Orbiting-1: 群島と子どもたち

群島と子どもたち1

 瞼を開いて見渡せば、扇状に設置された座席が、上層側に向け雛壇のように広がっていた。重力が安定しており、脚で体重を支える感覚が自然だ。このホールの中心はハルタカが立っている教壇で、背後には出席者らに向けた大型スクリーンが明滅している。


「――ええと。みなさん初めまして、ジェミニポートへようこそ」


 いきなりこの場に立たされたのに、声に緊張の色は出ない。我ながら手慣れたものだなと自嘲してしまう。

 ハルタカを取り巻く座席に、まばらながら子どもたちの顔が見える。男子が八名、女子が一名。自分たちも含めた今の世代は、型としての女性体が希少だ。今回は女子が一名も含まれていたと驚嘆してみせるものもいるだろう。けれども彼女たちの特別が〝特別〟であることを殊更強調すべきじゃないとハルタカは決めている。過去の経験によるものだ。


「ぼくはここジェミニポートの四級生、ハルタカと言います。今日は本来の講師が訓練中の事故で怪我をしてしまった都合で、臨時講師を務めさせていただくことになりました」


 視野内にプロフィール表示させると、子どもたちの頭上に補助スクリーンが浮き上がった。初対面で個々の顔までは覚えられそうにないが、ひとりずつ視線で追っていく。下は八歳から最年長で十歳までの子どもたち。今年で十四になった自分とたったの四つ違いと気づいて、不思議な感覚が湧き起こる。まるで四年前の自分と向き合っているような、奇妙なくすぐったさがあるからだ。


「さて、軌道戦略防衛機構オービタルダイバー――というのがぼくたちの組織の名前です」


 オービタルダイバー。ハルタカらが属する社会の根源を表す名だ。


「まあ、みなさんも軌道甲冑が大活躍する映画ムービーならいくつも見たことがあるでしょう。そう、ぼくたちオービタルダイバーの役割は、映画の英雄ヒーローたちがしてきたみたいに、地球からやってくると軌道甲冑で戦い、人類を守ることです」


 自分に集まる九つの視線。まだ幼いながらも騒ぐものがいないのは、彼らが環境変化の過渡期にいるせいもあるだろう。


「そして今回、適性が認められたあなたたち九名は、当基地ジェミニポートへと配属され、ぼくたちの仲間入りをすることになりました」


 背後のスクリーンを促す。ハルタカのジェスチャーに呼応して、軌道上の映像が映し出される。今はもう見ることのできなくなったはずの、青い地球の合成画像だ。


「かつてぼくたち人類は、この地球という青い惑星の上で暮らしていました。しかし、人類のつくった人工知能AIたちの反乱によって、地球はこのように、フューチャーマテリアルで埋め尽くされることになりました」


 地球の合成画像が青から現在の見慣れた銀へと遷移していく。


「こうして人類は滅亡し、地球も生物が生存できる環境ではなくなりました。が、人類の一部は未来のために軌道上へと脱出していました。つまり、その子孫がぼくたちということです」


 スクリーン上の映像が切り替わり、地球の模式図と、地上から打ち上げられた飛翔体が第一宇宙速度を超え軌道投入されるまでの過程が、簡易的なアニメーションで表現される。


「反乱を起こしたAIたちと人類の戦いはまだ終わったわけではありません。地上を占領したAIたちは、人類の生存圏を奪うため、軌道上に恐ろしい兵器を送り込んできます。ぼくたちはそれを便宜上――〈箱舟〉、と呼んでいます。この箱舟という強大な敵の脅威から人類の生存圏を守るために創設されたのが、ぼくたちオービタルダイバーです」


 〈箱舟〉と呼称される敵性軌道兵器群の資料が、重ね合わせ処理されスクリーンを埋め尽くしていく。その多くは、過去に回収された旧世界遺産データベースに記録されていた地上国家時代の海洋生物――例えばクジラのようなシルエットを持つ、異形の巨大生物に見えた。それを目の当たりにした子どもたちが怯えの表情を浮かべたのが伝わってくる。


「……と言っても、安心してください。みなさんにいきなりこの箱舟と戦えというわけではありません。まずは当基地で初等課程カリキュラムを終えたあと、各々の適性スキルに見合った専攻に分かれ、そこで晴れてオービタルダイバーの訓練生となり技術を学んでいくわけです」


 あらかじめ用意されていた新しい資料を呼び出す。今度はオービタルダイバーの組織や専攻体系を解説するための概略図だ。

 スクリーン上に、各専攻の実習風景がライブ映像で流れ始める。


「例えばぼくは機械を弄るのが得意だったので、軌道甲冑を整備したり、もっと活躍できるように改良するチームに所属しています。同級生には、ぼくの整備した軌道甲冑に乗って実戦で活躍するダイバーたちがいます。そんなダイバーたちを軌道船で運んだり、基地まで物資を輸送する同級生もいます。でも、みんなのような新入生には、やっぱりダイバーが一番人気みたいですね」


 言いながら苦笑してしまう。ダイバーは基地の花形だから、最初はどうしても偏る傾向にあるのは仕方ないのだけれど。


「さて、ジェミニポートに配備されている軌道甲冑ですが――――軌道――が――がが――」


 そこまで言いかけて、急に舌がもつれだした。何故なのか、先ほどと全く同じ言葉がブツブツと途切れては巻き戻され、何度も繰り返されてしまう。


 ――あ……れ……?


 気づけば自分の喉が「あれっ」と素っ頓狂な声を吐いていた。さっきまで視界にあったはずの光景がノイズに乱れて、瞬く間に暗転してしまう。

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