得ない。あいつがあんな悲鳴を上げたことはあったか?

 ただごとではない。

 君太は、玄関に駆け込んだ。

「うっ、うっ、うわあああっ……」

 悲鳴に続いて、箪笥を倒したようなドカドカという音が響いてくる。

 君太は土足のまま、廊下を駆けて、突き当りのリビングに飛び込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る