エピローグ
第41話 おかえり
町の危機を防いだ戦いの、その三日後。
県立東緒頭高等学校、一年六組――つまりは、七末那雪と鈴木桜花の所属するクラスに。
「――
その転校生は、突然やってきた。
女子高生としてはあまりにも小さいといえる背丈。
おかっぱ髪の童顔とまん丸ほっぺ。
今は大きな眼鏡をかけているが、尊大な態度が存分に伝わってくる琥珀色の吊り目。
もしかしなくとも、那雪や桜花にとっては、知っている少女であった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「どういうことだよっ!?」
正直、驚かないのは無理だった。
知っている人物が転校生としてやってきた時のお約束である『あーーーーーーっ!?』などという叫びをあげなかったのは、そんな余裕がなかったからだったと言ってもいい。
だが、驚いたままで黙っているのは、昼休みまでのことだ。
「転校生を人気のない屋上に呼び出しておいてからの、いきなり壁ドン詰問とは、ナユキもなかなかヤンキーよのう」
転入生、姫神ナナキ――もとい、町の仮襲名の神様であるはずの菜奈姫の言うとおり、今、那雪達は屋上にいる。
元々、那雪は休み時間になったら菜奈姫に問いつめる気満々だったのだが。
その前に、菜奈姫は転校生特有のクラスメートからの質問攻めに遭っていたので、昼休みまでまとまった時間が取れなかった。
「いや、そりゃびっくりするよ。いきなりこういう展開は、さすがに」
無論、桜花も一緒である。
昼休み、未だに質問攻めに遭う菜奈姫を連れ出せたのは、クラスの人気者である桜花のおかげなのだが、それはそれとして。
「ひとまず落ち着けナユキ。言われなくても、順をおって話す」
「む……」
那雪を押し退けて、慣れた様子で眼鏡の位置を直しながら、菜奈姫は一息。
行動を共にしていた時と異なり、押し退ける菜奈姫の手にはしっかりと人としての実体が伴っていたのに、那雪は改めて驚いた。
「まず、この町の加護の状況じゃが……」
で、菜奈姫が話すに。
桐生ライトニングに吸収された分の町の加護は上手く補填され、今回の件による町の危機は回避された。
ただ、急激な加護の増減の影響で、町のどこかで豪雨や地震と言った突発的な災害の類があるかも知れないので、その辺りは警戒が必要とのことだった。
「有事の対策とか、してくれてるの?」
「無論。しばらくは対策班が加護の状況を監視して、予防と対応に当たってくれる。影響が弱まってきたら、徐々に警戒レベルを落としていくとのことじゃ」
「その班は信頼できんのか?」
「支部長の推薦じゃ。我も面を合わせておる。まず、信頼してもいい」
「そっか」
いざとなったら、また自分達の力が必要になるかも知れないと言う思いが那雪にあったのだが、どうやら杞憂のようだ。
菜奈姫がそこまで言うならば、大丈夫なのだろう。
「続けて、桐生少年の処遇じゃ」
甲冑の怪人、桐生ライトニングとなって町の加護を吸収した桐生信康。
この三日間、彼は学校を休んでおり、那雪と桜花は面を合わせていない。彼のクラスの担任の教師が言うには、体調不良による欠席とのことで詳しくは聞かされていなかったのだが、
「実はあの日の夜に、支部長直々に桐生少年の元に赴き、事情を話して、我々の詰め所に任意同行してもらっていたのじゃ」
「マジか」
まさか、そんな事情があったとは。
神様の仕組みとかいろいろ、そういう納得とかは大丈夫だったのだろうかと、那雪は思ったのだが、
「人並みに菜奈神様のことを信じておったし、一応、怪人になる前も、元の姿に戻った後も朧気だったが記憶があったからな。桐生少年自身も事情を知りたがっていたから、それといって問題なく快諾してくれた」
それで、その任意同行により、信康はいろいろ検査を受けていたらしい。
怪人になった時の後遺症も然りなのだが、何より、町の加護を吸収するというイレギュラー要素は、神様側からすればどうにも見過ごせない懸案事項だ。
しかし、三日間に渡って様々な検査を受けたにも関わらず、信康には何も異常が見られなかったとのことだった。
「優秀と知られている医療部や研究部も、さすがにお手上げだったようじゃ」
「でも、私、本当にライトニングにはそんな設定付けてねーぞ」
「うむ。その報告に偽りないと我も思う。で、すべての検査を終えた上で、桐生少年自身が仮説を立ててのう」
曰く、
『――俺、昔っから食欲が人一倍だから、そのせいじゃないッスかね?』
「ああ……」
「信さんなら、あり得るねー」
なんとも、那雪と桜花にとっては、納得のいく理由であった。
「まったく、単なる食欲であそこまでの事態を引き起こしかけるというのも、末恐ろしいものじゃのう……」
菜奈姫はまだ得心がいってないようだが、それはそれとして。
信康も、例の対応班からの監視対象という条件付きで、明日からきちんと通常の生活に復帰できるとのことだ。
「ちなみにナナちゃん。菜奈芽さんてどうなったの?」
続いて、今回の事件の大本を担っていた、先代の町の神様である菜奈芽のことも気になったのだが。
「現在、ヤツの処遇については協議中でまだ確定しておらん。やらかしたことはもちろん重罪じゃから、相応の沙汰があるじゃろうな」
「でも、あいつ、結構執念深ったからな。罰とか下っても懲りなさそうだぞ」
「単なる罰とは言っておらぬ。相応の、というのがミソじゃな。ククク」
邪悪な含み笑いをする菜奈姫。
どうも、人間社会と神様社会とではそういう裁きの文化が異なっているらしい。
その辺り、結構気になるが、これは聞いていいものなのだろうか……と、那雪は少し考える。
「ナナちゃん、それってどういう感じなの?」
ただ、桜花の方は興味津々らしい。
そんな那雪と桜花の対称的な様子を見てか、菜奈姫は桜花にだけ『ちょいと耳を貸せ』と手招きをして、
「――――」
那雪に聴こえない程度の声量で、それを桜花に耳打ちをする。
最初こそ興味深げだった桜花だが……次第に、その内容に顔色を悪くしていき、
「……えげつないね」
とだけ、コメントを残した。
……やはり、聞かない方がいいらしい。
「ナユキも聞くか?」
「やめとく。次いくぞ、次」
さっさと次の話題に移った方が良いと判断して、那雪は強引に話を打ち切った。
「……で、肝心な話、どうしておまえがこの学校に来てんだよ」
「その辺についても、事情が複雑でな」
今回の件、町一つの危機であっただけに、待機命令に背いた菜奈姫の責任は結構重いものであり、最悪、神様襲名の剥奪もありえたらしい。
ただ、菜奈姫の養成所時代のこれまでの成績、結果論とはいえ町の危機を救ったという功績、支部長の掛け合いもあって、そこまで重くならなかったようだった。
「その結果、高校生ってこと?」
「うむ。実体を有した人の子の学生として、町の見聞を広めてこいと、支部長に言い渡されてのう。神様の正式な襲名は延期となり、加護を与える神様としての力も大部分を剥奪されておるから、今はほとんどフツーの人の子と変わらぬ状態じゃな」
小柄と言うよりまんま小さな体格に、ブカブカの女子制服を示して見せる菜奈姫。襲名延期となれば彼女にとっては厳罰だろうに、何故かテンションは高い。
その様は、新たなおもちゃを与えられてウキウキしているわんこの如し。
「おまえの見てくれだと、小学生でもよかったんじゃねーの?」
「ククク、自由度と節度のバランスを鑑みて、このくらいがちょうどいいんじゃよ。ちなみに容貌や体型云々は、お主も人のことを言えぬじゃろ」
「む、ぐ、ぐぬぬ」
ふとしたツッコミがブーメランになってしまって、那雪は歯噛みする。那雪自身、菜奈姫よりもわずかに身長が高い程度なだけに。
それに、よくよく見ると、胸部のサイズはほんの少し菜奈姫の方が――
「そういえばナナちゃん、その眼鏡、わたしがかけてるのと同じやつ?」
新事実に気づいて那雪が愕然となる寸前、桜花が質問を入れる。
「うむ。実は我、元より近眼でな。普段は神様の力で補っておったんじゃが、今はこの有り様じゃ。コンタクトという手もあったが……どうせなら、オーカとお揃いにするのも良いと思ってな、ククク」
「そうなんだ。うん、なんだかいいね、それ」
「じゃろ? わざわざ調べて買いに行ったのじゃ」
二人して笑い合う。
一人眼鏡をかけてない那雪は、微妙な疎外感によるモヤモヤを胸に抱えた。
「……おまえが高校生やっている間の菜奈神様はどうなるんだよ」
「ん、既に代行の人事が進められておる。今は手続きの段階じゃから人前には出られぬが、近々、面を合わせることになるじゃろうな。……まあ、わりとクセの強いやつではあるが」
「クセが強いとかそういうのは鏡見てから言えよ」
「なんじゃナユキ、やけに刺々しいのう。さては、先ほどのお揃いの眼鏡のやりとりを見て、オーカを取られたようで嫉妬でもしたか? ん?」
しっかりとバレてた。
「う、うるせー。私は両目とも視力あるからいいんだよ」
「ならば、どーんと構えてたらいいじゃろうが。仲間外れを好まぬとは、まったく、相変わらずお主は器も胸部もチンクシャよのう、ククク」
「だから胸部は関係ないだろうがっ……くっ……ぐぬぬ……!」
今一度歯噛みしながら、那雪は菜奈姫を睨むが。
こちらの心理をしっかりと言い当てきた上に……胸部にもわずかながら、あちらの方に分があると先ほど気づいてしまっただけに、形成が不利なのは明らかだった。
菜奈姫も菜奈姫で余裕の笑みである。
――本当に、こいつには敵いそうにもない。
そのように、前々から感じていたことを、改めて思い返すと。
なんとなく、モヤモヤしてた気持ちがどこかに行ってしまい、代わりに、ずっと腹の底に収まっていた想いが、那雪の胸中にあふれてきた。
「む……おおぅ? な、ナユキ?」
気が付けば、那雪は、菜奈姫のことを抱き締めていた。
もちろん、菜奈姫は困惑したようだが、
「……ったく、心配したんだぜ。おまえのことは信じてたけど、それと同じくらい心配したんだからな」
「ナユキ」
「私達の元に戻ってきて、しかもおまえにとってはすごい大事なことが延期になって。でも、そんな時でもおまえは相変わらずでさ。すごく安心した。……よかったよ。本当に、よかった」
「……ククク、何を言い出すかと思えば、お主らしくもない」
軽快に笑いつつも茶化す雰囲気はなく、菜奈姫もこちらの肩に優しく手を置いて、
「だが、我も我らしくなく、敢えて言わせてもらうか。――ただいま戻ったぞ」
「ああ、おかえり、ナナキ」
全部が全部、元通りではないけど。
この時初めて、自分の黒歴史である手帳が元となった事件は終わったのかもしれないと、那雪は思った。
「さて、そろそろ離れよ。オーカが見ておる」
ひとしきり緩やかな空気を共有した後に、菜奈姫がそのように促した。
指摘された通り、桜花が居るのを忘れて菜奈姫をハグしてしまって、那雪は少し慌てた心地になったのだが。
当の桜花はというと、
「いやいや、わたしとしてはゆっきーとナナちゃんが仲良くイチャついてるのって結構新鮮だから、まだ眺めてたい気分だよ? 続けて続けて?」
何故か、抱き合う自分達を見てほわほわしていた。
如何にも満足そうにしており、しかも心なしか肌艶が増しているような気がする。
「……見たかナユキ、あれが器の大きさというやつじゃ。胸部含めて」
「いや、さすがに桜花と比べるのは、戦力差がありすぎだろ……」
菜奈姫だけでなく桜花にも、那雪は一生勝てないのかもしれない。
ただ、それを悪く思っていない自分が居る。
苦笑ながら、那雪は菜奈姫の身体を離すと、菜奈姫は身だしなみを整えながら『ふむ』と一息を吐き、
「まあ、これからそういうイチャイチャは、桐生少年の分にも取っておくことじゃな。折角、あの場で想いを伝えたことじゃし」
「――――」
と、何気なく言ってきた、菜奈姫の言葉が。
那雪の胸中に、暗い陰を落とした。
「……む? ナユキ?」
「いや……そうだな、うん」
それは、一瞬のことだったのだが、
「――ゆっきー」
横にいた桜花にはしっかりと感づかれていたらしく、先ほどのほわほわから一転、心配そうな眼でこちらを見てきていた。
……わかってる。
そんな心持ちで桜花に頷きかけ、那雪は一度大きく深呼吸。
その過程で。
もう一度、彼のことを思い浮かべてみても、やはり、今は――
この三日間、何度も何度も繰り返し、その度に突きつけられてきた答えに、那雪は大きく息を吐く。
どうすればいいかはわからない、という気持ちのまま。
「ナナキ、実はな」
那雪は、その重みを言葉に出す。
「――私、先輩のことが好きでなくなってしまったみたいなんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます