⒊ 孤憂勢威(2) 一人の教育実習生

「……ぷっ、あはははっ!こうも躊躇ためらいも無く仲間を切り捨てちまうなんてなぁ、ますます気に入ったぜお前のこと。そして………可哀想によぉ一年坊主、同情すんぜ」


 校舎外で最悪の出来事がおこなわれている中、校舎内でもある出来事が………


「皆さん、こんにちは。布都部ふつべ学芸大学から教育実習生として来ました、伊駒皐月いこまさつきです。教科は地理を担当します。趣味は料理で、中でもケーキ作りが得意です。少しでも皆さんに地理の面白さを教えられたらと思います。今日から三週間、よろしくお願いします」


 とある三年生の教室内にて、そこのクラスの生徒たちに向けて挨拶をする一人の女性教育実習生の姿があった。


 それは打って変わってなんとも平和な出来事が行われていた。


 時は彼女がこの学校を訪れ、そう間もないところまでにさかのぼる。


「初めまして。布都部ふつべ学芸大学 教育学部より参りました伊駒皐月いこまさつきと申します。本日より三週間、布都部高校で三週間教育実習をさせていただくことになりました。担当教科は地理です。よろしくお願い致します」


 場所は職員室。


 先に校長室を訪れ、校長先生に挨拶を済ませていた皐月教育実習生は、この場所にて多くの先生方に向けて挨拶をしていた。


 肩に少し髪の毛が掛かるぐらいのミディアムヘアーがお辞儀と同時に少し垂れ、アッシュグレージュの髪色が先生方の前に主張される。


 決して男性の先生方にも引けを取らない高身長からか、髪から下にもふと目がいってしまう程に黒のスーツがとても映える整ったプロポーションをしている。


「そうか。君が今日から来るって言う例の教育実習生だな。私は教頭の佐江島渡さえじまわたるだ。どうぞよろしく」


皐月さつきさんね。分からないことがあったら私、仮宮零下かりみやれいか主幹教諭がいつでも話を聞いて上げるわ。同じ女性同士、気軽に接して頂戴」


「初めまして、伊駒皐月いこまさつきさん。私が貴女の担当教諭になります、三年二組クラス担任の小暮真木奈こぐれまきなと言います。どうぞよろしくお願いします」


 教頭先生を始め、多くの先生方が優しく返事を返す。


 そんな中、ふと一人の教師に目がいった皐月教育実習生。


 その人は一言、「よろしく」と挨拶をした後、社会人の礼儀として一度は画面をオフにしていたEPOCHエポックによる空中投影された画面、およそ17インチぐらいの大きさに展開されたその画面を再び表示し、そこに映し出されていた一つの動画を一人静かにワイヤレスイヤホンをしながら見ていた。


 するとその人物の近くにいた一人の男性教師がそれを見て、興味津々に声を掛けてくる姿があった。


、何を見ているんです?」


「これはだな…………」


「………【仮面戦士リスキー スロット】ですよね」


 そこに映し出されていた動画のことを皐月さつきは知っていたのか、気付けば彼女がそれを先に答えていた。


「あっ、すいま………」


 教育実習生という立場であるにも関わらず、思わず先生たちの話に割ってしまったことに対し、反射的に謝ろうとする皐月。


 だが、それに対し――


「おっ、なんだい。こんな八年前に放送していた特撮番組を知っているのか?こんな年してなんだが、特撮が好きでね。

 特にこの【仮面戦士リスキー スロット】が好きで、今までありそうで無かった《必ずしも変身が成功するとは限らないヒーロー》と言う異彩を放つ特撮ヒーローとして一部のマニアには絶大な人気を博したものだが、まさか今どきの大学生……それも女の人でこれを知っていたとは驚いた。

 私の名は柊恭次郎ひいらぎきょうじろうだ。時間がある時は是非とも特撮の話を語り合いたいものだ」


 その人物-『』は機嫌を悪くするどころか、気さくに教育実習生の皐月に話を掛けるのだった。


 その返しが素直に嬉しく、皐月は感謝するように返事を返した。


「そうですね。最近のはあまり知らないのですが、少し前のものでしたら話についていけるとは思いますので、その際にはお手柔らかにお願いします」


「そうか。この手の話についていける職員は一人もいなくてな、正直少しでも話に入れるというのは嬉しいことだ。それじゃあ今日から三週間だったか、実習頑張れよ」


 そう言って、柊恭次郎は再び動画へと目を向け、黙って見るのだった。


「はい。頑張ります」


 最後に皐月はそう言うと、この場を後にするのだった。


「……懐かしいな。良く弟と見てたっけ…………………」


 ふと皐月は片隅にあったとある記憶を思い返す。


 そう、あれはまだ自分が中学三年生だった頃――


「見舞いに来たよ、颯斗はやと


「あっ、姉ちゃん。丁度いいところに、早く、早くッ!テレビ付けて!」


「そう、かさないの」


 皐月は年の離れた弟の伊駒颯斗いこまはやとの代わりにリモコンを手に取り電源を付けて上げると、タイミング良く一つの番組が始まった。


『――待てッ、ギャンブラン!お前の悪事もここまでだ!』


「わあ、始まった始まった!【仮面戦士リスキー スロット】だ!やっぱ、カッコイイなぁ~~……」


 その番組-【仮面戦士リスキー スロット】は二〇三四年に子供向け特撮番組として放送されていた、その名の通り、スロットマシンがモチーフのビジュアルをしており、と呼ばれる、そのまんま《ギャンブル》と《ヴィラン》を掛け合わせた名前の敵と闘い続ける仮面戦士の物語である。


 実はこのヒーローにはこれまでの特撮ヒーローと異なる点を持った、異色のヒーロー作品として当時話題にもなったことがあり、特撮好きだった柊恭次郎先生も言っていたが、【仮面戦士リスキー スロット】とは一言で言うと、《必ずしも変身が成功するとは限らない変身ヒーロー》である。


 その言葉が指す意味――それは主人公:目壓めおし かいが変身する際に使用する変身ベルト、または『変身ドライバー』の名称として今時いまどきは呼ばれることの多いそのアイテムには、三つのダイヤルとそれを動かすレバー、言うなればスロットマシンを小型化させたようなものとなっており、動作としてレバーを引いて三つのダイヤルの絵柄を横一列に揃えなければ、変身に失敗してしまうというなんとも奇妙な変身ヒーロー、それが【仮面戦士リスキー スロット】なのだ。


 そしてこれはただの余談だが、盤面が揃わず変身が出来ないとドライバーから失敗サウンドが流れ、その最後には絵柄が揃う確率がアップしたことを知らせるリズミカルなサウンドも流れ、変身に失敗するたびに確率が上がっていくという設定があったりもする。


「えぇ〜、なんかダサくない?」


「何、言ってんだよ姉ちゃん。【仮面戦士リスキー スロット】はダサくないよ」


 ここは布都部総合病院というこの島一番の大きな病院の数ある病室の一角。


 四年前、その当時一歳だった颯斗はのちにこの地が布都部島と呼ばれ、今のように孤島となった原因である大震災によって、倒れゆく建物の下敷きになってしまい、何とか救出され命を取り止めたものの、その事故によって首から下が動かせない身体へとなってしまった。


 そんな弟を元気付ける為にも中学三年生という高校受験を控えた時期にも関わらず、皐月は毎日のように颯斗の見舞いに来ていた。


『ギャンブル同様、物事には引き際が大事な時がある。そう、お前の悪事がまさにそれだ』


「え~、やっぱりダサいって。だって、何このクサいセリフ」


「さっきのはスロットの決め台詞だよ、姉ちゃん。……………でもさ、もしもあの時………スロットが僕の前に現れて来てくれたら、僕の不運を止めることが………こんな身体にならずに済んだのかな………………」


「……颯斗……………」


 ふと颯斗が発した言葉を前に皐月は不意を突かれ、とっさに気の利いた言葉を返してやることが出来ず、一人困っていたその時―


『ボーナスタイム!メモリアルフィニッシュ!ラッキーセブンスラーッシュ‼︎』


 番組の展開は敵にトドメを刺すヒーロー番組の大目玉とも言えるシーンへと差し掛かったようで、ベルトの効果音らしき音と共に【仮面戦士リスキー スロット】が強烈なキックを………色々と現実的に言うなれば、壮大なCGを駆使したスーツアクターによるカッコイイ斜め蹴りで、今日の敵をやっつけた瞬間の場面が映し出されていた。


「あっ、出たっ!必殺のラッキーセブンスラーッシュ‼︎ほらほらっ、スロットが敵をやっつけたよ。姉ちゃんも見てたよね」


「うん。ちゃんと見てたよ」


「……僕もあんな風に、自由に身体を動かせたら………スロットみたいな強い身体と力を持った人間だったら良かったのに……………」


「……きっと、きっと時間は掛かるかもしれない。けど諦めなければ、いつの日か動けるようになるって。大事なのは自分を信じる力。

 颯斗が本気で動けるようになりたいと願うなら、それに向かって努力すること。少しずつでも動けるように、まずはリハビリを頑張ってみるところから始めようよ」


「……僕、知ってるよ。ここまでひどい状態だと、どんなにリハビリを頑張っても、スムーズに動くことが出来ないって。そういうの、後遺症こーいしょーって言うんだっけ?……そうだ!……………」


 ………………


『……つき……』


「……姉ちゃん……代わりに一つ、僕の…………」


 ………………


『……さ……さん…………………』


「……夢を叶えて欲しい………んだ……」


 ………………


「―皐月さんっ!」


 誰かに声を掛けられ、ハッと現実に戻された皐月。


 声のした方へと振り向けば、先程ご紹介に頂いた仮宮零下かりみやれいか主幹教諭の姿があった。


「いつまでもそこに突っ立っていたように見えたけれど、授業開始前にやるべきことはもう済ませたのでしょうね?」


「……それは…………」


(やばい。昔のこと、思い出している場合じゃなかった!すぐに担当の小暮先生と打ち合わせをしておかなければ)


 何やら出だしからヤバい状況の皐月。


 果たして彼女は無事に教育実習をやっていくことが出来るのか。


 非常に心配の彼女であった。

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