第15話

 二足歩行できるサルのような姿の妖怪である。だが胴体は、毛皮があるわけではなく、フグの腹のようなぶよぶよした肌がむき出しになっている。手足の指は三本。

 顔も奇怪で、豚のような鼻にやたらとデカいギョロ目。髪もあるが、鬼の角のように逆立っている。

 ケラケラは口やかましい妖怪だ。

「部屋が汚れている!掃除しろ!」

「寝るな!勉強しろ!」

「ぐ~たらしているとお天道様に訴えて、お前の寿命を縮めるぞ!」

 君太が屋根裏にいると、何かと口出ししてくる。

 あまりにやかましいので、客間やリビングに移動すると、優子伯母さんに、「屋根裏にお行き!」と追い立てられる。

 信一郎のもう一つの部屋は、常に鍵がかかっていて、もちろん、使わせてもらえるはずがない。信一郎の部屋とて同じだ。

 結局、ケラケラにやかましく、つつかれるままに、屋根裏部屋で過ごすしかない。

 もちろん、田沼伯父さん夫婦も信一郎も、屋根裏にケラケラが住み着いていることなど、知らない。

 ケラケラが物を投げつけたり、階段のところで、足を引っかけて、一階まで転げ落としたとしても、一家は何が起きたのか、まったく理解していないのだ。

 それどころか、すべて、君太のせいにされる。

 幼いころ、田沼伯父さん夫婦に、ケラケラのことを話しても、まったく、取り合ってもらえなかった。

 そんなこともあって、君太は、ケラケラが見えるのは自分だけだと理解し、あきらめるしかなかった。


 ケラケラがいて、よかったことも一つある。

 勉強ができるようになったことだ。屋根裏部屋にいる時は、勉強していないと、ケラケラがやかましいので勉強するしかないのだ。おかげで、塾に行ってもいないのに、学校の成績は、まあまあ良かった。

 君太は、田沼伯父さん夫婦に、問題集の一つも買ってもらったことはない。教科書はすべて、信一郎のお古だ。

 田沼伯父さん夫婦は、信一郎にはたくさんの問題集を買い与えたし、家庭教師も雇って、勉強させようとした。

 だが、その試みはすべて、とん挫した。

 信一郎が問題集を開いたことは一度もなかったし、家庭教師もお小遣いで買収し、勉強しているふりをしながら、テレビゲームに明け暮れていたのだ。

 代わりに信一郎に与えられた問題集を解いていたのが、君太だった。

 信一郎は、田沼伯父さん夫婦から問題集を手渡されると、屋根裏部屋に放り投げてくる。

 君太が代わりに、問題集をやると、信一郎は君太からそれをひったくり、田沼伯父さん夫婦に見せる。

「まあ!信一郎ちゃん、えらいわ。こんなに勉強ができる子は、クラスでも信一郎ちゃんだけだわ。東大合格間違いなしだわ!」

 と優子伯母さんは感激していたし、

「うむ。将来は、わしの後を継いで、日本の不動産王になれるぞ!」

 田沼伯父さんも同調する。

 ちなみに、田沼伯父さんは、ちょっとした規模の不動産会社を経営している。もっとも、不動産王と呼ばれるほどには、成功していなかったが、信一郎に毎年、新車一台を買えるほどのお小遣いをやるだけの経済力はあった。

 田沼伯父さん夫婦をごまかすことはできても、本番の受験はごまかすことができない。

 信一郎は、高校受験では、底辺の私立高に、かろうじて滑り込めただけだった。

「信一郎ちゃんの体調が悪かっただけなのよ。本来の力を発揮すれば、東大だって……」

 優子伯母さんは、自分に言い聞かせるようにごまかしていたけど、大学受験になると、さすがに、信一郎ちゃんは、ちゃんと勉強していないということに気づかざるを得なかった。

 結局、二度の浪人の末、田沼伯父さんが金の力でFランクの大学に裏口入学させるのが精いっぱいだった。

 それに引き換え、君太は、同じ年に現役で国立大学に合格。おまけに、学費免除の奨学金ももらっている。

 それがまた、田沼伯父さん夫婦には、気に食わない話だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る