群島と子どもたち3

 ハルタカたちを運んだヒューストン号が、彼らオービタルダイバーの所属基地――ジェミニポートへと帰投した。このジェミニポートは〈群島〉の通称で呼ばれる、地球軌道上に点在する大規模宇宙ステーション群の一基だ。

 そしてこのジェミニポートこそが、オービタルダイバーの一員であるハルタカにとって帰るべきホームグラウンドであり、そして軌道上に逃げ延びた人類の、最終防衛ラインのひとつでもあった。


【――ヨンタ四級生、トニア三級生、ハルタカ四級生。以上三名の、当基地ジェミニポートへの帰投を確認しました。個人識別タグ認証完了、気密室エアロックの通過を許可します、誘導マーカーに従って進んでください。本日の作業、大変お疲れ様でした】


 ヒューストン号を基地の船渠ドックに停泊させると、そんな音声案内が指揮室ブリッジから届けられた。ハルタカらの網膜下端末に確認済み認証コードが通知される。

 今回の新型軌道甲冑テストにおいて軌道船の操縦士を務めたヨンタとトニアに続いて、ハルタカも船渠から気密室モジュールに移動する。枯草色のヘルメットを真っ先に脱ぐハルタカ。波打つ榛色ヘーゼルの癖毛を持つこの少年は、先行する二名に比べればひとまわり小柄で、どこか中性的な顔つきに見える。

 船渠と基地内部とを繋ぐ気密室モジュールは、直径三メートル大の筒構造をしている。先頭を遊泳して進むヨンタが基地内に通じる隔壁扉ハッチ横の手すりに掴まると、ハルタカを振り返った。

 ん、などと鼻を鳴らして、顎で先に行くよう促してくる。厭な予感が的中した。


「…………いや、ヨンタもさ、を察知するの、早すぎでしょう……」


「へへん、いよいよ感動の再会シーンだなぁ、ハルくぅん」


 ヨンタが馬鹿みたいに陽気な笑みで見送ってくれる。基地内で新たなのネタになるのは御免被りたかったのに。ひとりだけ事情がわからないトニアの困惑を肌で感じてしまう。

 安全灯がグリーンに点滅した途端に開放された隔壁扉のすぐ先で、うんざりとさせられるほど目に馴染んでいた仏頂面が、堂々たる仁王立ちをしているのが見えた。


「やあ、ルリ姉。今日はちゃんと着替えてくる余裕があったみたいでなによりだよ」


 入口に立ち塞がっていたのは、目が覚めるような茜色の髪をした女子だ。長く伸ばした髪はまだまとめられていないものの、トレードマークであるバレッタで前髪を留め、利発そうに額を大きく露出させた顔つきを見ればすぐに彼女だとわかる。首から下は同じ船外服姿で、そちらは髪よりは落ち着いた色合いの紅に塗装されている。

 ただ彼女の表情は不機嫌そうに硬く強ばり、ハルタカの取り巻きなど眼中にない。同じ高さに並ぶ目線も、どうにも逸らしがたいものがあった。


「……無駄口はあとで、ハル。ここは立ち話する場所じゃない。釈明があるならよそで聞く」


 はて、どっちの件だろう、と首を傾げる。講義中にバグった件か、それとも――

 と、思わぬ虚を突かれ、女子に胸ぐらを掴まれていた。低重力下で体が浮き上がった次には、腕を掴まれ基地内へと引き込まれてしまう。有無を言わさぬ気迫だ。


「まったく、オレらテスト任務から戻ってきたばっかだし、食堂で甘いカフェオレでも飲んで一服してえとこなんだが」


 挑発的に隔壁扉をノックしたヨンタの呆れ顔にも、女子は応えない。彼らには口を噤み、目も合わせないことが当然だと。


「なあ、ルリエス。あんまハルタカをしてやるな。普通が一番だぜ、普通がよ」


「……ハルとわたしの問題だから。普通なんて知らないし、普通なヨンタはわからなくていい」


 横目に威嚇の視線で一蹴すると、次にはもうハルタカの背を押して基地内に向かっていた。


   ◆


 〈群島〉ジェミニポートを構成する基地モジュール群のうち、主軸メインシャフトの上下端にそれぞれ一基ずつ備わる円環トーラス型モジュールが目立っている。円環構造を回転させることで発生させた遠心力から疑似重力を得ているモジュールだ。円環型モジュールの一方――地球の反対側となる上端側が、基地の居住区にあたる。その内輪部分が、一周するのに徒歩で十五分は要する長大な廊下となり、両壁面には基地所属者らのための個室が設置されていた。

 船外服を更衣室で脱ぎ、基地の子どもたちに共通の、肌にフィットする制服姿に戻ったハルタカら。そのまま連れられていった居住区の個室前に、人が集まっているのが見えた。


「あっ……ルリエスやっと戻ってきたじゃん」


 こちらに気づいて表情を明るくしたのは、同じ制服姿の女子だ。


「珍しいね、ルリ姉の部屋に。ひょっとしたら、うちの女子、全員集合してない?」


 そこに集まっていた全員が女子だ。ジェミニポートの実質的な代表者であるネイディア補佐官まで来ている。先の講義にいた新入生を除けば、ジェミニポートには男子七〇名に対したったの四名しか女子が所属していないから、集まったのは偶然ではないのだろう。


「あの、ハルタカ先輩もお帰りなさい。テスト中にトラブルがあったって聞いてみんな心配してたけど、いつもどおり戻ってきたから安心しました。あの、さすがです」


 さっきと別の女子が割って出てきたので、軽く会釈で応じる。彼女は同じVX9開発チーム所属で、他よりも馴染みのある顔だ。


「でも、どうしたの、この顔ぶれ? もしかしなくても、用があるのはルリ姉の方だよね?」


「そ……そうそう、そうなの! あたしら、ちょっとルリエスにね、相談事があってさ――」


 最初の女子が何かを発言しだした途端、横からグッと腕を引かれてしまい、抵抗する間もなく自動ドアの向こうに押し込まれていた。


「…………悪いけど、わたしだけが乗れる相談事なんてあるはずないから」


 他をあたってほしい、と。関係を断ち切るように、分厚く強固なドアが両者を遮った。

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