第39話 一人じゃない

 一瞬のフラッシュバックの後。


「……あ」


 想いを最後の一絞りまで伝えきり、自分の中で、何かの殻が破れた音が聞こえて、


「――――!?」


 自分を覆っていたマントが、蒸発するような音を立てて四散し、白く炭化した。


『おおぅ、マントの瞬時に吸収できる力の量を突破した――否、今のナユキの欲望が、かつてのナユキの欲望を凌駕したかっ!』


 菜奈姫の声が、頭の中で響く。その意味は何となく、理解できた。

 七末那雪はヒーローに憧れるものの、ヒーローにはあまり向いていない。

 今は、ヒーローになるよりも、女の子として恋がしたい。

 だからこそ、生まれた結果なのだ、と。

 ……そして、もう一つ。


「なゆきち」


 懐かしささえ感じるような緩やかな声が、至近から聴こえた。

 我に返って改めて見ると、那雪の正面。

 桐生ライトニング――ではなく、桐生信康が、その老け顔の頬にほんの少しの赤みを浮かべながら、


「なんか……すげー、恥ずかしい……」


 呟いた直後、桐生ライトニングの纏うメタリックブルーの甲冑が、ボッと短い音をあげて琥珀色に燃え上がり、マントと同じく瞬時に白く炭化する。

 続いて、桐生ライトニングの身体からは紫の煙が抜け、元の着崩した緒頭高校の男子制服の桐生信康へと姿が戻り、


「――でも、ありがとな」


 そのまま那雪の腕の中で、信康は、笑顔のまま目を閉じた。

 一瞬、那雪の頭の中を最悪の事態がよぎったのだが、それも束の間。


 ぐうううぅぅぅ~~~……


「……先輩、こんな時でもかよ」


 最初に、腹の音が盛大に響いたのと。

 続いて、抱き止めたその身体からはしっかりと鼓動が伝わってきたことから、命に別状はないということが確信できた。


「ナナキ、町の加護の状況はどうなっている」

『今調べておる……よし、問題ない。加護の低下は止まっておる。町への影響も、何とかできる範囲じゃ』

「……そっか」


 町を、彼のことを、救うことができた。

 それを確信して、那雪は大きく息を吐き、信康の身体を抱き止めたまま、へなへなと下半身から力が抜けていくのを感じた。

 それだけ、安堵感が強いと言うことだろうか。


「ん?」


 と、ここで、今のこの状況に、少し那雪には引っかかることがあった。

 ……あれ?

 おかしい。

 安堵の他にも、もっと感じることがあるはずなのだが、


「――ま、ま、ま、まだですしっ!」


 その答えに至るまでの間は、与えられていなかった。

 肝心なことを忘れていたのに、那雪は気付く。


『菜奈芽……!?』


 見ると、地上に復帰した菜奈芽が、隈に滲んでいる目を全力で見開いて、虚空へと手を伸ばす……否、虚空ではない。

 手を伸ばした先には――空中で行き場を失って滞留している、信康から抜けた紫の煙がある。


『まずい。ナユキ、代われっ! アレを急ぎ、回収せねばならんっ!』

「ぐ、ぬっ……!」


 事態の深刻さを理解して、那雪は体を動かそうとするが、下半身の力が抜けている上に、腕の中にいる信康が重くて上手く行かない。彼のことを放り出す、という選択も取れない。


「させないっ!」


 桜花が、鉄砲で菜奈芽の足下を狙って射撃するが、実体を持たない菜奈芽が相手では、その弾丸は透過するだけで、その行動を止めることはできない。

 何とかしようとする二人をあざ笑うかのように、紫の煙は、菜奈芽の手中に吸い込まれていく。


「ふ、フフフ、わたしのサクセスストーリーは、まだ、まだ終わってませんしっ! 例え触媒がこの場にいなくとも、この大いなる欲望の力がわたしの手中にある限りはっ! まだ! まだ! まだまだ! まだまだまだまだまだまだっ!」

『くっ……!』

「遅いか……っ!?」


 菜奈姫のサポートで信康をなんとかカミパッドに収納させてから、那雪はようやく身体の人格を菜奈姫に交代させたものの、時すでに遅し。

 紫の煙を回収し尽くした菜奈芽が、それに宿る力を、再び発現させる。


「まだまだまだま――ガ……オ、アアアアアアアアアアッ!?」

「!?」


 菜奈芽の全身から、見慣れた怪人が生まれるための紫の膜が発生するのだが、その後の膨張の規模が違った。

 軽く見積もっても、全長十メートルを超えて……さらに大きさを増していく。


『おいおいっ!? あんなの書いてねーぞ!?』

「あのライトニング某の欲望量と、菜奈芽自身の力が合わさっておるっ! あやつ、我を忘れて制御を誤りおった……!」


 怪人の巨大化は特撮のラストの定番ではあるが、意図的ではないにしろ、まさか元神様をベースとして実現してしまうとは……!


「ッ……ダメ、効かないみたい」


 膨張する膜に向かって桜花がなおも射撃するが、銃弾は弾かれるのみで、膨張が止まる気配はない。先の菜奈芽と違って実体があるようにはなったが、生半可な攻撃は通用しないようだ。


『ナナキ、代われっ! 規模が規模だから本体が出てくるまで時間あるっぽいけど、出てきたら、絶対に町一つどころじゃ済まねーぞ、これ!』

「……………………」


 再度やってきた町の危機を感じながら那雪は言うも、菜奈姫は、巨大な紫の膜を黙って見上げているだけだった。

 通用しないにしろ、那雪も何とか参戦して桜花の攻撃の手数に加わりたいところなのだが、菜奈姫が身体を代わってくれない。

 ただ、菜奈姫は、それをボーッと見ているわけではない。

 先ほどから両手を強く握ったり放したりと、何かを強く考えている。

 那雪には、その時間も惜しいのだが、


「……神様の加護の源は何だと思う、ナユキ」 


 ややあって、大きく、とても大きく息を吐いて、菜奈姫は問いかけてきた。


『は? 何言ってんだよ、そんなことより――』

「答えは、神様が叶えてきた願いによって得た徳そのものじゃ」


 言って、菜奈姫は両の手にそれぞれカミパッドを現出させる。

 左は収納型カミパッドだったようで、その手に、那雪の手帳を取り出し――決戦前の書き足しもあって、残り数ページになった空白ページを開く。

 そして右のカミパッドには、那雪が最初に見た、上下二本の黄色の横棒グラフが映っていた。

 菜奈姫が人の願いを叶えることによって、集めた徳の量を示すグラフだ。

 上の枠いっぱいに延びている横棒は神様を襲名するのに必要な『目標値』で、下の横棒は集めた徳の『現在値』であったはずだが、


『いつの間に、こんなにも……!?』

「今までの分もあるが、半分くらいは、先程のお主の欲望を叶えた分じゃな」


 その『現在値』の横棒が、上の横棒を軽々と超越し、モニターの枠を突き破った見た目となっていた。


「で、徳を加護に変換するに当たって、様々な過程があるのじゃが――今は割愛させてもらおうっ!」


 そのカミパッドのモニター下に現出されたキーボードに、菜奈姫は目にも映らぬ速さでタイピングを行う。

 モニターに文字の羅列が走っては消え、最後に現れた『承認』のボタンを、菜奈姫が躊躇なく押し込むことで。


 ――現在値の横棒が、一瞬で消失した。


『な……っ!?』


 同時、カミパッドのモニターから無数の粒子が発生して、菜奈姫が左手で開いている手帳へと収束。空白のページにどんどん文字が追加されていく。

 そして、最終ページには一つの姿形のデザインが表示され、更には背表紙裏のページにまでも追加文字で埋められた。


『おまえ、これ、もしかしなくとも、神様になるのに必要だったやつだろ……!』

「町がなくなってしまえば、神様も何もないじゃろ。――それにな。我にかかればこのくらいの量、すぐに集められるわい、ククク」


 そのように笑って、菜奈姫は一度、柏手を打つ。

 すると、急速に意識が前に引っ張られるような心地と共に、那雪は全身に感覚が伴っていくのがわかった。

 自分の身体が元に戻ったのだ。


「ふむ……分離完了」


 那雪の横で、黒髪おかっぱの和装の少女、菜奈姫の本体が姿を現す。

 その過程を見て、那雪の胸中にはいやな予感が走った。


「おまえ。ここまできて、後は任せろとか言いだすんじゃねえだろうな」

「そんな水臭いことは言わぬよ。お主の手にある手帳を見てみい」

「……?」


 言われたとおりに、菜奈姫がカミパッドで新たに書き足したと思われる数ページを改めて開く。

 その内容を、那雪はじっくり食い入るように見て、最終ページに至っては、


「…………カッコいい」


 ついつい、呟いてしまった。


「……お主の発想を参考にしたとはいえ、お主に言われると、微妙な気分になるのう」

「なんでだよ」

「なんででもじゃ。さて……オーカ、いったん戻ってこいっ!」


 菜奈姫がそのように呼ぶと、未だに巨大な膜への射撃を続けていた桜花はその手を休め、変身を解いてこちらに戻ってきた。


「どしたの、ナナちゃん」

「説明している時間はあまりない。……ナユキ?」

「わかってる。桜花、これを」


 促されるままに、那雪は桜花に手帳を見せる。もちろん、さっき新しく記述が加えられたラスト数ページ。

 その中身をざっと流し見ただけで、桜花は、


「よし、やろう」


 何もかもを察したかのように頷いた。


「思い切りがいいな。ぶっつけだから、できるかどうかわかんねーぞ」

「迷ってたってしょうがないもん。これくらいしか手がなさそうだし、それに……こんな非常時に言うのもなんだけど、ちょっとワクッとしない?」

「……まあな」


 桜花の言うとおりだ。

 先ほどカッコいいなどとついつい呟いてしまったくらい、那雪の胸中には、何度も味わった高揚感が生まれている。それこそ、目の前にある巨大な町の危機にも負けないくらいの。


「ククク、腹は決まったようじゃな」


 菜奈姫がこちらに手を差しだし、収納型のカミパッドを展開させる。

 そのカミパッドに那雪は手帳を収納させ、もう一度、桜花と向き合って頷き合ってから、


「ナナキ!」

「ナナちゃん!」


 二人同時に、右手を上空に向けるポージング。


「よし……菜奈姫の名の許に、其の記述を七末那雪、鈴木桜花――」


 そして。


「我、菜奈姫の力とするっ!」


 菜奈姫も、また、ポーズを取る。

 祝詞が響き、手帳が収まったカミパッドから生み出された琥珀の光粒子は、三つ。

 空に飛翔したタイミングで、三人は言霊を放つ。



『光臨っ!』



 一人につき一つ、琥珀の光はそれぞれの手に収まり、三者三様の変容を見せる。


「シュバルツスノウ、ここに参上!」

「シュバルツブロッサム、ここに推参っ!」


 生まれた灰色の殻を破り、先に変身を終える那雪と桜花。

 それに一拍遅れて、


「――シュバルツメイデン、ここに降臨じゃっ!」


 菜奈姫も変身を終えた。

 那雪や桜花と同じ、ダークグレーのボディスーツにバイザーヘルメット、各部微細に入る装甲線の色は、彼女の瞳と同じ琥珀色。

 先ほど、手帳の最終ページに記されたデザイン、そのままの姿だ。


「……おまえも結局、ドイツ語と英語が入り交じったネーミングなんだな」

「そこは統一感というやつじゃよ。空気読んだ我を敬うが良い、ククク」

 初名乗りの時にネーミングを思い切り笑われたので、那雪が小さくツッコミを入れるも、菜奈姫、しれっと返してくる。この図太さには呆れるばかりだが、それが何ともこいつらしい。


「ゆっきー、ナナちゃん。――出てくるみたいっ!」


 そして、向こうもとうとう臨界を越えたようだ。

 最終的に全長二十メートルを超えるくらいにまで膨張した紫の膜は、孵化するかのようにひび割れ、


「ご……オ、オオ……オオオオオ……」


 重低音を響かせながら姿を現した。

 見た目、先ほど闘っていた桐生ライトニング――というより、ライトニングソニックメビウスナイトとそうは変わらない。

 ただ、甲冑の色はメタリックブルーではなく禍々しさが溢れるダークパープルで、力を吸収するマントはなく、腰にはオーソドックスな両刃剣を帯びているのが、全長とはまた別の違いか。


「――オオオオオオッ!」


 その巨大なライトニングソニックメビウスナイト――もとい、菜奈芽メビウスは、腰の両刃剣を抜いて、重々しく大上段に構える。

 振り上げられた両刃剣に立ち登るは、見慣れた蒼白のオーラ。


「……やべえ」


 おそらく、アレが振り下ろされると、自分達はおろか、設定通りのままに町一つが真っ二つになってしまう。


「ナナキ!」

「わかっておるっ!」


 菜奈姫がこちらに寄ってきて手を差し出してくるのに、那雪は自分の手を重ねる。

 菜奈姫の手は、シュバルツメイデンとなった今も実体はないのだが、


「念動同調という名の――ハイブリッドシンクロサポート」


 重なり、その呟きが聴こえただけで、先ほど手帳に追加された記述のイメージが那雪の頭に流れ込んできて、


「……っ!」


 同時、琥珀と白、二色の光の粒子が生まれて、その光が道を形成した。

 光の道の行き着く先は――菜奈芽メビウスが振り上げている巨大な両刃剣。


「ナナキ、上手く合わせろよ」

「我を誰だと思うておる」


 那雪と菜奈姫は繋いだ手を解き、同時に腰を沈めて、力を溜めていく。

 充填に要する時間はわずか一秒。

 同時に、頭の中のイメージが、菜奈姫の加護の許に解放される。


「姫と!」「雪の!」

『ロケットアクセラレートアタック!』


 声が重なると共に、跳躍。

 那雪は蹴りを、菜奈姫は拳を突き出しながら、琥珀と白の道を辿り、


「ぅぉっ……!」


 滑るように加速する。

 極端に狭まる視界の中、一瞬にして菜奈芽メビウスが振り降ろそうとしていた両刃剣に接近し、


「――――!」


 存分に速度が乗った、蹴りと拳が激突した。

 菜奈姫の拳に実体はないのだが、発揮される力は実体のソレがあるかのように、菜奈芽メビウスの両刃剣が轟音を立てて粉砕される。

 しかし、粉砕された両刃剣の破片に漂う、蒼白のオーラは未だに輝きを失っておらず、


「……ナナキッ!」


 無数の剣の破片が、意志を持ったかのように菜奈姫に向かって襲いかかった。慌てて那雪が念動闘気を操って破片のいくつかをストップさせるも、全てを止めるには足りない。


「ナナちゃんは……やらせないよーっ!」


 そこで、消えかかる白と琥珀の道を辿り、持ち前の猛スピードで追いついてきた桜花が、正確無比の射撃で打ち落とした。


「さすがはオーカじゃな。来てくれるとわかっておったぞ」

「気を抜かないで、ナナちゃん。まだまだ来るよっ!」


 桜花の言うとおりだ。

 砕けた両刃剣の切っ先の本体がまだ生きており、例外なく蒼白のオーラを纏って、またも菜奈姫へと向かっていく。

 砕けたといっても、切っ先だけでも長さは菜奈姫はおろか桜花の身長よりも遙かに大きく、串刺しになったらひとたまりもない。


「オーカ、先ほどのやつじゃっ!」

「うんっ!」


 対して、中空で桜花と菜奈姫は手を重ねると、重なってない方の菜奈姫の手中に、桜花と同じデザインの鉄砲が生まれる。

 直後、二人は線対称にほぼ同じ挙動かつ同時に、降ってくる両刃剣に向かけて鉄砲を照準し、


「桜と!」「姫の!」

『スパークルデュエットッ!』


 引き金を絞る。

 射出された桜と琥珀の光は二重螺旋の大光条となり、向かってきた剣の切っ先を飲み込み、蒼白のオーラごと消し飛ばした。


「やるなぁ、二人とも!」

「ナユキ、よそ見をするなっ!」

「……ん? おおおっ!?」


 自由落下中の那雪に向かって、菜奈芽メビウスが甲冑の腕をなぎ払うかのように横一閃してくる。

 一閃の軌道上にいる那雪、ヘルメットのバイザーの奥で目を剥くも――


「よよっと!」


 頭の中はわりと冷静だった。

 那雪は念動闘気を操作して、周囲に幾つもの足場を形成。足場への着地と跳躍を繰り返して、なぎ払ってくる甲冑の腕の軌道から外れた。


「おおっ、ゆっきー、すごいすごいっ!」

「器用じゃのう。いつのまにそんな技を?」


 再度、念動闘気を操って広めに足場を形成して、ふわりと音もなく着地した那雪に、遅れて桜花と菜奈姫がすぐ近くに落ち着きながら訊いてくる。


「なんとなく出来ると思った。それにさっきの桐生先輩のスピードに慣れた今なら、簡単に避けられるしな」

「ふむ……確かに、先ほどの桐生少年のライトニング某に比べれば、菜奈芽のアレは明らかに鈍重でノロマだしのう、ククク」

「どう考えても力押しだしねー、アレ」

「――オ、オ、ゴオオオオオオオォォォッ!」


 三者三様のコメントが聴こえていたのか、それとも別の要因なのか、菜奈芽メビウスは明らかに苛立った挙動で、手中の両刃剣の残骸を砕き、その無数の破片の一つ一つに蒼白のオーラを込めて、こちらに降らせてくる。


「さあ、次はお主等の番じゃっ!」

「よし、桜花っ!」

「うんっ!」


 対して、菜奈姫が那雪と桜花の背中にタッチして、二人は即座に呼応する。

 桜花が鉄砲の筒先に力を充填させ、目測直径一メートルの桜色の光の球を生みだし、


「そぉ……れっ!」


 鉄砲を横一回転スイングさせて、光球を上空にトスする。

 その光球に向けて、那雪が、少し遅れて桜花が跳躍して、


「雪と!」「桜の!」

『ランダムシューターディスタンスッ!』


 タイミングを合わせて、同時に蹴りあげることで光が飛散し――それは無数の白色と桜色の光弾となる。

 飛翔する白と桜の群は、降ってくる蒼白の波を飲み込み、押し返し、果てにはその先にいる菜奈芽メビウスにまで着弾した。

 二十メートル級の巨体がよろめき、たたらを踏む。何とか姿勢を制御する菜奈芽メビウスの挙動には、明らかに困惑の色が見えた。

 ――今、菜奈芽メビウスが何を感じてるのかについては、那雪には不思議とわかる。


 何故、と。

 何故、大いなる欲望までも手中にして起きながら。

 何故、このように押されてしまうのか、と。


「ククク、先にナユキが言ったじゃろう」


 それは、菜奈姫も感じ取っていたようで、


「我々は一人ではない、となっ!」


 その答えは、明白だった。


「よっしゃ、やってやるかっ!」


 一人ではないからこそ、どんなことでも出来ると、再度胸に湧き上がる想いと。


 私達なら、どこまでも行ける……!


 共に居る、桜花と菜奈姫の気持ちがシンクロしてくる。

 刹那、脳裏に浮かぶのは、先ほどに記述が追加された手帳の最終ページのその向こう――表紙裏に記された、三人でのあの決め技。


『飛翔っ!』


 三人一緒に、爆発するかのような跳躍。

 菜奈芽メビウスの全長を軽々と超越し、制止した中空で。

 那雪は右足、桜花は左足、菜奈姫は両足で――キックの姿勢を取った、瞬間、


「さあ、儚く散れ、雪のように……!」


 最初に那雪が。

 その一秒後に桜花が。

 更に一秒後に菜奈姫が。

 超加速を伴った降下を開始する。


「初撃っ!」


 那雪の右のキックが、菜奈芽メビウスの顔面を捉えて巨体をぐらつかせ、


「追撃ぃっ!」


 桜花の左のキックが、菜奈芽メビウスの胴体を貫いて巨体をくの字に折らせ、


「大・打・撃ィィィィっ!」


 菜奈姫の両のキックが、姿勢の折れた菜奈芽メビウスの後頭部を穿った。


「――――ッ!?」


 二十メートル級の甲冑の怪人は、くの字の姿勢を保ちながらになりながら顔面から地面に落ち、



『三位一体・トライオーバージエンドッ!』



 遅れて着地した三人がほとんど無意識に叫ぶと、菜奈芽メビウスの巨体が大きな爆発を起こす。

 これだけ規模の大きいものだと、一瞬、爆風に煽られると思われたが……不思議とその心配は杞憂だったようで、何も影響なくこの地に立っていられた。


「……おのれ、姫」


 そして。

 変身が解けた那雪達の視界の中で、菜奈芽メビウスは急速に萎んでいき、最後には、三十がらみの和装の女性である菜奈芽の姿へと戻り、


「わたしは……諦めにゃい……しっ」


 こちらを睨みながら切れ切れに呟いて、その地に倒れ落ちた。

 ……こんな時だというのに、那雪には、ふと頭に思い浮かんだことがあるのだが、


「ククク、下っ端悪党の最後にはもってこいの台詞じゃのう」


 菜奈姫がきちんと代弁してくれた。

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